番外1800 集落の前途は
新造の城や神社の使い勝手を確かめるということで、設備を使ってみんなと料理を作ったり、境内で奏でる神楽を聴きながら食事をとったりといった時間を過ごさせてもらった。
厨房の使い勝手は魔道具も組み込まれて中々のものだ。水作成や竈の火といった簡易な魔道具であるが、あるのとないのでは大分利便性が変わるからな。
「広々としていて使いやすいですね。沢山の人で集まって料理をするのにも良さそうです」
というのが実際に厨房を使ってみたユキノの感想だ。
「あちこちで魔法建築しているからですね。みんなの意見を取り入れて建築する機会も多いので」
設備の配置等も日本のキッチンを参考にしているしな。その上でみんなの意見を反映する形で間取り等々の調整をしているので使いやすいものに仕上がっていると思う。
境内に作った広場も舞や神楽を奉じるのに適度な広さがあり、イルムヒルトやユラ、ミツキが試しにということで歌や舞、演奏を披露して見せると、カギリやテンドウも楽しそうにそれに聴き入っていた。
その後はあちこちに仕込んだ魔道具やシーカー、ハイダー達も回収するなど、後始末をしてから、城にも使い勝手を確かめるということで一泊させてもらった。
城についても今度は外からの来訪を前提にしているのだろう。広々とした風呂やトイレ等もきちんと整備されていて、かなり居住性が増している。
交流や宴会を目的とした大部屋もあって、幽世内部は快適な温度、湿度が保たれているということも手伝って城の居心地はかなり良いものだ。
夕食や風呂の後で、俺達も大部屋でチェスやカードに興じつつのんびりしていると、眷属達が何やら葛籠を運んでやってきた。
「ああ。持ってきたようですね」
「此度のことについてのお礼……というにはささやかですが、色々とお土産になりそうなものを用意しました」
カギリが頷き、テンドウが俺達に説明してくれる。
葛籠を開くと……そこには衣服や反物、簪や鏡といった服飾品、装飾品が納められていた。別の葛籠からは刀や槍、弓、鎧といった武器や防具も出てくる。
「これはまた……相当な品ですね」
衣服や反物は丁寧に織られて染められたもので……見るからに価値がありそうだ。簪や鏡についても細工が細かい。
「眷属の方々が作ったものですか?」
「そうですね。いずれ子供達が外に出る日が来た時のためにと……職人達が腕を磨いてきたのです。眷属達としても楽しみになっていたように思いますが」
テンドウ達は……骸を抑えきれなくなることも視野に入れていたからな。その時は子供達を外に逃がすということも考えていたわけで。
眷属の職人達が長年技術を磨いてきただけあって反物や着物、簪、鏡の装飾の細かさは相当なものだ。美術品としても価値がある。脱出を余儀なくされた場合に、餞別として渡すには良い品々だろう。嫁入り道具のようにどこかで暮らす上で役立てても良いし、路銀にすることだってできるのだから。
武器と防具も同様だ。拵えのしっかりしたものだから実用的で身を守るのにも使えるし、当然売って路銀にもできる。
とはいえ、刀等は単なる実用品を超える価値があるように見える。
「武器防具は……魔力を纏っていますね」
「私達にとっては……どうしても衣服よりも気合が入る品々でもありますからね」
刀を見ながら言うと、テンドウが応えてくれた。眷属達が鍛えた刀ということで……まあ確かに普通の品ではないだろう。イチエモン曰く、今の時代では失伝している製法も使われているのではないか、とのことだ。
「現存している古刀は……よく鍛えられているからこそ残っている物でござるからな。必然、名刀として受け継がれているのでござる。当時の技術が注がれた刀となれば……見る者が見れば垂涎の品でござろう」
「なるほど……。しかも切れ味や頑丈さも魔力によって増しているようですね」
眷属達が鍛えたからだろうか。相当な業物と言って良い。これだけでも相当な宝物と言えるのだが――。
「それから――我からはこれを」
カギリは淡い緑色を湛えた水晶を掌の上に浮かべる。内部に白い靄――霧が渦巻いているのが見えた。
「――これは」
神気を纏ったそれは……カギリが構築したものか。それとも彼らにとっての宝物か。
空中に正座をしたまま浮かぶカギリは静かに頷いて答える。
「加護を受けている者の補助を行うために形成したものです。一時的に広範囲に構造体を形成することが可能ですね」
それは――防衛戦においてはかなり強いな。カギリの加護で霧を発生させ、その内側に構造体を結成する。攻撃に応用も効くとは思うが……真価としては広範囲に構造体を形成という部分だろう。つまりは、迷宮内部の構造を戦況に応じて簡易に変えることができる。
今回の戦いに参加していた面々には加護が届くから……例えばユイやサティレスが迷宮を防衛する時に使えば、強力な効果が期待できる。
ユイならば敵部隊の寸断、分断を行い、鬼門による神出鬼没の機動力で各個撃破を狙うだとか。
サティレスなら実体のある構造物に変化できる霧との相性の良さは言わずもがなだ。感覚を伴う幻覚と実体を持たせることのできる霧の合わせ技等、初見殺しもいいところだろう。
カギリの霧結晶に関しては……オズグリーヴの能力に似ているな。とはいえ、結晶はあくまで加護の応用範囲を拡張するという、補助的な役割を果たすものだ。
オズグリーヴなら煙で兵隊を作ったりもできるし、自身に収束させて大幅な強化をすることもできる。応用力、対応力という点で言うなら、やはり抜きんでているという印象だ。
ただ、霧結晶があれば、そんなオズグリーヴがサポートについてくれるようなものである、と考えれば破格だな。当然、当人の能力と霧が連携しても強力だろうし。
「すごい力を持っていますね……。信頼して預けてくれたものですから……大切に扱わせてもらいます」
「ふふ。そうしていただけると嬉しいですね」
霧結晶を受け取って応じると、カギリは微笑を浮かべる。
迷宮防衛に活用したいというと、ユイやサティレスも頷いていた。制御するのは霧結晶を扱う者、ということになるから、修練は必要だろう。
能力に似たところが多いオズグリーヴに、修練の手伝いをしてもらうのも良いかも知れない。そうした考えを伝えてみる。
「ふうむ。確かに。私で良ければ修行のお手伝いをしましょう」
「勿論、私も手伝いましょう。幽世をあまり留守にしてばかりとはいきませんが」
オズグリーヴとカギリがそんな風に言ってくれる。
「よろしくお願いします……!」
「ありがとうございます」
ユイが明るい笑顔でぺこりとお辞儀をして、サティレスも真剣な表情で静かに頭を下げていた。
それから……集落の人達からも俺達に話があるということで、改めてお礼を伝えてくれる。
「まず、御礼申し上げたいと思います。我ら一同、テオドール様に受けた御恩は忘れません。微力なれど、我らで役立てることがあればいつでもお申し付けくださいませ」
長老達が深々とお辞儀をして、それに合わせるようにユキノや子供達も続く。それから……ソウスケ達が意を決したかのような表情で一歩前に出て伝えてくる。
「その……まだ少し時間がかかるかも知れないのですが……。父さん達とのことも、前向きに考えていこうって。みんなとそんな話をしました」
「あの呪いとの戦いの間、父さん達は……ずっといつでも助けに来れる距離で……俺達のこと、守ろうとしてくれていたって。眷属の方達から教えてもらいました。それを、信じたいなって」
……そうか。
ソウスケの父親達も、少し離れたところでその言葉に感じ入っている様子であった。
「――ああ。これから良い方向に行くように応援してる。近い人には逆に伝えにくいことがあれば、俺達も相談に乗るからね」
そう伝えると、ソウスケ達も嬉しそうに笑って。それからもう一度お辞儀をしてきた。俺達はフォレスタニアに帰ることになるが、それとなく見守っておけばこの調子なら心配はいらなさそうだ。
ソウスケ達の姿に、みんなも温かな眼差しを向ける。タイミングよく、アイオルトが嬉しそうな声を上げて。そんな反応にグレイス達と顔を見合わせ、一緒に笑い合うのであった。