番外1813 中継すべきものとそうでないものと
仮想訓練施設のメニューを用いて、特定の状況を再現して反復練習をする、ということができる。内部にいる面々、敵等を仮想空間の好きな位置に配置して、そこから訓練を行うといった具合だ。
ティールが別のマギアペンギン達に前後を位置取りされた状態でコーナーに突っ込み、先行しているキュテリアを抜く。或いはコーナーを抜けた先で、後方から直線での加速で立ち上がろうとするロヴィーサと競り合う。そういった内容の訓練だな。
上手くいかなければ何が悪かったのか、どうすればいけそうか。無理ならば次善の手はどういうものか。そういった改善案を模索してから、再度同じ状況で訓練をスタートさせたり、理想のコーナリングとライン取りを研究したり、次の攻防ポイントに移動して検証したりと、検証と実験を重ねていくわけだ。
ティールの動きは……まあ大したものだ。この辺は天性のものというか。
何度か検証しているとみるみる動きが良くなっていった。
コーナリングでは水路の底を流れている水流の向きが変わるので、皆流れに乗って自由に加速、とはいかない。
明らかなオーバースピードで突っ込んだように見えたティールだったが、底の水流から脱して、水路壁面や天井を使って螺旋を描くように立体的にクリアしていく。
あれならば――確かに立体的にラインが塞がれていない限りどこでも抜きにかかることができる。
コーナーを抜けた後の直線は――次のコーナーに突入する理想のラインに向かって復帰することで、後方から立ち上がろうとするロヴィーサにも最高速は出させないことに繋がっている。
理想的なラインが取れなければ、次のコーナーに最高速では突っ込めないからだ。結果として直線での加速も制限されたものになってしまう。
無理をすれば荷船をぶつけてペナルティを受けてしまうからな。あまり無理やりには突っ込めないというのはある。
『この短時間でどんどん改善してくるのは凄いわね。マギアペンギンは、こういうのが当たり前なの?』
一回ごとに修正してくるティールの動きにキュテリアも驚いていたが、他のマギアペンギン達は揃って首を横に振っていた。
「ティールさんは仲間内でも泳ぎが一番というお話ですからね」
エレナが微笑みを見せる。そうだな。群れが襲われた時も大型の魔物の囮になってきっちり逃げ切ってみせたわけだし。当人はとても楽しそうに泳ぐので見ていて気分がいいというのもある。
ともあれティールの水中機動ならば通常のコーナリングラインが塞がっていても、立体的な動きで抜きにかかる事ができる。
そうなってくると……後は水路の構造とその時の他選手の位置を考え、実際に勝負を仕掛けるべきか否かを状況判断する能力。ペース配分と要所要所での攻防で消費した体力を回復したりといった、バランス感覚が勝負の分かれ目になるか。
その辺を意識してトレーニングを積んでいくというのが良いだろう。
その為にはやはり、コースの構造をしっかり把握しておく必要があるわけで。仮想訓練施設で経験を積めるのは大きいな。
それでも駆け引きなどではリカリュス、ヴィジリス達に一日の長があるだろう。あの二人に関して言うなら大会常連で、毎回優勝争いをしているという話だからな。実戦での経験が豊富なのは言うまでもない。
ともあれ、ティールに関しては仮想訓練施設と湖でのトレーニングの両輪で進めていくということで良いだろう。
モニターの向こうで高速で水路内を泳ぎながら楽しそうに声を上げるティールに、みんなも笑みを見せるのであった。
そうして仮想空間でのトレーニングを進めながらも、水路レースの準備や浮遊盾の構築といった工房の仕事、通常の執務を平行して進めていく。
各国の面々も訪問してきて、出来上がった中継用の水晶板と魔道具を受け取っていった。光球の術式で合成した大型水晶板で、広場などに設置して多人数で見られるようにするわけだ。今回の事に限らず、演説や他の催し等で、大写しにした人や風景を聴衆に見せるといった用途としても勿論使える。対応する魔道具が必要にはなるが。
魔界水路レース当日の映像切り替えについては……まあ多少複雑になってしまうので、俺が直接操作する形になるか。選手全員の荷船にカメラはついているから、現在注目している選手に限らず、面白そうな場面や技法を記録することができたなら少し場面の時間を戻して追いかけるような形で放映する、といった具合だ。
画面を分割して複数個所を中継することもできるので、先頭集団の状況を映しながら他の場面を見せる形でもいいだろう。
「面白いものだ。獣王継承戦も他所で見せることができれば盛り上がったのだろうがな」
イグナード王がそう言って相好を崩す。水晶板を受け取りがてら、顔を見せに来たというのは当人の弁だ。オルディアやレギーナも、イグナード王と嬉しそうに挨拶をしていた。
「それはまあ……獣王継承戦の性質を考えれば仕方のないことかと。僕達を招いてくださった事だけでも感謝していますよ」
「ふっふ。そう言ってもらえるなら何よりだ」
「エインフェウス国内でも同盟との関係性が重要視されるようになってきておりますからな」
と、イングウェイが笑みを見せる。
イグナード王と共にイングウェイも訪問してきている。ここのところエインフェウスに里帰りし、獣王国内の情報収集をしたり地方に足を延ばしたりしていたらしい。同盟に関する話はそこで得られたものか。
獣王継承戦に臨むためには武者修行だけでなく、そういった国内情勢を把握して問題に対処することも重要になってくるからな。
武芸の腕前も重要だが、それが全てではない。必ずしも武芸を売りにしていない獣王も歴代にはいたのだ。
知恵や統治能力に長けているか。そうでないなら支えてくれる人脈や人望はあるのか。考え方や人格そのものは。各部族からの評判はどうか。
そういった要素も各部族の族長達から質問を受けたり調査をされたり……総合して判断された結果として獣王となる事ができる。
とまあ……ここまで聞いているだけでも内容を広く見せることができない、というのは分かるな。一般に見せられるのはきちんと力を見せて様々な部族達からの求心力を上げるための武術大会までであるが……それにしたって国内の腕自慢が鎬を削る戦いとなるのだ。国防上で有用な力を持つ戦士達が集まって戦いを繰り広げ、しかもその中の誰か一人が獣王になる、かも知れない。
となればそれを映像に残したり、他国においそれと見せることなどできないというのは分かる。エインフェウス王国は、少し前までそこまで他国に対して開かれている国でもなかったしな。
ましてや、その後の各族長達からの質疑応答部分に至っては。エインフェウスの相当踏み込んだ国内事情が明らかになってしまうわけだから、それを他国に見せるなど以ての外だろう。
とはいえ……俺達に関して言うならばイグナード王や部族長達の好意で武芸大会の見学をさせてもらえるということなので、それはそれで楽しみにしているのだが。
同盟との関係性を重視している、という点と無関係ではないだろうな。俺もエインフェウスの窓口になり得るし。
現状イグナード王以外で最も俺や同盟との関係が深いのはオルディアとレギーナ。次いでイングウェイであるが……オルディアはエインフェウスの関係者ではあるが氏族としてフォレスタニアにいることを選択しているし、レギーナは獣王継承戦に立候補するつもりがないから族長達の推薦を受けには動いていない。
イングウェイがこっちに足を運んでいるのは基本的に武者修行の為だ。
真っ当に選ばれた獣王ならば自分でなくともきちんとした関係を結べるだろうし、俺達もそこで付き合い方を変えるような性格ではないから、そこは加味する必要はないと……イングウェイは各族長に推薦をもらいに行く際、そう伝えていたらしい。仮に自分が選ばれなかったとしても、情勢は次の獣王に伝えられるし、同盟との橋渡しにもなれる、と。
実際それで族長達からの推薦をもらっているわけだしな。俺としてはBFOの知識でイングウェイが次の獣王になっている歴史を知っているが、それにしたってヴェルドガル王国との繋がりはなかったから……そうした要素を抜きにしても元々イングウェイは次期獣王の最有力候補ではあるのだが。