番外1796 薬師と植物園
フォレスタニア城は見所が多いのでカギリの血族、眷属問わず、中々楽しんでもらえているようであった。
サロンでダーツやカードに興じたり、模型部屋を見学したり……船着き場でマギアペンギン達や海の民、迷宮村の面々や氏族と交流をすることもできる。
ミツキは西国の楽器や呪歌等にも興味があるようでハーピーやセイレーン達と歌や演奏を聴かせ合ったりもしているな。
他種族との交流もタームウィルズやフォレスタニアならではだろうか。
カギリの血族、眷属達から見た場合、テスディロス達は助けにきてくれたという位置づけということもあって、氏族の面々に最初からかなり好印象を持っている。
尊敬の眼差しを向けてくれる子供達を見て……氏族として古参であればあるほど感慨深いものがあるようだ。
「変わるものですな……。罪人としてハルバロニスに籠り、外に出ては血に塗れ、呪われたはずの我らが……」
「そうですね……。テオドール様のお陰です」
氏族とカギリの血族――その子供達同士で楽しそうに交流している様子を見やり、しみじみと語るのはオズグリーヴとエスナトゥーラだ。二人とも最古参の魔人であるから、これまでの過程、歴史の当事者だ。それだけに今の氏族の在り方を見て、感じ入ってしまうのだろう。
二人だけに限った話ではなく……テスディロスやウィンベルグ、ゼルベルのように他種族と接点のあった氏族達、その氏族達から話を聞いたことがある者達は皆、多かれ少なかれ思うところがあるようだ。
俺としては良い傾向だと思う。こうした形のまま進んでいってくれたら良いのだが。
そういった城での交流もあって、カギリ達も賑やかな雰囲気の中、城で過ごせたようだ。日が落ちてからまた中庭に行って、ライトアップされた水路、水のアーチやカーテンを眺めにいくのもカギリの血族や眷属達には好評だった。
カギリの眷属達は幽世における娯楽ということで装飾にもこだわっているからな。水のライトアップにはかなり感心して幽世でも同じような方法を取り入れられないか、真面目に検討している様子であった。
そうして一夜が明けて。
ゆっくりとした時間に目を覚ましグレイス達とのんびり朝食をとってからカギリ達と出かけることとなった。
まず転移港へ向かってミシェルと合流。それから植物園でジョサイア王達とも会う、といった流れだ。ヨウキ帝もノーブルリーフ農法には興味があるとのことで、ジョサイア王達と共に王城から植物園に向かう、とのことである。
タームウィルズの街中を軽く巡って案内をしつつ、頃合いを見て転移港へと向かう。
俺達が到着するとちょうどミシェルもやってくるところだった。転移の光と共に、オルトナやノーブルリーフ達が姿を見せる。
ノーブルリーフ達は鉢植えに植えられてカートに並べて乗せられているな。マジックシールドの魔道具で宙に浮いたオルトナが、カートを押す形で運んできたようだ。
「可愛い……」
「たぬきだ……」
と、血族の子供達はカートを押してきたオルトナの登場に盛り上がっているようだ。
「ミシェルと申します。こっちの子はヒュプノラクーンのオルトナです」
ミシェルは微笑んで挨拶をする。オルトナもぺこりとお辞儀をすると、子供達が湧いていた。カギリ達も頷いてミシェルに挨拶と自己紹介を済ませて、それから植物園へと移動していく。
到着するとフローリアや花妖精に、植物園付きのノーブルリーフ達が歓迎してくれて、また一盛り上がりといったところだ。フローリアもそうだが、花妖精達は妖精の多分に漏れず、子供が好きだったりするからな。
テンションを上げて子供達を歓迎するように踊る花妖精達に子供達も嬉しそうにしていた。株分けされる予定のノーブルリーフは温室のノーブルリーフ達にとっての後輩にあたるが……ノーブルリーフ達同士でも歓迎している様子が窺えるな。
そうしているとジョサイア王とフラヴィア王妃、ヨウキ帝やユラ、アカネも王城からやってきた。
「待たせてしまったかな」
「いえ。植物園の面々と顔合わせをしていたところです」
ジョサイア王に笑って応じる。
みんな集まったところで植物園の中に入り温室の構造や意味の説明をしたり、各地で採集したり株分けしてもらった作物、果樹、薬草を見てもらう。
「見たことのない植物ばかりです。タームウィルズやフォレスタニアもですが……世界は広いですね……」
椰子の木を見上げながら、ユキノがしみじみとした口調で言った。
「ふふ。この子は暖かい土地の海辺で育つ子ね。風が強い場所でも折れにくかったりするの」
フローリアが植物の特性等を解説してくれる。
「フローリアは木の精霊――ドライアドですので、植物の声を直接聞けるのです」
「それは――かなり貴重な機会ですね……」
「うふふ」
俺が言うとユキノは真剣な表情で姿勢を正して、楽しそうにしているフローリアの解説に耳を傾ける。
どういう温度、湿度が好みであるか、体調はどうか。植物からダイレクトに情報が手に入るからな。薬草を採集して薬を作ることを生業としているユキノとしては興味深い内容だろう。
そのままフローリアに植物園を案内されて、実際に温室で栽培されている薬草群やそれを世話している花妖精とノーブルリーフ達を見て、テンションを上げているユキノである。
「何といいますか……とても居心地のいい空間なのですが。温室……植物園……素晴らしいですね……」
噛み締めるように言うユキノの言葉に、わかる、というように頷くローズマリーやミシェルである。
各地で株分けしてもらった果物や農作物も育てているということもあって、子供達はそちらにも興味を示している。まだ数が多くないので全員に食べさせてあげられるわけではないが……果実水ならある程度量を賄うことができるからな。
そんなわけでみんなのところに花妖精達がジュースを運んでいく。温室内の暑さもあって、果実水を口に運んだ子供達が「美味しい……!」と声を上げていた。
「この果物については自然下ではここまでは育たないみたいね。……大体このぐらいの大きさになる、のかしら」
パイナップルについてフローリアが身振り手振りを交えて説明する。フローリアは植物から情報を得ているようではあるが……ハルバロニスで育っていたパイナップルとジェスチャーで示される大きさもぴったりだから、フローリアの得ている情報が正確であるというのが分かる。
「ノーブルリーフ農法を行うと植物の生育を促進してくれますからね。実るまでの期間短縮や収穫物の巨大化。それから味や風味、香りへの影響も見られます。資料にまとめて持ってきていますので、後で詳しい部分もお話しましょう」
ミシェルの言葉にみんなも頷き、植物園の見学を続けていく。幽世の農園において本命と言えるのは……やはり地下水田だろう。主食となる穀物を比較的少ない面積でまとまった量収穫できるということもあって色々都合がいい。
カギリの力で問題が出た場合に、陽光無しの環境で技術の応用が利くというのもあるかな。
「ハルバロニスの技術がこういう時に誰かの支援になるかも知れないというのは、私達にとっては嬉しい事ですね」
フォルセトが微笑む。ハルバロニスとしては月を追われて必要に駆られて発展させた技術だが……だからこそ外の様々なケースにおいて役立つかも知れないというのは嬉しい、というわけだ。
実際、気候、季節を問わず食料生産できるという強みがある。技術としてはかなり有用なものだろう。
そんなわけで地下水田にみんなが降りてくる。魔法の光に照らされる肥沃な水田の様子に、みんなから歓声が漏れるのであった。