番外1805 地下水脈の猛者達
「それじゃあ、ティール。こっちへ」
俺がそう言うと、船尾に上がってくるティールである。循環錬気を用いてティールの疲労を回復し、生命力の活性化を行っていく、と。
こうすることで心肺機能や筋力の増強も期待できるわけだ。トレーニングの効果を引き上げられる。トレーニング自体もまだ続けるので、疲労回復ができていれば内容も更に充実したものになるだろう。
ティールのフリッパーを手に取って循環錬気を行えば、ティールは空いているフリッパーをパタパタとさせながら嬉しそうに声を上げていた。うむ。
ティールとの循環錬気が終わったら、トレーニングの手伝いをしていた他のマギアペンギン達とも順番に循環錬気を進めていく。
マギアペンギンの雛達は全員ボートに乗れるというわけではないので、城の方で留守番しながら中継映像を見ている形だ。
留守番している雛達が水晶板越しにフリッパーを振れば、ティール達も嬉しそうに応じる。シャルロッテが雛達に混ざってこにこしながら手を振っているのはいつものことであるが。
その近くではラヴィーネがアルファ、べリウスと共に寝そべって伸びや欠伸をしていたり、カーバンクルや日当たりの良いところで毛繕いをしていたり、リンドブルムが昼寝をしていたりするな。今日は……母さんも一緒に船着き場でのんびりしているようだ。
シャルロッテに関しては親鳥達がティールの手伝いをしている間、留守番を買って出たのだ。まあ、当人は動物組や先代の封印の巫女である母さんと一緒で、かなり充実した時間を送っていそうなので良いことである。
ティール達の手伝いもしたいと言っていたので、役割を交代というのも喜んでくれそうだな。
そんなわけで一通り循環錬気も終わると、ティール達はメダルゴーレム達を使っての訓練に戻る。荷を引いて尚、仲間達に引けを取らない速度でコース内を泳ぎ回っているティールである。闘気も魔力も使っていない、というのは他のマギアペンギン達も同様だ。その上で差があるというのは、ティールの遊泳能力が元々優れているということだけではあるまい。
「迷宮内外で一緒に行動をしていたから、ティール自身もかなり鍛えられているのね」
それを見たステファニアが納得したように頷く。
「出会った頃よりも実力が底上げされているっていうのはあるね」
マギアペンギン達もティールの実力が伸びているというのは実感しているのか、こくこくと頷く。
他のマギアペンギン達はといえば、そうした地力の違いを埋める措置として、リレー形式というか、他の面々とコースの途中から交代することでティールに引けを取らない高速を維持する作戦のようだ。
短距離での最高速を維持できる時間を延ばすことで、ティールと並走し、コース内でぶつからないように抜くタイミングを見極めたり、あるいはコーナー前での駆け引きをしたりといった経験値を積ませていくというわけだ。
「ん。マギアペンギン達は狭い場所での泳ぎにも慣れている気がする」
シーラが言うと、交代してきたマギアペンギンが水面に顔を出して声を上げる。
流氷の隙間を縫って泳いだり、魔物魚の攻撃を掻い潜って狩りをすることもあったので、行動範囲を制限された中で自在に泳ぐ、というのは寧ろ得意分野ということらしい。
ともあれ湖の中を高速度で泳ぎ回るティール達の姿は見事なもので、ボルケオール達やメルヴィン公、夫人達も見入っている様子だ。
「素晴らしいものですな」
「泳ぐマギアペンギンさん達は――本当に水の中を自在に飛んでいるようで見事ですね」
「水路は魔界の方々の生活の場でもありますから……当日までにやれることはやっておこうかと思います」
ボルケオールやカーラの言葉にそう答える。ボルケオールは頷き、言葉を続ける。
「もしかすると優勝争いに絡んでこられるかも知れませんな」
「メギアストラ陛下より水路の地図や優勝候補となる有力選手の情報も預かってきています」
ベリトが笑ってメギアストラ女王から預かってきた水路図を出してきてくれる。
「それは――有難いですね」
「礼には及びません。このあたりは知られていることですからな。こうした情報については詳らかにしておかねば、参加するにあたりティール殿だけ不利になってしまうと仰せでした」
ボルケオールが補足説明をしてくれる。
確かに……魔界側がホームグラウンドのレースだから、というのはあるな。
水路にしろ、優勝候補にしろ、参加する以上は明かされている情報でもあるのだし、ティールに対して伏せられているのは確かに公平ではない。
それに……そうした情報を提供することでお互いのモチベーションを刺激するということにも繋がるか。いずれにしてもメギアストラ女王の配慮は有難い。
トレーニングがひと段落したところで、みんなで水路図を見ていこうということになった。ボルケオールがコースに関する解説をしてくれるからだ。
ティール達、ロヴィーサやキュテリアもボートの周りに集まり……俺も水路図を幻術で大写しにして解説してもらう。
ボルケオールやカーラが語ったところによると……地下水路はいくつか枝分かれしていて魔王国のあちこちに通じているが、流石に全域を通しての大周回とはならないそうだ。
水路はいくつか分岐点を設けて迂回路が作られている箇所があるそうで。
「これによって外海から危険な魔物の侵入があっても避難や運搬のための経路を確保できるし、防衛目的で迂回路から兵力を展開させて包囲網を構築したりもできるというわけです」
過去にはそれを利用し、いくつかのルートからコースを構築して、水路レースが単調なものにならないように変化をつけようという試みもしていたらしい。そう。あくまで過去形だ。
「比較的広い迂回路、曲がりくねった迂回路、水流が急な迂回路……。色々ありますが、それによって種族的な有利不利が若干出ていたのですね。特定の種族に対して有利に働きすぎないよう何度か水路の工事と調整が行われて……最終的に今の形に落ち着いています」
「それでも区間の特徴によってはこの区間はこの種族が強い、というのはまだありますな。総合して概ね速い者が勝つ、といった調整がされていて、優勝者は複数の種族にまたがって輩出されておりますよ」
カーラとボルケオールが説明してくれると、みんなも興味深そうにその話に耳を傾ける。
魔界の海の民も、種族が豊富だからそちらの方が公平感もあるのだろう。飛び入り参加のティールにとってはどうだろうか。
「ティールの場合は初参加なので有利不利は未知数ですね」
「陛下や地下水脈の者達もそれはそれで面白いと考えているようですな。優勝候補として数えられる者は数名おりますが、本命と見られているのはケイブオッター族のリカリュスと、シュリンプル族のヴィジウスですな」
ケイブオッター族はラッコ、シュリンプル族はエビの見た目をした魔界の海の民だ。
「それぞれ優勝経験があり、魔王都にも招かれていますね。そういう背景もあって、二人とも有名ですよ。リカリュスさんは明るく社交的な人物で、ヴィジウスさんは武人的な気質と聞いています」
カーラがそんな風に教えてくれる。レースにおける強みもそれぞれ違うようだ。
リカリュスは細かい部分での巧みさ。ヴィジウスは直線的なコースにおける圧倒的な速度が持ち味、とのことで。それで二人共に優勝経験があっていい勝負になっているというのだから、本当にコースのバランスは良いようだ。
「メギアストラ陛下の見立てでは、ティール殿が実力を発揮できれば二人といい勝負になるのではないか、とのことでしたな」
「なるほど……」
ティールの素のスペックを見た上でメギアストラ女王がそう判断するのなら、実際そうなのだろう。
実際アウェイなのでその十全に実力を出すというのは意外に難しいが……。
ティールも声を上げて気合を入れているようだ。頑張って優勝を目指す、というような気概が翻訳の魔道具で伝わってくる。
うん。不利は承知。その上で優勝を目指す、というのなら、ティールにとって満足のいく内容になるよう、俺も気合を入れて支援したいと思う。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます!
今月、2月25日に境界迷宮と異界の魔術師コミックス版7巻が発売予定となっております!
詳細については活動報告でも掲載しておりますが、今回も書き下ろしを収録しております! 楽しんでいただけたら幸いです!
今後もウェブ版、書籍版、コミックス共々頑張っていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願い致します。