番外1810 訓練用水路の構築
荷船に積む感知用魔道具の調整と共に中継用装備の用意を進めること。そういった内容を取りまとめてクシュガナでの会議も一段落した。
違反を検知する魔道具を積む関係で、元々水路レースは事前準備の必要があって……そのために参加希望者はその旨を申請しているということだ。故に、参加人数についてもおおよそのところを魔王国側は把握している。
こちらが用意すればいい魔道具の数も分かっているから、後はそれに間に合わせられるよう進めていくだけだ。ヴェルドガル王国や魔王国の魔法技師とも連携して準備をしていけばいい。
明くる日から、工房の仕事とティールの訓練の手伝いとを平行して進めていくこととなった。
まずは……仮想訓練施設でレースのコースを構築して再現を目指しティールに訓練してもらう。と共に、中継システムの根幹部となる術式を組んで、エラーが出ないかもチェックしてしまおう。
というわけで俺達は迷宮核へ向かい、それらのデータを作っていくこととなったのであった。
迷宮中枢部は――相変わらず静かなものだ。普段誰が来るということもない場所だから当然ではあるのだが。持ち場から離れない中枢の防衛部隊がいるぐらいだ。
グレイス達やヴィンクルが、迷宮核に潜っている間の俺の身体を守る為に付き添ってくれる。
「それじゃあ、行ってくるね」
「はい。お待ちしています」
「ええ。いってらっしゃい」
ヴィンクルもグレイスやクラウディアと一緒に、軽く尻尾を振りつつ声を上げて応じる。みんなに笑みを向けてから迷宮核へと向き合う。そうやってみんなが見守ってくれている中、迷宮核の内部空間へと意識を沈めていく。
目を閉じて手を翳し……身体から力が抜けて。浮かぶような感覚と共に目を開けば、そこはもう迷宮核の内部空間だ。
「さて」
星々の海にて仮想空間の構築に必要な情報を入力していく。ウィズと共に集めてきたデータは水路の構造だけでなく、水流の速度や水温まで多岐に渡る。かなり現実に忠実な訓練用の仮想空間が構築できるはずだ。
ティールのトレーニングに関しては実際のレースに準拠していなければ意味がないので、装具や荷船、レースのルールもデータとして入力して反映させる必要がある。
そうした諸々のデータを入力し、実際に機能するかを確かめていく。
迷宮核内部に仮想コースを作って、その内部に実際に移動して確かめてみるわけだな。
まず光のフレームが展開していき、表面にテクスチャが貼られるように水路内の構造が再現されていく。術式の海の中に蟻の巣の模型のように仮装水路が広がっていった。俺のいる場所の目の前が、丁度レースのスタート地点となるクシュガナの水路駅だ。
「……よし。こんなところかな」
『良い訓練施設になりそうね』
水路の出来栄えを見て、イルムヒルトが微笑む。
「そうだね。訓練の実際の攻防にもロヴィーサやキュテリア……マギアペンギンの仲間達も協力してくれるって言ってくれてるから、濃い内容の訓練にできそうだし」
実際に水路に降りて流れに乗って移動してみるが……先日見学した水路との違いは体感ではほとんど感じられない。
「うん。いい出来だと思う。実物との違いは……俺の主観では分からないかな」
流れに乗って加速したり、水の流れに逆らってその場に留まったり遡上したり。
単なる情報データの再現でないことを確かめるために見学の時にはしかなった挙動も交えてみるが……海水の演算と再現もしっかりできていて、良い感じだ。
実際のレギュレーションに則ったサイズの荷船を生成し、レース時のペナルティが実際に仮想空間上で動作するかも確かめていく。
体格に応じた大きさ、荷の重量といった規定に沿った船なので、訓練を行う意思を示すと生成されるという寸法だ。
荷船を壁に強くぶつけてしまったり、ラフファイトで他の競技者の邪魔をしたり、術式や闘気で故意に推進したり、といったことをするとペナルティを食らう。
故意の反則は重めのペナルティになっていて、その場で即失格ということも有り得る。
このペナルティの適用は結構厳格でありながら納得のいくもので……例えば他の競技者と共謀して実行犯を別にして本命を勝たせる、といったやり方をしてもまとめて感知される。感知方式が契約魔法によるものだから、ルールに抵触しているという意図や行為を読み取っているわけだ。
一方でラフファイトの対象になった方はそれが原因で荷船をぶつけてしまう結果になったとしてもペナルティが発生しない。
その辺、ルールを見てみたがかなり色々なケースを想定、対応していて、よく考えられていることが分かる。
ファンゴノイド族が制定したものだそうで……彼らの術式はパルテニアラがもたらしたベシュメルクの系譜の技術体系であるから、こういうところが厳格になるのは分かる気がする。呪法に対して約束事を破るというのはろくな結果にならないというのが相場だったりするからな……。
この辺のルールが制定された経緯については、メギアストラ女王にも話を聞いている。
水路レースは元々海の民達の間で水路に携わる者達の娯楽として発生した側面もある。段々と大きな祭りになり、魔界の物流や安全な旅、兵站を預かっている自負から理念にも注目をされていった。
このレースにおける褒章というのは名誉の部分が最も大きいのだが、まあ中には不届きな者もいて、賭けの対象にしたりといったケースが実際にあったわけだ。
金目当てで賭け事をする……というだけならまだしも、それを動機に談合をしたり他の選手に妨害行為を仕掛けたり八百長を持ちかけたり。もう少し真っ当なところでは勝利への執着によっても反則行為が起こった。
理念からするとそれらを無粋と断じた当時の魔王が、色々な状況を想定してルールを策定、反則行為が行えないようにした、ということらしい。その代わりまあ、賞金を出したりトロフィーを作ったり区間賞を設けたりと、真っ当に結果を出すことで得られるものを色々と増やしたりもしているようだ。
賭けそのものをすること自体は……競技や選手への働きかけがなければお目こぼしされているというのはあるようだが。
非公式な賭け事は完全に取り締まれるようなものでもないしな。公式でのギャンブルはやっていないし奨励していない、というのが落としどころだろうか。
そんなわけで一つ一つルールへの抵触をしてみて、実際に感知されるかを確かめていく。実際のレースでは荷に積まれている魔道具が反則を感知するが、仮想訓練中はARやVRゲームのユーザーインターフェースのように反則が感知されたことが視界の端に表示されるように浮かぶ、といった方式を採用している。
あくまで訓練中の検知なので任意で表示を消し、ある程度をログとして保存することもできる……と、こんなところだろうか。
「うん。反則の検知も問題なさそうだね」
視界の端に浮かんだ文字列に向かって意思を込めて軽く手を振ると、それも消える。再度表示させてログを見たり、他者に向かって見えるように表示させたり。
「そっちからでも見えるかな?」
『ん。問題ない』
シーラがサムズアップで応じる。よし。動作に問題はなさそうだ。続いてティールにも使いやすいよう訓練のプリセットを組む。
それが終われば、中継用のシステムを術式として構築し、エラーが出ないかをシミュレートする作業だ。アルバートが魔石に刻めるように構築した術式をプリントアウトしていく。
『受け取ったわ』
構築された紙を手に取り、掲げてこちらに見せてくるローズマリーである。
「うん。もう少ししたら戻るよ」
構築した仮想空間のデータを訓練施設で使えるように転送、反映させれば一先ず今日迷宮核でするべきことは終わりだ。
訓練施設はすぐに利用できるので、ティールには満足いくまで活用してもらいたいところだな。
いつも応援していただきありがとうございます!
前回に引き続きの告知となりますが、今月2月25日に発売予定の境界迷宮と異界の魔術師コミックス版7巻、特典情報が公開されました!
詳細や特典情報については活動報告でも掲載しております! 今回も書き下ろしを収録していますので楽しんでいただけたら嬉しく思います。
今後ともウェブ版、書籍版共々頑張っていきますので、どうぞよろしくお願い致します。