番外1802 霧結晶の力
二人の防具についての骨子が纏まったところで、適性を見てみてはどうかということなのか、マルレーンがにこにことした表情でソーサーを持ってきてくれた。
「ああ、ありがとう。少し貸してもらっても良いかな?」
そう言うとマルレーンがこくこくと首を縦に振る。サティレスとルドヴィアにソーサーを操ってもらい、適正の確認を兼ねてのちょっとした訓練である。
船着き場に移動し、広々とした場所でソーサーを試していく。
「それでは――行きます」
まずはサティレスから。続いてルドヴィア。
二人とも……飛ばすのは問題なく可能だな。攻撃力のない光の球体を浮かべ、それを空中で受け止めるという内容の訓練にまで踏み込んでみた。ややもすると慣れて来たのか、結構な精度で複数枚のソーサーを操って自身に向かってくる光球を防いでいた。
「良いね。かなり良い動きをしてる」
「これなら浮遊盾としての運用も問題なさそうですね」
「展開したままでの狙撃も――できそうな気がしますね」
サティレスは幻術でソーサーを不可視の状態にし、ルドヴィアも遠方目掛けて殺傷力のない魔力弾を複数飛ばしてみせていた。二人とも適正や運用に問題はなさそうだ。
「カギリから受け取った霧結晶についても検証していこうか。サティレスには少し休んでもらって……ユイにお願いしてもいいかな?」
「うんっ」
俺の言葉にユイが嬉しそうに頷く。
霧結晶は配置してあれば加護によって効果を発揮する。どのぐらいの範囲までどの程度の精度で効果を及ぼせるのか。おおよその特性はカギリから説明を受けているが、実際に使って見なければ分からないところもあるからな。
「まずは――」
ユイが加護を得るために目を閉じて祈る。少し離れたところに置いてある霧結晶が光を放ち、周囲に霧が立ち込め始める。バロールを飛ばして上空から見てみるが……結晶を起点としてではなく、祈っているユイ当人を中心として発生し、そこから濃度を増すように浮かび上がってくるような挙動で霧が発生している。
そこから……ユイが霧を制御する。意識を集中させながら掌を前に伸ばすと、霧もそれに応じるように前方に伸びていく。
「それから……こう?」
前の伸ばした手を反転させ、掌を持ち上げるような動作をすれば――それと連動するように、霧がせり上がり形を変えた。
「深層部の壁に似せた変化、というわけですな」
オウギがユイの作った霧の壁を見て頷く。魔界迷宮側の建築様式に似せた壁だな。
「ちょっとそのまま壁を維持していてもらえるかな」
「うん」
ユイが俺の言葉に素直に頷く。壁に近づいて確認してみる。魔力波長、強度や質感はどうかといったことを調べていくわけだが……。
ふむ。近付いて見ても本物の壁と見紛うばかり……というか、カギリが形成したのと同じように実体化しているのだ。軽く触れてから――ノックするぐらいの力で叩いてみたが、形が崩れる様子もない。
カギリの城もそうだったが、構造物自体からは変わった魔力を感じない。カギリは幽世のそれと違ってあくまでも一時的なものと言っていたが、偽装効果は相当高いのではないだろうか?
「壊すつもりで叩いてみるよ」
「いつでも大丈夫だよー!」
俺の言葉に手を振って答えるユイである。そんなユイの元気のいい反応に、みんなも微笑ましそうにしているな。
ウロボロスに魔力を込めて、それなりの威力でもって叩きつけてみる。普通の建物を破壊するには十分な威力だ。
破砕音と共に、壁の上半分が砕ける、と同時に霧になって散った。その際、幽世に似た魔力波長が広がる。
形成した物が壊されても、制御者にもカギリにも反動は来ない、とのことだ。遠隔で障害物として使うにはやや強度が足りないが……距離が近ければ制御者が闘気や魔力を込めればある程度強化が可能という話であった。
直接触れていれば武器の形に形成して闘気や魔力を通し、無理やり攻防に用いることもできるな。効率が良いとは言えないが、牽制や目くらまし、手数を増やしたりといった用途には十分使える。
「……なるほどね」
構造物形成についてはかなり優れた特性を備えていると言って良いだろう。
そのままどこまで範囲を伸ばせるのか、大きい物、小さい物を、最大どのぐらいの強度、どのぐらいの正確さで形成できるのかといったことも調べていく。
それらを一通り調べたらサティレスに交代してもう一度検証すると……いくつかのことが分かった。まず、ユイとサティレスでは少し制御の得手不得手に違いがある。霧を展開する速度と強度はユイだし、構造物を形成する精度に関してはやはりサティレスだ。
代わりに魔力を込めて構造物を強化した場合はユイの方が硬質化させることができた。どうやら本人の得意分野が制御にも反映されるらしい。
射程距離は二人とも、フォレスタニア城の周囲に広がる湖を越えて、対岸にすら届く。
ただ制限というか、気を付けなければならないこともある。
効果を届かせるには当然ながら霧が展開している範囲でなければならない。つまりは霧を展開しておかなければならないわけで。
霧が流れてくる方向から発生源を辿らせないためには事前に効果範囲全域に薄く広げておくか、細く絞って元々の建造物そのものに変化させていくといった偽装が必要だ。迎撃には使えるが、侵入された後に後手に回って展開するには向かない。
霧そのものから探知はできないので、霧が流れる方向を偽装してやれば間違った方向に発生源があると誤認させることはできるな。
だが……霧を展開する時間が十分に確保できていれば迷宮の1フロア丸々を射程に収めることができるだろう。但し、視界外の場所に構造物を形成するのはそれなりに修練が必要だと思われる。その時の迷宮の構造や周辺の地形を頭に入れるか、中継映像が必要だ。
「研究しがいがありそうね」
「はい。面白い特性を備えています」
焼き菓子を焼いて持ってきてくれた母さんの言葉に、サティレスが感心したように頷く。霧の動かし方や応用の仕方についてはカギリやオズグリーヴが修練の時にアドバイスもしてくれるとのことで。今後の研究と研鑽が楽しみだな。
そんなわけで一先ず確認作業を切り上げる。
「霧結晶の方も相当良いね。それじゃあ、浮遊盾の方はさっき言っていた内容で作っていこうか」
アルバートが笑顔で言うと、みんなも頷く。迷宮深層の守護者と氏族長の専用装備とはいえ、組み込まれる技術が技術なので、悪用したり解析したりできないよう契約魔法等でしっかりとしたセキュリティを施していこう。
そんなわけでアダマンタイトの使用方法も決まり、早速次の日から工房で浮遊盾の開発していくこととなった。
アダマンタイトの加工については……現行の鍛冶場の炉だと火力が足りない、というのも迷宮核の分析で分かっている。
「ミスリルでも問題なく加工できる炉なんですけどね……。オリハルコンはちょっと特殊な金属過ぎて、加工させてもらえたという感じでしたが」
ビオラはアダマンタイトの鉱石を見ながら目を瞬かせていた。アダマンタイトについてはエルハーム姫と共に並べられた鉱石を手にとって光の反射具合を見て観察しているようだ。
オリハルコンについては加工を受け入れたら炉の熱も自ら取り入れたりしていたようだからな。逆に言うと、対話を経ないと熱そのものを受け付けないというのがバハルザード王国の記録に残っている、というのが分かっている。
アダマンタイトはそこまで無茶な素材ではないようだ。必要な術式を書きつつ、加工の前段階として、専用の魔法炉を新造していけばいいだろう。
高熱に耐え、しっかりと断熱できる頑丈な素材。効率的に火力を集中できる構造。火属性の魔石、風属性の魔石を組み込んでと……新型の高熱炉を作っていくわけだな。
同時に加工する側の安全と快適性を確保するということで、風魔法によって熱を遮断する層を構築し、仮に炉が破損しそうになった場合は結界を発動できるようにするなど、設備そのものの安全強化策を施しておくわけだ。
炉に使う素材については……それほど特異なものはない。
火属性の魔石粉を混ぜて内側に魔法陣と刻印術式を施し、強度と断熱性を上げた耐熱素材を使用。火力の増強も魔道具によって行う。
「仕様としてはこんなところだね」
新造する炉についての仕様書を見てもらうと、アルバートやビオラ、エルハーム姫も頷く。
「良いね。素材の確保もそんなに難しいものではないし」
「うん。割とすぐに取り掛かれると思う」
「火属性の魔石なら在庫があるわね。流石に魔石粉にしているものはないけれど」
そう言って微笑むヴァレンティナである。
「火属性の魔石粉だと取り扱いに注意がいる危険物になりますからね」
防火、耐火、耐熱といった特性を与えることもできるが、魔石粉は反応しやすいので術式できちんと方向性を与えてやらないと何かの拍子で暴発しかねない。そういう意味では火薬や可燃物と変わらないだろう。
製造コストもかかるし、シルヴァトリアの技術に頼らないと属性魔石は本来かなりの貴重品だ。目的も無しに属性付きの魔石粉をストックしておく、なんてことはまずしない。ましてや、属性魔石を粉にするなどというのは普通はやらない。
ともあれ、しっかりと術式を組んでやることで高熱を安全に制御する素材を製作することが可能になるというわけだ。きっちりと仕上げていくとしよう。