番外1811 仮想水路
「――というわけで、これから早速訓練施設を見てくることになっています」
『魔界に地底海流……そこで行われる水路の祭典と』
『面白そうな催しよな』
魔界の水路レースと、それに合わせて行われる中継や放送についてあちこちに通達していく。
俺の話を聞いたカギリがそう言うと地底のドルトリウス王もその黒い柱のような身体に走る魔力のラインを輝かせるようにして興味を示していた。
俺としても魔界のこと……というよりは、魔王国に住む人達やその様子についてルーンガルドの人達に知ってもらいたい、相互理解と親しみを深めたいという狙いもあるので、こうやってあちこちに通達しているわけだ。
実際どんな文化で、どんな営みをしているのかを知る事は大事なことだからな。実際俺からの話を聞いたカギリやドルトリウス王といった面々は楽しそうに笑って頷いていた。
幽世の顔ぶれだけでなく、地底の面々や三つ目のギメル族は、あまり外のことを知らない。交流を広げていきたい、外の事を学ばせたいと思っている彼らにとっては、魔界については結構遠い場所でありながら、今回は見るだけというのも心理的なハードルが低くて良いのではないだろうか。
「最初は王城等で、限られた人達だけが見られるようにしていきたいと思います。その上で、見せても問題ないと判断した場合に周知してから民に見せるといった流れが良いかも知れませんね」
『いやぁ、面白そうなお話です。では、広く映像を見せられるような方向で働きかけ、準備していきたいと思います』
そう爽やかな笑顔で言うのは南方――ネシュフェル王国のオーラン王子だ。ギメル族の面々も連携すると言っていた。うん。
そうして通信室であちこちへの通達、連絡をして、近況についても情報交換も行う。それが終わった後でティール達と合流し、みんなで仮想訓練施設へと向かったのであった。
「今日はよろしくお願いしますね」
「楽しそうね」
ロヴィーサやキュテリアが微笑むと、ティールも嬉しそうに声を上げる。今回はフォレスタニア城に滞在している面々が手伝ってくれる。連絡をあちこち入れたことでウェルテスやエッケルスといった海の民の武官であるとか、深みの魚人族、ネレイド族といった顔ぶれも訓練に協力したいと申し出てくれているな。
そんなわけで訓練に参加する面々も、早速仮想訓練空間に向かうために寝台に横たわっていく。
「身体の方は私達が見ておりますのでご心配なく」
「ええ。ありがとう」
オルディアの言葉に、微笑みを返すキュテリアである。
「訓練の内容設定は外からやっておくから、内部空間に入って何か聞かれたら、とりあえず了承しておけば水路駅に出られるはず。疑問に思う点や要望があったら外に声も届くから、質問は気軽にしてくれて構わないよ」
管理用の操作盤の前で待機しながらそう言うとティールが声をあげ、ロヴィーサやキュテリア、マギアペンギン達も頷く。
「それじゃあ、行ってきます」
「はい。行ってらっしゃい」
マギアペンギンの雛達と一緒に成鳥達に手を振るシャルロッテである。雛達もかなりシャルロッテに慣れていて、親鳥達も信頼しているのが分かるな。
というわけで寝台に横たわるみんなが眠りに就くのを見送る。
寝台で横たわっている面々の意識は、すぐに仮想空間に繋がる。訓練内容を設定するための部屋で目を覚まし、こちらがナビゲートするとその通りに動いてくれる。
「不快感や違和感があったら遠慮なく言ってね」
注意事項と共に伝えていくが……自覚するような違和感もなく、こちらがモニターしている限りでも特に問題はなさそうだ。一人一人部屋から訓練用に構築された水路側へと出ていく。
『これが魔法で作られた空間だなんて……面白いものね』
キュテリアは水路駅の床や柱を触腕や手で触れて、あちこち見回していた。ロヴィーサやマギアペンギン達も同様だ。軽く泳いだりして感覚を確かめているようで。
「海水に違和感はない? 海の民に対して自信をもって大丈夫って言えるほど水に対する感覚は鋭くないから……感知できていない部分があるかも知れない」
『そうですね……。今のところ、私には特には』
『私も特には感じないけれど……力強い魔力を感じる場所ね』
と、ロヴィーサとキュテリアが答えれば、マギアペンギン達も同意の意味を込めて声を上げる。
魔界の環境魔力の波長も再現しているからな。あくまでそう感じる、というだけだが。
どうやら問題もなさそうということで、訓練前に説明をしていく。
「水路駅の真ん中には実物にはない柱があって……そう。その柱に触れて意思を込めることで、祭典の規則に則って装具と荷船が実体化する。色と模様も自分で決められるよ」
実際の水路駅を見ているティールにはすぐにそれが分かったようだ。
早速触れに行くと……ティールの身体の周りに輝く粒子のようなものが纏わりついて、そのまま実体化するように装具と荷船に変化する。その様子に嬉しそうに声を上げるティールである。
ティールの荷船については実物のデータを流用しているな。勿論、レギュレーションに則っているので生成した場合と変わらないが。
『面白いですね』
『こう?』
と、他の面々もそれに続く。ロヴィーサの荷船はブルーコーラルを意識したカラーリングである。ロヴィーサは水晶板越しに自身の身体の警護をしているブルーコーラルに手を振れば、マニピュレーターを振り返して、といったやり取りをしていた。
キュテリアは自身の触腕の色等に合わせたようだ。薄い赤みがかった色で、鮮やかだが割と目立つ色だな。といってもキュテリアの触腕は環境や気分によって色を変えられるという話だが。
あまり変えているところを見たことがないから、あの色合いが気に入っているのかも知れない。
マギアペンギン達も各々好きな色、模様の荷船を構築していく。ティールの荷船を参考にしているようだが、カラーも模様もバリエーションがあって、中々見た目にも華やかになっているな。
各々に荷船が行き渡ったところで、ユーザーインターフェースも表示してもらう。自分達が今コースのどの辺にいるのか。先頭から何番目なのか。そういった情報も見られるようにしてある。
「勿論、本番では見られないものだから、順路を覚えたら表示を消すのが良いと思う。最初の内は水路の構造を覚えたり、速度と体力の配分を考えるのに役立つかなと思ってね」
『確かに、便利そうですねこれは』
「ん。先の構造が分かっていれば、どのぐらいの速度で曲がり角に突っ込めるかもわかる」
頷くロヴィーサに、シーラもこくんと頷いてそんな風に言った。
ペース配分の調整だけでなく、要所要所の攻防でぎりぎりを攻めるという用途としても使えるな。勿論、水路レースに慣れている常連達はコースの構造ぐらいは分かっているだろう。
「こういう……ある程度長距離を移動する場合、速度と体力消費を一定に維持しておくと最終的な時間短縮に繋がりやすいっていう情報は聞いたことがある」
これはマラソンでのセオリーの話だな。前半で若干ペースを落として温存。後半に備えるという戦略もあるらしいが……一定のペースを維持しつつも、先頭集団についていけるようにする、というのが理想だろう。実際、ボルケオール達の話でも最終局面まではそういった形でレースが展開するようだ。
ただ……マラソンは陸上の話だ。水路の場合は流れがある。流れに任せればレース中に体力の回復を図りながら移動することもできるし、自身のペースを守ると言っても周囲に他の選手がいて水路のスペースもそこまで広々としているわけではないし荷の安全も守らねばならない。
体力の温存のために我慢するべき場面、抜きやすい局面で抜きにかかる場面という……水路レースならではの判断も必要になってくるだろう。
そうした話をするとみんな真剣な表情で頷いていた。
ともあれ、まずはみんなで試走して感触を確かめるところからだな。目指すのは勿論優勝ではあるが、その前にベストを尽くせるようにする、というのが先に来るので。