番外1807 水路見学
クシュガナは地上部分、水脈部分それぞれに都市を抱える拠点だ。
地上都市部分の警備責任者であるディアボロス族のトラウド、水脈都市部分の警備責任者であるケイブオッター族のオービルが迎えと案内に出てくれるのも前回の訪問時と同様である。
「お待ちしておりました」
「ご無沙汰しております。ようこそクシュガナへ」
と、迎えてくれるトラウドとオービルである。
クシュガナに到着したところでティール用の荷船を下ろし、レースのコースを見学するためにあれこれと準備をしていく。
本番と同じ重量の荷を乗せて、荷船の進水式だ。
地下水脈に通じる入口に装具を付けたティールが牽引して荷船を進水させると、笑顔のみんなから拍手が起こった。ティールも嬉しそうに水面から声を上げる。
「私達は、少しの間お城でお待ちしていますね」
「うん。それじゃあ行ってくる。後でね」
「ええ。いってらっしゃい」
グレイス達はオリヴィアと共に城で待つ。水中で活動する装備はきちんと人数分あるが、水路に子供達を連れ歩くのはあまりしたくない。水路には急流もあるし子供達は自分達の手で魔道具を使ったりできるわけではないからな。
というわけでメギアストラ女王やボルケオール、ベリトが同行してくれる。グレイス達にはカーラやドラゴニアンの騎士団長、ロギが護衛としてついてくれているので安心だな。
出発前に子供達をそっと撫でると、くすぐったそうに声を上げる。そうしてみんなに見送られて水脈都市へと入る。水の中を進んでいき海流水路に到着した。水路付近は駅のように整備されていて、荷の上げ下ろしをしたり、人の出入りを管理するために人員も配置されているな。
メギアストラ女王達と一緒に姿を見せると、クシュガナの武官や役人達も敬礼して俺達を迎えてくれる。挨拶を返しつつ船着き場から水路へと入った。
海流部分は海水の成分や温度が異なっているので、水脈都市内部の海水とは色が違うし、簡単に混ざり合うこともない。加えて水路内を物理的にも魔法的にも整備しているということもあって、分離した海流が維持されるよう補強されている。
「準備は良い?」
尋ねるとティールはこくんと頷く。そんなわけで水路に入って移動していくこととなった。水路で移動するための船というものもあり、メギアストラ女王達とそれに乗り込んで、ティールの牽引する船と並走する形で進ませてもらう。
あまり急がず、周囲のデータを取りながら進んでいく形だ。
「競技はこのクシュガナから始まり、王都周辺の主要拠点を結ぶように周回する形でまたここに戻ってくることになるな」
メギアストラ女王が解説してくれる。
なるほど。とりあえず出発地点についてはそれなりに広々としていて、複数の荷船を並べてのスタートも問題なさそうに見える。
「実際の開幕時は、水路に触れないように待機し、そこから始まりの合図と同時に着水して進んでいくこととなります」
立体的に組んだバーのようなものに捕まって、水路の上……一定の高さで待機することとなるらしい。開始の合図と同時にバーから離れ、水路に着水してレース開始、というわけだな。
水路に並ぶ順番については……これは抽選になるために若干のくじ運も絡むそうだ。まあ……全員条件は同じだな。
ともあれ着水前後にどう動くべきかは後で実物を見せてもらうことで、どの位置からでも良いスタートを切れるようにシミュレート可能な状態にしておこう。
ティールは体格が大きな方なので、遊泳能力が高くともそこは踏まえて行動しないといけない。動きの制限される状況でどうするかは詰めておいた方が良い。
まあ水路はある程度の広さもある。ルールとしても立体的にコースを使うことはできるので、相手を抜く機会を積極的に作ることもできる。水流から離れたら自身の力で加速しなければならないから、そこは注意が必要だが。
隣を行くティールは大人しく水の流れに乗っているが、内心はもう相当テンションが上がっているというのが傍目にもわかるな。首をあちこちに巡らせて、時折声をあげ、水路周辺の様子を興味深そうに観察している。
そのまま進んでいけばクシュガナから出て壁の穴へと進む……トンネル部分へと入っていく。トンネル内部に入ってもまだ真っ直ぐ伸びているので今のところ見通しは良いが、カーブ等に差し掛かったら先々の構造もわかりにくくなるな。
「このあたりはまだ広くまっすぐに伸びておりますが、競技用の経路はそれ専用に調整されておりましてな」
オービルが説明してくれる。通常の物流に使われている区間と、競技用に調整された区間が混在しているという話だ。
競技性や種族ごとの逆転性を高めるために、運搬だけのことを考えるなら非合理的な構造も構築してあるのだそうな。
ヘアピンのような急カーブや連続する勾配……意図的に狭くなる場所や流れの強弱……。平時は外から海流を取り込んで通常区間に合流させたり分岐させたりすることで全体における水の勢いを調整したり、といった役割も兼ねるらしいが……。
『競技用経路自体が、平時における調整用であり、有事の際の迂回路にもなるというわけね』
水晶板の向こうでステファニアがふんふんと頷きながら言う。
「そういうことだな。だから競技中、広く真っ直ぐな区間から曲がって分岐点に入った場合は競技用に調整された区画内部に入ったと考えて良い。競技当日は目印が立って使わない経路は封鎖される故、見間違って間違った通路に入ってしまう、ということはないだろう」
メギアストラ女王が俺の言葉に頷く。但し、競い合っていると曲がり切れずに分岐点をコースアウトしてしまう可能性はある、とのことだ。
そうした場合もすぐに復帰すれば失格になったりはしないそうだが……水路には元々流れがある。流れに逆らうか、トンネル部分を立体的に使うか。そういった方法でどうにかして復帰しなければならないので、大幅なロスになってしまうのは間違いない。
……コースアウトの可能性があるポイントは要注意だな。併せて、そうなってしまった場合のリカバリー方法も考えて、ある程度練習しておくのが実戦的だろう。
「経路の要所要所の曲がり方はしっかり把握しておく必要があるね」
そう言うとティールもこくこくと頷く。水路の構造。水流の強弱。中継のために魔道具を設置して大丈夫かどうか。水路に関することを調べながら、併せて装具が邪魔にならないか。荷船を牽きながらの泳ぎ心地はどうかといったことをティールに確認していく。
ティールはどちらも問題ない、と声を上げる。装具も荷船も泳ぎの邪魔にはならない、ということだ。流石に何も装着しないよりは速度も落ちるけれど、瞬発的な勢いが必要な場面では問題なさそうだ。
後は持久力だな。競技はそれなりの距離を移動することになるので、ペース配分も求められる。
水路の速度に乗る事で黙っていても進めるという性質上、移動しながら体力の温存や回復を図ることもできるが、その一方で競技である以上、駆け引きで相手の体力を削ったりといったこともできるだろう。この辺、中々に奥が深そうである。
具体的なペースについては……やはりデータが足りない。ボルケオール達も見学した事があるそうなので、その記憶を見せてもらうのが良さそうだ。スタミナの面に関して言うなら、ティールの場合は中々のものだ。
極寒の地で生きていて、そういう気象をも耐えて乗り越える必要があるからな。水温については暑くはない、との感想だからティールにとってのベストではないが……悪くもない。
水温については……魔界の海にも変わった性質がある。温水が湧き出しやすいことや、環境や他者の発散する魔力を受けて発熱する性質を持つプランクトンがいるようで……。
魔力溜まりや変異点であったり、生命圏が厚かったり……或いは外海のように強力な個体がいたりする場所は水温も生命活動に適したものになるのだろう。少なくとも魔王国沿岸、地下水脈に関してはそうした環境のようだ。
魔界の海は危険地帯なので更なる外海の調査は進んでいないとのことではあるが。
まあ……こうした魔界の海の在りようにはティエーラやジオグランタの想いが反映されているのかもしれないな。
ともあれ……ティールの体力、スタミナ面、コンディションに関してあまり心配がいらないというのは良いことである。