番外1812 水路での攻防に備えて
仮想訓練空間内部でも、身体的データを基に疲労を感じるように作られている。
とはいえそれはあくまで感覚として再現されたものなので実際の体力を消耗しているわけではない。再現に過ぎないので訓練メニューを呼び出し、そうした疲労感をリセットすることも可能なわけだ。
それは休憩を挟まず、時間を有効に使って濃い内容のトレーニングを行えるということでもあるし、どのぐらいの体力が自分にあるのかある程度可視化できるということでもある。
ティール達は移動距離を考え、なるべく急ぎながらこれぐらいの速度ならば持続できるだろう、というのを移動した距離と消耗した体力バーから見積もりながら移動していく。
移動速度に若干の余裕を残しているのは……コースが平坦ではないからだ。
一部には流れに逆らって遡上しなければならない区間もあるし、流れのない……アップダウンが設けられた区間もある。そうした区間では流れに乗って体力回復、という戦略は取れない。否応なく体力を試される。
それに加え、要所要所で駆け引きを行えば体力は消耗されるし、ラストスパートに備えて温存しておかなければならない部分もある。
だからなるべく速度を上げてペースを維持しているとは言っても、あくまでもまだ試走。仮想訓練施設と水路の雰囲気に慣れて、どんなものか確かめていこうという段階に過ぎない。
「マギアペンギンの皆さんは――本当に体力がありますね」
アシュレイが目を瞬かせる。魔力も闘気も無しという条件だと、今仮想空間にいる中で不利になってしまうのはロヴィーサだ。元々高い魔力が強みの種族だからその辺は仕方ない。
手伝いの自分が先に疲れてしまっては意味がないからと、ロヴィーサは術式を解禁して魔力を纏って随伴する形になっているが、マギアペンギン達は疲れ知らずである。キュテリアも純粋なフィジカルは相当なもので、マギアペンギン達に見劣りしていないけれど。
ともあれ、マギアペンギン達はみんな活力に満ちて活き活きしている様子だ。
「季節によっては一日中海を泳ぎまわって魚を獲ったりしているらしいからね。陸地を移動して営巣地まで移動することを考えても、持久力は相当なんじゃないかな」
マギアペンギン達は闘気よりも魔力を使うタイプの魔物だが、泳ぎに関しては魔力を使わずともかなりの速度が出せる。
術式は泳ぐ補助として加速にも使えるが、主に狩りの補助や外敵への防衛用として使うことが多く、氷で形成した弾丸を発射したり、壁を作ったり鎧を纏ったりという使い方がメインなようだ。
比較的大きな身体だから小回りが利かないのかと言えば……水の中ではそんなこともない。大きなフリッパーを動かすことで得られる推進力は相当なものと言えよう。
「水の中を飛んでいるみたいですね」
「本当。陸上だと動きに愛嬌があるけれど、泳いでいる時は凛々しく感じるわね」
水路を力強く進むマギアペンギン達を見て、グレイスが微笑んでそう言うと、ステファニアもうんうんと首を縦に振る。両親達の姿にマギアペンギンの雛達も嬉しそうに声を上げて、シャルロッテもにこにことしている。
『休憩がいらないっていうのは有難いわね』
キュテリアがコーナーに身体を滑り込ませてにやりと笑う。壁を伝って蹴るようにして、かなりの速度でコーナーをクリアしていくことができるようだ。
キュテリアは……軟体故にかなり小回りが利くな。狭いスペースにも柔軟に身体を滑り込ませていける。リカリュスを想定としたスパーリングパートナーとして頼りになりそうだ。
ロヴィーサも術を解禁しているので、一瞬の加速が必要な相手を想定した訓練は任せて欲しい、とティールに伝えていた。こちらはヴィジリスを想定した訓練になるか。
「休憩がいらないとはいっても、外の身体の方はちゃんと食事をとらないといけないからね……。昼時になったら教えるよ。食事はこっちで用意しておくから」
『はい。楽しみにしています』
ロヴィーサがそう応じて、マギアペンギン達も声を上げた。うむ。
「競技は――そうですね。面白いと思います。参加する側の感想としては……荷船を牽いている分、やっぱり動きは制限されてしまいますね」
「私は張り付いて態勢を立て直して、勢いを乗せられるから良いけれど、いつもの感覚で急激に曲がると背中側が流されてしまうというのはあるわね」
やがて訓練も一段落し、昼食をとるために一旦仮想空間から戻ってきた面々に話を聞くと、ロヴィーサとキュテリアからはそんな感想が返ってきた。遠心力が働く、と。それを見越し、計算に入れた上でコーナリングをする必要があるのだろう。
「リカリュスさんはお手本を見せてくれたけど、あれはケイブオッター族の柔軟さがあってのもの、じゃないかしら」
というのがイルムヒルトの分析だ。そうだな。別れ際のリカリュスの動きは見事なものだったが、あの身のこなしは種族ならではの部分が大きい。
「それでも参考になる部分は参考にしたいね」
そう答えるとティールも同意するように声を上げる。あの時の動きはウィズが覚えている。マルレーンのランタンを借りて映し出してみるが……そうだな。やはり荷船の扱いが上手い。
「曲がる前に荷船の向きを整えて、それに動きを合わせている……という印象がするわね」
というローズマリーの分析である。そうだな。確かに。装具を引いて船の向きを整え、身体の動きを後から合わせて無理なく牽引しながら曲がる。身体の使い方が柔軟で流麗だから真似できない部分も多いが、基本的な方針は分かる。
「ん。自分で制御しているから動きも予想しやすくなる」
と、シーラが言う。急激な動きじゃないから荷への負担も少ないか。
「よく考えられているね。見せてくれたこれが全てではないんだろうけど……」
それでも大いに参考になるのは間違いない。ティールも自分が泳ぐ際、船を曲げるためにどうすべきかを仕草を交えながら考えている様子であった。
後は……そうだな。水路の流れがあるのだし、船を横向きにして流されるようにコーナーに突入して、立ち上がりを早くする、というドリフト走行のような手もあるか。これも上手く慣性が制御されていれば負担は少なく出来るはずだ。
水路が立体的な構造になっているし、競り合う相手も多い分使える状況は限られるかも知れないが、構造的にはいくつかは該当しそうなポイントもある。
そうやってコーナリングの技法や作戦について話をしたりしていると、クレアやシリル達によって、カートに乗せられた昼食が運ばれてくる。
マギアペンギン達の食事は魚介類だな。魚や烏賊、海老といった海産物だ。ティールがルーンガルドを代表して魔界の水路レースに参加するということもあり、それならばとグランティオスも支援をしてくれるということだった。
これらの魚介類については、その支援の一環というか。グランティオスからの差し入れだな。届けられたばかりでかなり新鮮だ。
俺達の昼食についてもそれら差し入れの海産物をフライにしたものだ。揚げたての良い香りが食欲をそそる。ライス、サラダ、スープにデザートもついて中々満足度が高い。
「ん。役得」
うん。シーラにとっては満足度の高い昼食であろう。
さてさて。一先ずペースをなるべく維持したままコースを一周するというのも済ませたし、ゴール手前で消耗した状態から、ラストスパートをかけるというのも体験してみた。
午後からは……仮想空間を使った他の訓練方法についても試してみたいところだな。
コーナーに突入する前や立ち上がりなど、攻防の肝になりそうな場所、シチュエーションを想定して全員を配置することができるから、駆け引きやその際の技法を重点的に学んだり、試行錯誤できるはずだ。
いつも応援して頂き、誠にありがとうございます!
本日、コミック版境界迷宮と異界の魔術師7巻の発売日を迎える事ができました!
こうして無事7巻をお届けする事ができて嬉しく思っております!
コミック版を手掛けて下さっているばう先生、関係者各位の皆様、そして偏に読者の皆様の応援のお陰です! 改めて御礼申し上げます!
今回はリサやアウリアの登場する巻となっておりますね!
書き下ろしSSの収録、各店舗の特典もあります。詳細は活動報告にて告知しておりますので、そちらも合わせて楽しんで頂けたら幸いです!
今後もウェブ版、書籍版、コミック版共々頑張っていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します!