番外1806 ティールの荷船
そんなわけで明くる日から俺達も、ティールの支援と共に魔界水路レースの中継に絡んだ仕事を進めていくこととなった。
境界門で魔王国側に移動し、メギアストラ女王とも顔を合わせて打ち合わせをしていく。
「中継に関しては……開会式の行われる都市や終点は勿論のこと、水路中の長い直線や難所と思われる曲がり角といった要所要所に配置するというのが良さそうですね」
「うむ。下見と試走をして、そういった場所を見繕っていくのが良かろうな」
メギアストラ女王は会議室の机の上に広げられた水路図を見ながら応じる。
水路については平面図であるため、これだけではわからない立体的なうねり、細かなアップダウン等もあるそうだ。
「だから、一度ティールの引く荷台に乗り込む形で見ていくのは重要だな。テオドールならば一度試走しておけば、環境を整えることもできると見ておるのだが」
「そうですね。そこはウィズもいますし、何とかなるかと思います」
そうして得られた情報を元に、仮想訓練施設で再現してのトレーニングであればかなり有意義な内容になるはずだ。
水路は魔王国内の移動、荷物の運搬等にも使われているから、地元民とて普段から水路に対してタイムアタックをしているわけではない。ましてや、ライバルのいる状況で幾度も試走できるというわけではないから、状況を再現してのトライアル&エラーといった訓練は彼らでもできない。アウェイでの不利というのはそういうところで覆していくしかない。
仮想の水路で感覚を鍛え、並行してフォレスタニア湖で身体を鍛えてレースを乗り切る体力を養う……という両輪でいく。
「なるほど……これは彼らもうかうかとしてはいられんな。本気で勝ちに来ていると彼らにも伝えておくぞ」
メギアストラ女王がにやりと楽しそうに笑って言うと、ティールも嬉しそうに声を上げる。そうやって競争できるのが楽しみだと、そんな意思が込められているな。
「それで盛り上がるのでしたら是非」
「うむ。皆も喜ぶであろうよ」
運搬レースだしな。物流の重要性というのもレースの理念に組み込まれているので他者への意図的な攻撃というのは仕掛けた側のペナルティとなる。
この辺は運搬する魔道具が衝撃を感知しているというよりは、契約魔法によってレースのルールを参照して検知しているという仕組みだからだ。
だから、他者による意図的な攻撃は仕掛けた側の重大な反則となり、受けてしまった側にペナルティはない。
「逆に、故意ではない場合には注意が必要だ。巻き込まれての事故というのは実際の物流でも想定され得るものであるからな。各自で対処して荷を守る必要が出てくるわけだ」
「その場合の闘気や魔力、術式の使用というのは?」
「そこは問題ない。身の安全、荷の安全を守る為に力を尽くすというのは当然だし、必要なことであると認められている。ただし、その状況を利用して切り抜ける以上のことを狙うと、魔道具に検知される可能性はある、とは言っておこう。何らかの事故が起こっても余裕をもって切り抜けられるようにするのが一番ではあるな」
なるほど。柔軟だし安全を慮ってくれるが甘くはない、ということだな。ティールも神妙な面持ちでしっかり判断して術を使えるようにする、と頷いていた。
そうなると……レースに対して有利に働かないなら自動防御の安全装置等は使える、ということになるか。その辺も考えておこう。
詳しいルールブックもあるので、そちらも受け取って、細かな部分の質問をするなどして、しっかりと調べておく。
ルール面で躓いて十全に力を発揮できないだとか安全対策を疎かにして怪我をした、などとなると、出場するティールは勿論、支援する俺としても悔やんでも悔み切れないからな。
「安全面での自動防御か。それは良いな。どうせ規定重量の荷を運ぶのだし、そうした魔道具を最初から組み込んでしまうのは奨励していきたい」
と、メギアストラ女王は思案しながらうんうんと頷く。
規定重量。つまり体重に応じて割合で算出された荷を運ぶということになる。荷を入れる船の形状は大きさに差異はあるが固定。
ティールの身体の大きさに合わせて特注品を作ってくれている。
荷船は水の抵抗が少なくなるようにしっかりと考えられた形状で、軽量且つ頑丈だ。運ぶ際の負担が少なめになるようによく考えられており、実際に魔界の物流を担っているものだから信頼性は高い。
「荷船は見せてもらいましたが……そうですね。このあたりにならば、映像中継用の魔道具を設置、というのもできそうです」
幻術を映し出して荷船の前後に光点で中継魔道具の設置ポイントを示していく。競技者の泳ぎ方にもよるが、これならば比較的ブレも少ない映像にできるだろう。水の抵抗も少なく、重量もそれを含めてのものとして調節できるので有利不利にも影響を与えない。
船体カメラとコース上の固定カメラとを切り替えることで臨場感のある中継映像にしたいところだな。この辺は実際のコースを見て、構造を頭に入れた上で配置を考えていきたいところだ。
そうした話を聞かせると、ジオグランタも笑みを見せる。
「創意工夫は生きていく上で大事だものね。本当、感心するわ」
とのことだ。始原の精霊としては、そういった工夫は生き物の生存戦略にも直結するものだから見ていて喜ばしいものなのだろう。
そうやって魔王城にて打ち合わせを行った後で、魔王国の飛行船であるオブシディア号に乗り込み、王都ジオヴェルムからもっと近い水脈都市クシュガナへと向かう。
オブシディア号にはティール用の荷船が積み込まれていた。
流線形且つ、白黒ツートンのカラーリングを基調としているが……視認性を上げるために鮮やかなオレンジのワンポイントや黄色のラインが入れられており、この辺はペンギンをイメージしてのものだ。
それを見たティールが嬉しそうに声を上げる。格好いい、とのことで。気に入って貰えてよかった。
「意匠についてはテオドールが伝えたものなのよね?」
「うん。ティールの要望も聞いて、それを伝えただけれどね」
ステファニアに答える。
配色の位置を目立つようにして視認性は上げてある。競争相手からも見えやすくしているのは事故防止の観点だ。
自然下でのペンギンのカラーリングは……背中を暗くし、腹側を白くすることで、海面側から見ても海底側から見ても視認性を下げるためのカモフラージュの意味合いがあるものだが、これは競技だからな。
要所要所に明るい色のワンポイントやラインを配置することで、視界の端でも接近が分かるようにしてあるわけだ。
この辺の安全措置は競技者全員に共通しているので公平だ。レースの理念的に、荷を迅速にしっかりと運ぶ、というのがまずあるから、保護色でレースを有利にするという戦略は忌避されているそうで。
このあたりは荷船を牽くティールの装具にもコンセプトが共通していて、ベルト等を明るい色にして視認性を上げている。
それと――荷船の側面後方、黒地の部分にペンギンマークのロゴも入っているな。ペンギンと氷の結晶による白地のシルエットという組み合わせだが、デザイン性を上げていて、良い仕上がりだと思う。ティールにも気に入ってもらえたようで何よりだな。フリッパーをパタパタとさせて上機嫌なのが傍目にもわかる。みんなもそんなティールを見てにこにことしている。
「良いですね。ティールも気に入ってくれたようですし、僕も良い仕上がりだと思います」
「それは何よりだ」
「ふふ。ありがとうございます」
礼と感想を伝えるとメギアストラ女王が微笑み、カーラが嬉しそうに応じる。デザインについては要望を聞き取ってカーラが主導してくれた。魔王国側と親睦を深めるためのレース参加なので、魔王国側が主導で荷船を作ってくれているわけだな。
このままクシュガナに向かい、実際に荷船に荷物を載せて配達の体験をしつつコースを廻ってみていこうということになっている。色々と有意義な時間になりそうだな。