番外1798 霧に揺らぐ城
「良い湯加減でした」
「うむ……。テオドール様とテフラ殿には感謝せねばな」
「ふっふ。気に入って貰えたなら何よりだ」
風呂からあがって休憩所で涼んでいると女性陣も戻ってくる。満足気に微笑むユキノとカギリ、テフラがそんな会話を交わしながら入ってきて、俺達の姿を認めると笑みを見せた。テフラも女湯に顕現してきたことは分かっていたが……そうだな。カギリ達とも仲良くなっていたようで結構なことだ。
「助力への恩、決して忘れぬぞ、王子殿、賢者殿」
「いや、役に立てたようで何より。みんな無事で良かった」
カギリは、用事で遅れて温泉にやってきたアルバートやお祖父さん達と顔を合わせると魔道具等々で支援してくれたことに丁寧に礼を伝えていた。アルバートやオフィーリア、お祖父さん達も朗らかにそれに応じる。
そんな様子を横目に、テラスでみんなと腰かけて果実水を飲みながら涼ませてもらう。
遊泳場には子供達のはしゃぐ声が響いている。コタロウやソウスケ、タケル達が明るい笑顔でティール達に背中に乗せてもらったり、迷宮村や氏族の子供達と一緒にスライダーを滑ったり水をかけあってはしゃいだりしている。
迷宮村や氏族の子達も……何というか自分達も閉鎖的な環境から外に出てきた立場だからな。割と積極的に血族の子達を誘ってくれているあたり、同じような立場の子供達を慮ってくれているというのが分かる。
はしゃいでいる姿は微笑ましいが、そういうところは割と精神年齢的に成熟しているというか。
「子供達同士で、積極的に仲良くしようとしてくれるのは有難いな」
「テオドールがしてくれたことをみんなも考えてくれた結果ね。気を遣っているというよりも、色々学んで育ってくれているからだと思うわ」
クラウディアが遊んでいる子供達の姿に目を細めて微笑む。
「んー……。それを言うならクラウディアが積み重ねてきてくれた部分が大きいからだと思うよ。迷宮村の子達が後からやってきた子達にも親切にしてるから、みんなもそうしようって思ってくれるんだろうし」
「ん。それは分かる。イルムには色々影響されたし、今でも孤児院の子供達にも良い影響を与えてるから」
俺の言葉にシーラがうんうんと頷く。
「え、えっと。私達の感情が抑制されていた頃も、村のみんなが優しかったのは薄っすらと覚えているから……きっとそうなのかも知れないわ」
イルムヒルトが少し照れながらも穏やかに目を細めて応じると、みんなもそんなイルムヒルトの様子に少し肩を震わせる。
シーラとイルムヒルトは孤児院を出た後も後輩の子達にもずっと親切にしてきたからな。サンドラ院長達も月神殿の巫女だし、巡り巡って良い影響を及ぼしているというか。
そんな話をしながら、オリヴィア達をあやすみんなの姿に俺も頬が緩む。俺の腕の中でもエーデルワイスが俺の方に手を伸ばしてきて。そっと前髪を撫でるとキャッキャと笑って俺の指を掴んでくる。うむ。
「ふふ。親子仲睦まじくて良いことです」
カギリが俺達を見て笑みを見せると、テンドウも頷く。
ジョサイア王とフラヴィア王妃も寄り添って「あやかりたいものですね」と笑い合っていた。
そうして。カギリ達はフォレスタニアに数日滞在し、子供達と共にタームウィルズやフォレスタニア、シルン伯爵領やヒタカの都の見学や多種族間の交流といった時間を過ごした。
その間に転移門建設の準備を進めたり、農園の為の魔道具を用意したりといった具合だ。
そうやって準備が整ったら、早速転移門を構築していく。転移門については幽世に設置される、ということになった。契約魔法で悪用ができないようにセーフティーを設けてあるが、守りが厚く、世情とあまり関係がないというのはやはり幽世の方だし。
幽世の転移門と行き来できるのはヒタカの都。ヴェルドガルとヒタカ、カギリとの間で契約魔法を取り交わす、というわけだな。
そんなわけで転送魔法陣によって幽世に飛ぶ。光が収まると広場に出た。
「さて。では始めましょうか」
みんなが揃っているか。水晶板での中継はできているか等々を確認してから言う。
「この際だから、城の方も改築してしまおうかとテオドール殿と相談していてな」
楽しそうにみんなに伝えるカギリである。
カギリはフォレスタニア滞在中に俺やヨウキ帝、イチエモンといった面々と城の改築案を練っていた。転移門を設置するのに合わせ、迎賓館を兼ねて中庭を整備したいと気合を入れているのだ。
「まずは――子供達用に寄宿舎を残し、主城を整備するとしよう」
カギリの神気が増大する。腕を軽く振るうと、周囲の建物が揺らいだ。
「おお……」
みんなの声が漏れる。寄宿舎や広場と隣接する休憩所を残すようにして、城が揺らいでいく。最初から霧か幻であったかのようだ。
幽世の城は元々カギリが構築して広がっていたものだからな。物体としてきっちり形成されていたが……骸達との戦いに当たり、俺が手を加えたところは支配権が曖昧になっているのでそのまま残ってしまう。そうした部分は白い靄に支えられるようにしてゆっくりと地面に降ろされていった。中々派手な工程だ。
広場と寄宿舎、改造した部分を残して城の敷地内が更地になっていった。
カギリが城を構築する間、俺は残ってしまった部分を資材として再利用できる形にしていく。周囲が霧に包まれる中、まず降ろされた壁や床等々をゴーレムに変えて整列。続いてブロック化させて邪魔にならないところへと並べていった。
ゴーレム達がブロックに変換されていく傍らで、霧が揺らぎながら城の土台がゆっくりと形成されていく。
幽世の中心部ということで見栄えのする巨大城というのは前と変わらない。但し……防衛方法は現在のヒタカの主流や西方の情報も取り込んでいて大幅にアップデートされている。
カギリは武神、軍神であり護り神としての性質も備えているからな。防衛関係では拘りというか一家言あるようで、そうした情報の収集と反映にも余念がないのだ。
まあ、大きな城ではあるが、複数連なるような構造ではないので前と比較してコンパクトにはなっている。余った敷地内に庭園や農園を作る計画になっているのだ。
ある程度城の土台が出来上がったところで、予定していた場所に転移門を構築していく。
今回の転移門のモチーフは仮面の舞巫女と演奏する眷属……つまりイズミの姿と、眷属達だな。そうした情景を子供達や集落の人達が眺めているという構図になる。
「イズミ殿と……私達、ですね」
「この方がイズミさん……」
テンドウがそれを見て静かに頷き、ユキノが目を細める。
「良い意匠ですね」
カギリも穏やかに微笑む。
「気に入って貰えたなら、何よりです」
そう応じて、転移門本体とその周辺をしっかりと構築していく。俺が構築したものなので、カギリが消失させることはできないし、もし仮にカギリが幽世ごと消すようなことがあったとしても、転移門回りは現世に放出されることになるだろうな。契約魔法で結ばれるから強固に固定されるというのもある。
クラウディアの仲立ちで契約魔法を結び、都側にお祖父さんが準備してくれた転移門と繋げる。テストをして問題なく行き来できることを確認したら一先ず転移門は出来上がりだ。
後は幽世と集落の各所に仕込んだシーカー、ハイダーやゴーレム達、転送魔法陣といったものを回収しておこう。
そうやって転移門が完成すると、カギリが続いて城を構築する作業に戻る。転移門を囲うように構造物が作られて、一階一階霧に揺らぐ城が実体化するように作られていくのであった