番外1799 幽世と集落の今後は
カギリと共に魔法建築に着手してしばらくすると、一先ず城が完成する。集落の人々も驚きの表情と共に周辺が変わり行くのを眺めていたようだ。
まず寄宿舎。それからその周囲に広がる中庭。中庭には水路もあって……この辺はフォレスタニアの影響も見られる部分だな。
「主城に繋がる渡り廊下も復活していますね。前と繋がっている場所は違いますが」
テンドウが上の方を見上げて言った。
「利便性を上げることを兼ねて、念のための避難用経路というのは必要と思ってな。今度は地下からの経路も作ってある」
カギリが笑って応じる。
「確かに、外部ではなく主城に繋がっているなら避難経路は複数あった方が良いですね」
子供達は幽世から出る方向で動いているが、幽世に滞在するのなら普段はやはり慣れた寄宿舎に寝泊まりするのが良いだろうし。
主城については元から構造が変化している……というより、完全に別物を作り直したという方が正しい。
内部はあまり分かれ道を作らず、要所要所で挟撃したり兵力を集中させることができるという……まあ、正当派というか、攻めてくるなら受けて立つというような骨太な構造になっていると思う。狙いがシンプルな分、攻め込んだ方としては奇策を用いた攻略がしにくい。
以前の城はカギリが無意識下で増築し続けた結果として城の群れが合体した……いわば偶然の産物による複雑さだったからな。当人としても気に入っていなかった。
とはいえ、カギリが構築した城であるから、攻め手に合わせて構造を変えてやろうと思えばカギリにはいくらでもできてしまう。敢えて搦め手を予め用意しておかなくても即時対応ができる、とも言える。
純粋な防衛設備としての作りだけではなく、迎賓館やサロンに相当する設備も用意されていて、この辺もセオレムやフォレスタニア城を参考にさせてもらったとのことだ。
城の次は中庭ということで、カギリがそちらに取り掛かる。更地になっていた空間が霧に包まれていった。
「では、僕とセラフィナは少しだけ城の中に入らせてもらいます」
「はい。確認の程、よろしくお願いします」
「うんっ。行ってくるね」
カギリの返答に、セラフィナが元気よく答えて手を振る。セラフィナと一緒に城内に入る事で、構造がしっかりしているかどうかを確かめる、というわけだ。
早速城内に入り、外周部の回廊や渡り廊下を歩いてみる。
通路も天井も……広々としているな。要所要所で柱が遮蔽物になっていたり、天井や床に奇襲を仕掛けるための隠しスペースがあったりするけれど。
「んー。大丈夫だと思う。かなりしっかりしてる建物じゃないかな」
肩に腰かけたセラフィナが笑顔で教えてくれる。
「立体図を作ってウィズにも分析してもらっているからね」
実地で確かめるのは重要だ。まあ、結構な大魔法を外から叩き込まれても倒壊しない程度に強固な作りをしていたりするのだが。
そんなわけで確認を終えて外に出ると、城の周囲の景色も一変していた。
和風の庭園……の雛型といったところだな。池が作られ橋がかけられて庭石や灯篭も置かれ、と。植物はまだ植えられていないが、完成形は何となく見える。
「この辺りに紅葉を植えたいところだな」
「庭木や植物については手配を進めておこう。それほど時間はかかるまい」
「では、そのように」
カギリとヨウキ帝、イチエモンが楽しそうに打ち合わせをしている。庭園に関しても大丈夫そうだな。
雛型は出来上がったということで、続いて農園の整備だ。周辺の森から土をとってきてそれを農業用として利用させてもらうわけだ。
まず外周部の森付近まで移動する。木魔法と土魔法で森の木々を少し移動させてから、土ゴーレムを形成。隊列を組んで城の敷地内の一角まで行進させていく。
ウィズの分析では地力も中々のもののようだ。カギリの力もあって植物が地力をあまり使わない場所だからな。栄養も豊富になるのだろう。
そうやって行進させてきた土ゴーレム達で水田と畑、果樹園用のスペースを森の土で満たしていった。
用水路は既に整備されている。水を引き込み、泥そのものからゴーレムを作ってかき混ぜるように均していけば……程無くして水田も完成だ。
畑や果樹園も土ゴーレムにした時点で小石などは選り分けているから。横たわらせて変形させ、そのまま均し、それぞれの用途に応じて適度な硬さに調整してやればそれで出来上がりである。
「こんなところかな」
「良い農園になりそうですね」
出来栄えを見て、テンドウが満足そうに頷く。
さてさて。これで一先ず幽世で俺がすべきことは終わりだが……続いてやっていくべきことがある。
カギリは、城の敷地内にも外に通じるゲートを用意してくれている。中庭の一角にある鳥居がそれだ。
神の領域とそれ以外とを分ける境界の役割も果たしているから、鳥居が外へのゲートとなる、というのは分かりやすい。
鳥居の内側に光る壁のようなものが展開している。そこをくぐると――あの大岩のある場所に出た。例の大岩は罅が入って中央から割れていた。カギリの眠り――封印を補助するために作られたものであるから、眠りから目覚めた時に割れたのである。
「よし。それじゃあ作業を進めていくかな」
ここから周辺を整備し、神社を作ってしまおう、というわけだ。
ブロック化させておいた余りの資材をバロールによってゴーレム化させ、外に出てきてもらう。
ゴーレム達に続いて、みんなも外にやってきた。
「大岩はそのままにしたい、ということでしたね」
「イズミ達が作り……復活を信じて祈りによって解いてもらった封印ですから。過程も含めて大切なものです」
俺が尋ねるとカギリが胸のあたりに手をやり、微笑んで頷く。
確かに、カギリや幽世の辿ってきた経緯をそのまま表しているような大岩だと思う。現世側の神社に納める神体として見ても、この岩が良いのではないだろうか。
「しめ縄はこちらで用意しましょう」
ヨシカネが言って、集落の面々もうんうんと頷く。
というわけで、大岩の下に基礎や土台を作り、そこから周囲を囲うように神社の本殿を構築していった。
神社の作りはヨウキ帝やユラの監修によるものだ。神体を置く本殿。本殿の手前に祭祀や拝礼を行う拝殿が配置され、本殿と拝殿を繋ぐような形で参詣者が捧げ物を納める幣殿が建てられる形になる。
それから社務所も作って、鳥居まで作ればもう立派な神社だろうか。内装や家具、必要な道具等はまだまだだが、その辺は集落の面々とヨウキ帝達が手配してくれるとのことで。
ゴーレム達を配置し、立体図を参考に変形させて神社を作っていく。形ができたら次は塗料だ。ローズマリーが魔法の鞄から塗料の入った樽を出してくれて。それらを水魔法で操作して必要な場所に塗り広げ、乾燥させていけば……やがて敷地内に予定していた通りの設備が一通り揃い、朱塗りの立派な神社が出来上がる。
「本当にあっという間に建物ができていきますね……」
「魔法建築はあちこちでしていて慣れていますからね」
ミツキの言葉に笑って応じる。
塗料に関してはグランティオス産だ。雨や腐食に強くて発色も良い。
「これはまた……立派なものですね」
「城の一部を資材として利用しているというのも良いな。結界で守る為に手を加えた部分という話であったろう? 我も……皆を守るためにありたいものだ」
境内を見回して言うテンドウにカギリが微笑む。眷属達もあちこち見ては感心したように頷いていた。カギリ達には気に入って貰えたようで何よりだ。
神職を置く必要があるのだろうが、集落側では専門の家系での継承が途切れてしまっている。血縁という意味ではみんな親戚のようなものだから、誰がなっても問題ないとは言えるのだが。
そこで血族から神職を希望する者を募る、という形になるわけだが……これについては幽世にいた古参の子供達の中からカギリに仕える神職になりたいという者達が多数いた。
彼らについては元々テンドウの下で修業を積んでいて、祭事も何度も経験してきた。
下地も十分ということで、ヨウキ帝が神職として必要な知識を伝えればわずかな修行期間で十分に神官や巫女としての役割を果たせるだろうとのことだ。