番外1808 好敵手との出会い
そのまま順路通りにレース用のルートを見ていく。曲がり角の分岐点ではコースアウトした場合のリカバリー用に、間違った分岐点の先の構造も少し調べておいた。
コースの広さは。コーナーの角度。水流の強さは。レースに必要な情報と、定点カメラをどこに設置するか。そういったことを見ながら意見交換もしつつ進んでいく。
「魔道具を荷船のこのあたりに設置すると、選手が実際にどんな泳ぎ方や進行方向をとっているのかが見やすくなりますね」
ハイダーに荷船に座ってもらい、実際にどんな風に映し出されるのかを水晶板で見ながら言う。船体前方のカメラと後方のカメラ。
「ある程度視野を動かすこともできる、か。抜きにかかる瞬間等、概ね周囲の動きは見ることができそうだな」
「そうですね。競り合っている者同士で補完すれば、必要な情報は得られるかと」
メギアストラ女王に答えつつ、色々な角度から見え方を実際に試していく。バロールを先行して飛ばし、天井付近の定点カメラを想定して俺達が進んでくる際の映り方を確かめる作業を進めておく。
そうこうしている内に競技用区画から通常区画に戻ってくる。普段の水路は流通に使っているということもあって、一般の荷船も通過している。今回の見学はじっくり見ていきたいので、追いついた船には端に寄って先に行ってもらう。
『通常区画は広くて直線が長いから、また攻防が変わりそうね』
ローズマリーが水晶板越しに隣を進んでいく船を見ながら、顎に手をやって言う。
「そうだね。競技用の区画から抜ける時に接戦になっているかどうかでも駆け引きが変わってくるかな」
と、そうやって進んでいると、後方から進んできた荷船にオービルが声をかける。
「おお。これはリカリュス殿」
「おっと。オービルさん。こんちは」
追いついてきた船を牽いていたケイブオッター族に、オービルが声をかけると軽い調子でその人物は挨拶を返してきた。ケイブオッター族のリカリュス。先程名前を聞いたばかりの、水路レース優勝経験者にして次回レースでも優勝候補の一人と目されている人物だ。
オービルより少し体格が良く、額のあたりに銀色の毛が三日月状の模様を作っているという特徴がある。
オービルに同行している面々の中にメギアストラ女王がいることに気付くと、少し驚いたような表情をした後に作法に則り挨拶をしてくる。
「魔王陛下におかれましてはご機嫌麗しく」
「うむ。息災なようで何よりだ」
そんなやり取りにオービルが頷くと、俺達のことも紹介してくれる。リカリュスは俺達のことも知っていて、面識を持てたことに素直に喜びを示してくる。
「おお。お噂はかねがね。知己を持てるとは幸運です」
船を牽引しながらも一礼してくるリカリュスである。ティールが嬉しそうに声を上げると、リカリュスはそちらに視線を向けて、頷いて手を差し出す。
「ルーンガルド側から祭典――競泳大会の参加者がいるとも聞いておりますが……もしかしてティール殿がそうでしょうか?」
フリッパーで握手に応じるティールがこくこくと首を縦に振ってから声を上げた。翻訳の魔道具を通して、見学している最中なのだと伝えていた。
「なるほど。……ふむふむ」
リカリュスはティールの身体つき等を隅々まで眺めてつつ顎に手をやって頷く。
「これは……楽しくなってきたな。当日は良い内容にしたいものですね」
そう言ってにかっと笑うリカリュスである。ティールもよろしくと嬉しそうに声を上げる。
聞いていた人物評としては社交的で明るいということだったが。そうだな。噂通りの爽やかな性格をしているようだ。
こちらはコース見学中。あちらは荷物の配達中ということで、リカリュスは先を急ぐということであるが、多少の余裕もあるということで並走しながら水路レースに関する話を聞かせてくれた。
リカリュスは水路で荷運びの仕事をしているそうで。普段からこうして水路を利用しての仕事をしている、とのことであった。
水路レースを祭典と好んで呼ぶのは、運輸に携わる者達が最初に始めたからという経緯があるそうだ。
「最初はお遊びだったらしいんですがね。噂を聞きつけて、あれよあれよと話が大きくなっていって。当時の魔王陛下が興味をお持ちになり、正式な催しにして下さったわけですよ。だから俺達にしてみれば大会は祭典のようなもんでして。楽しみにしてる連中が多いんですな」
水路レースの歴史的経緯について解説してくれるリカリュスである。
「迅速且つ安全な移動は救命や兵站にまで関わってくるものであるからな。彼らが水路内で競い合い、技術向上を図った結果として救われた者もいる。魔王としては奨励してやりたいという気持ちは分かるな」
メギアストラ女王がリカリュスの言葉に頷きながら言った。
魔王国の街道は整備されているとはいえ、陸路は危険な面も多いからな。その点水路ならば利用する人員を把握しやすい。外海と壁を経て隣接している、という点を除けば安心というわけだ。
そうやって水路レースの話題で盛り上がったところで……もう一人の優勝候補であるシュリンプル族のヴィジリスの話も持ち上がる。
「あー。ヴィジリスの奴ですか。あいつはまあ、ちょっと変わってるけど武官らしく正々堂々としてて……うん。いい奴だと思います。俺からあいつの強さについてとか、あれこれ言うのは気が引けるんですが……まあ、代名詞みたいに知られていることだし、別に良いのかな。ルーンガルドから来たって言うなら知らないだろうし」
後頭部を少し搔きながらリカリュスはそんな風に言った。
「俺は細かい小細工が得意って自負してるんですが、あいつは……直線がとにかく速いです。まあ、楽には勝たせてもらえないですね」
と、そう言葉を続けて苦笑するリカリュスである。
ヴィジリスの情報について自分から伝えるのは気が引けると思っていたようだが……自分に関する情報も併せて伝えるあたり、リカリュスもフェアに戦いたいと思っているのだろう。
ティールはリカリュスに礼を言って、更に声を上げていた。自分がどのぐらい通用するかはわからない。けれど当日は全力を尽くす。仲間達を代表して魔界に来ているから。
翻訳するとそんな内容をリカリュスに伝えているようだ。
リカリュスも、真剣な面持ちで頷くとにやりと笑う。
「なるほど。祭典がどうなるにしても面識ができて良かった」
ティールも頷いて自分もだと声を上げ、それから再び握手を交わしていた。
リカリュスは荷物の運搬中ということで、あまりずっと一緒にはいられないということだ。
「では……良い出会いもできたところで名残惜しいのですが、お先に失礼します」
「ふっふ。祭典は良いものになりそうだな」
「全力を尽くします……!」
リカリュスはメギアストラ女王の言葉ににかっと笑って、曲がり角まで差し掛かったところで、少しだけ自分の技を見せるということなのか、加速して高速で視界から消えていった。
闘気も魔力も使っていない。リカリュスは謙遜した言い回しをしていたが、実際のところ小細工で優勝できるほど甘くはあるまい。今の動きを見るにリカリュスは技巧を重視するタイプで、ヴィジリスは瞬発力に優れるタイプ……ということになるのかな。ヴィジリスが直線で速いのなら、リカリュスはコーナーでの攻防が得意なのだろう。
それでリカリュスとヴィジリスは優勝争いをしているのだから……強みが違っても総合すると拮抗しているということになるな。
ともあれ、見学に来て良かったと思う。闘気も魔力も使えないからティールは抑えているようだが、水路の先の方を見据えながら身体の内側で魔力が高まっているのは伝わってくる。リカリュスと話ができたことで相当モチベーションが高まっているのだろう。