番外1803 リサの楽しみは
「属性魔石の粉は任せておいてね」
ヴァレンティナと一緒に楽しそうに工房の仕事を手伝いに向かうのは母さんである。
「ん。ありがとう」
「いってらっしゃいませ」
「行ってくるわね」
俺達に見送られて楽しそうに作業に移る母さんとヴァレンティナだ。
「こうやって一緒に魔法絡みの作業をするのが小さな頃の夢だったのよね」
「ふふ。私も嬉しいわ」
ヴァレンティナも上機嫌そうで……母さんと一緒に作業するのが嬉しいのだろう。
母さんとは……少し歳の離れた姉妹のように育ったと聞くしな。ヴァレンティナは普段落ち着いてしっかりしている雰囲気だが、母さんに対しては無防備と言って良いぐらいに気を許している部分があるのが見て取れる。
母さんは冥精となって戻ってきてからは、自分は一度亡くなっているからと言って……そう。遠慮ではなく自重している部分が多いように思う。
冥精の在り方として正しいものと言えるが、それはそれとしてちょっとした時に料理や子守りもしたりと、あまり大きな影響が出ないところでは日常を楽しんでいるところがあるようだ。
「実家に母さんの書斎があったけど……大鍋とか返して、フォレスタニアにも設備を作ろうか?」
と、母さんが戻ってきてからそう尋ねたことがある。
思い返すと昔は、本当の書斎の方で魔法の研究もしていたこともちょくちょくあった気がするのだ。なので、母さんから受け継いだものを返して以前と同じような生活ができるようにしようかと思って、そう提案したのだが。
「ふふっ。ありがとう。でも、大丈夫よ。私が魔法の研究をしていたのはシルヴァトリアのみんなを助けるためで……それはもうテオ達が叶えてくれたから。だからあの大鍋はもう受け継いでくれたテオの物だわ」
と、そんな風に母さんは穏やかな笑顔で言っていた。
あの言葉にはそういう意味もあったのだろう。また魔法研究をして術式なりを開発したとして、そういう点で自分が現世の後々に影響を与えてしまうのは違う、と。
その代わり日常的なことをする時は本当に楽しそうにしている。俺としては母さんにとってフォレスタニアが居心地の良いものならそれでいい。
あまり俺達の結婚生活に自分が入っていって世話を焼き過ぎるのは良くない、という、別の観点からの自重もしているようではあるが、そちらは普通に家族としての気遣いだな。
それでも料理をしたり子守りをしたりしている時は傍目にも上機嫌なのが分かるぐらいだ。当人としてはたまの楽しみなのだと、そんな風に言っていた。まあ、イシュトルムを抑えるためにずっと孤軍奮闘してくれていた母さんだ。思う存分満喫して欲しいものである。
そうやって母さんとヴァレンティナが魔石粉を作ってくれるのを待つ間、幽世でもらった古刀をみんなで見ていく。
「やはりヒタカの刀剣は刃紋が綺麗ですね。私も鍛冶を行うものとして感銘を受けます」
エルハーム姫は古刀を手にとって刃の部分を眺めながら言う。
「今のヒタカノクニの形式とは少し違うんですよね?」
「そうですね。この様式からもっと古い刀だと直刀が多くなってくるそうですよ。変遷してこの形の様式が確立した頃の技術が使われているということになるのでしょうか」
ビオラの言葉に答えるコマチである。一時ヒタカが戦乱や妖怪の跳梁で乱れたこともあり、その頃になると刀が濫造されて逆にレベルが落ちてしまったそうだ。
だから……現存しているこの様式の刀は名刀が多いのだとか。カギリの眷属の鍛冶師は長いことこの仕事に携わっているし、この古刀にしても本来は幽世を旅立つことになるその日に子供達に送るためのものだ。だから、かなり気合を込めて打たれていて、相当な業物であることは間違いない。
「魔力を纏わせるのにも向いていますね。魔法剣士や魔術師が使うのにも向いているかと」
と、一振りを手に取って軽く魔力を流して言う。
「刀は重さの配分等がこっちの曲刀とは違うので……使い方には習熟が必要そうですね」
「ん。テオドールはいける」
サティレスの言葉にシーラが言う。
「まあ、そうだね。ヒタカの人達や夜桜横丁の魔法生物達が使っているところも見ているから、多少だけど」
きちんと使い方を学ぶならヒタカの面々に指導してもらった方が絶対に良いとは思うが……俺もご多分に漏れず日本刀は興味があったというか、BFOのような環境下にあれば職人面々も作るし、BFO内でスキルを習得すればシステムアシストがあるからな。
何しろ国産ゲームだし、日本刀の使い方については情報や経験者が豊富で……それはスタッフもそうだったのだろう。
俺は一番の興味が魔法で、その延長上で近接戦闘もするから杖術という選択肢だった。
そういう選択をしたのは、或いは意識せずともこっちの世界との絡みがあってのことかも知れないが……。
ともあれ、日本刀にはちょっと興味がてら触れて、フレンドに教えてもらった程度ではあるのだが、杖術の延長や魔法近接戦闘の副産物として槍や刀剣のスキルも多少は伸びていたりするのだ。
見てみたいとか試してみたいという声も上がって、そんな言葉にみんなも同意する。そういうことならと、母さんとヴァレンティナが戻ってくるのを待って、炉を作る前に息抜きとして中庭で少し試してみよう、ということになった。武器は使ってこそという部分もあるしな。
俺も幽世で作られた武具類の性能には興味があったから丁度いい。
木製の的に試技用の防具を装着させたものを中庭に用意していると、母さん達も戻ってくる。
「中々面白そうなことをしているのね」
「幽世の武器ね」
「うん。折角だから見ておこうかと思ってね」
というわけで刀を持って的の前まで歩いていき……少し離れたところで立ち止まる。
「それじゃあ、行くよ」
そう言って、軽く力を抜いた状態から――。
「え――」
抜き付けで逆袈裟に振り抜く。風を切る音と共に、刀が振り抜かれて的が斜め下から切断される。返す刀でもう一撃。斜めに立たれた的が地面に落ちる前に真っ向から更に両断する。血振りの動作を交え、刀の向きを変えて逆手に持って納刀する。
「居合……」
コマチが驚きの声を漏らす。
「刀が納められたところから一瞬で鞘から抜きながら斬りつけているのですね」
「初動が静かで速い」
グレイスが言うとシーラも頷く。闘気も魔力も使わない、身体の使い方だけでの技だな。どちらも使っていないので、そっちに注目していたら余計に前兆が分かりにくい、というのはあるだろう。
とはいえ、綺麗に技が決まったのは刀が良い物だからというのもある。
適切な間合いと動作で刃筋を立ててきっちり振り抜けばこうなる、というわけだ。闘気や魔力を込めたらもっと強力な一撃を繰り出せる、本来よりも遠い間合いからも抜き打ちで攻撃できると考えると、中々に怖い武器だな。
「油断していると気付いたら斬られていた、というのもありそうね」
ローズマリーが苦笑する。
「納刀している状態で不利にならないための技術だろうからね」
暗い面を見れば暗殺等の不意打ちで使うこともあるだろうけれど……お互いそういう技術があると知っていればそうした使い方にもリスクも出てくるしな。
俺に続いてイルムヒルトも弓矢を試したり、テスディロスが槍を振るったりと、幽世の武器を使っての試技を行った。
どの武器もかなりの品だな。まあ、俺達はそれぞれ専用装備を持っていたりするから、将来的にはフォレスタニアの武官に使ってもらうとか、褒章のような使い方もできるものもあるだろう。