番外1793 イズミの思い出を
「改めて……テオドール殿には助けていただき、感謝の言葉もありません」
カギリが言うと、テンドウも居住まいを正して一礼してくる。
「いえ。前にも言いましたが、あれは僕自身のやりたいことでもありました。僕自身の生き方や、大切な約束の延長上にあったと言いますか」
「オリヴィア嬢達や、氏族の方々との約束、ですね」
テンドウには理由を話しているからな。その言葉に頷く。
「差し支えなければ、テオドール殿の話も聞きたいものです。テオドール殿の想いや幽世に関わることならば皆の祈りから伝わってきましたが、断片的な部分もありましたので」
俺はカギリや幽世を見ていて我が身に重ねて考えてしまう部分があったから、そうしたところから祈りや想いに力を込めたが……細かくは伝わらない部分も出てくるだろう。特に俺自身のことは、直接事件に関係があるものではないし。
話をすること自体は問題ない。頷いて、カギリにも俺自身の話をしていく。
どこでどう暮らしてきたか。死睡の王から始まった因縁と、タームウィルズに出て行ってからのヴァルロスやベリスティオとの約束。氏族達の解呪と和解。
それから……東国にやってきてからの事も。ヨウキ帝達と知り合った時の話もしておいた方が良いだろう。
カギリは真剣な表情で俺の話を聞き逃すまいとするかのように耳を傾けていた。
「実力や纏っている魔力からして、いずこかの武神かとすら思いましたが、月の民の末裔……。なるほど」
と、そんな風に納得しているカギリである。武神……いやまあ……。覚醒魔力も駆使はしていたから神気に近いものを感じたというのはわからなくもないが。
カギリはしばらく考えていたようだが、やがて顔を上げ、俺の目を見て言葉を紡ぐ。
「……その。シュンスイについては……我では決してあのようにはいかなかったと思うので。そのことについても感謝しています」
シュンスイか。あの光の中で見た光景を、カギリも見たのだろう。
シュンスイについては……そうだな。カギリとは呪いのこともあって憎しみを向け合ってしまったから。カギリが感じている通り、呪いが解けてもああいう形で見送るのは難しかったのではないかと思う。
それでもカギリにとってのシュンスイは血族の一人であるから、ああなってしまったことを悔いているのだろうし、呪いが解けたからこそ気になってしまう部分もあるのだろう。
俺に関して言うなら、部外者でシュンスイと似たような経験をしていたからな。シュンスイが耳を傾けてくれたのは、そういった背景があってのものだ。
だから……自分には決してできなかったこととして、事件の解決も含めて俺に対して恩義に感じている、と。
「イズミ殿の姿も……見たと主より聞き及びましたが」
そう言ったのはテンドウだ。
「そうですね。シュンスイを迎えにきた、という印象でした」
イズミが迎えに来ていた時の様子を伝えると、感じ入るようにテンドウは目に宿る光を細める。
「聡明で他者に力を分け与えるような……そんな御仁でした」
「そうだな。イズミのことは、我も気に入っていた。それだけに辛い決断をさせてしまったが……」
遠くを見るような眼をするカギリ。迎えに来たイズミは……俺に対して一礼した時、穏やかな表情を浮かべていた。イズミは呪いの成立にも立ち位置が近すぎたから。幽世の在り方を整えるところまではできても、眷属化して残ると呪いを強めてしまいかねない。だからそういったことはできなかったし、カギリ自身もこれ以上の苦労を掛けさせたくなかったという話だ。
「彼女にとってはあなたのこともシュンスイのことも、心残りだったのでしょうね。今回のことで……そんな心残りが解消できたというのであれば、何よりだと思います」
俺が言うと、二人も同意する。
「ええ――きっと」
微笑むカギリは、少し吹っ切れたような表情をしていた。テンドウもそうだな。仮面だから表情が分かるわけではないが、魔力の揺らぎに反応は出ている。
そうしてそのまま二人と、少し話をする。
「イズミさんはどんな方だったんですか?」
そう尋ねれば二人は懐かしそうに思い出話に応じてくれた。神職の家の子であったから、カギリはイズミが幼い頃から存在を知覚していたという。
「明るく人を惹きつけるが、小さな頃は少しお転婆でした。家人の目を盗んでは家を抜け出し、男の子らと野山を駆け回って遊んでいるような子でしたよ」
「そうだったのですか? 私は、イズミが少し大きくなってからのことしか知りませんが――いや、納得できる部分もあります」
テンドウは幼い頃のイズミの話に少し意外そうに目を瞬かせていたが、記憶を掘り起こしたのか、途中から頷いていた。何か心当たりがあったらしい。テンドウも……中々表情豊かだな。目の部分に宿った輝きなどで感情表現してくれる。
「ふふふ。我は眠りにつくまでのことしか知らぬが、あれは割と猫を被るのも上手くなっていたからな」
そうでもしないと家が立場のあるもので祖父にあたる人物も厳格だったから、イズミ自身が望む気さくな友人付き合いはできなかったのだろうと、そんな風にカギリは分析する。
その代わり、カギリは自身が眠りについてからのイズミのことはあまり知らないのだと言う。
テンドウは頷いて、自身が目覚めてからのイズミの話をしてくれた。イズミは里の者達にとっての精神的な支柱にもなっていたし、覚醒したばかりのテンドウのことを何かと気にかけてくれたらしい。当人の性格もあって友人としての付き合いがあったと、テンドウは言った。
話を聞いているとかなり気さくな人物のようだ。
「そんな方と共に作り上げたからこそ、幽世も大切にされたのでしょうね」
ステファニアが言うと、テンドウも首肯する。
「それは確かに。私にも様々な面で影響を受けていると思います」
子供達の教育にしてもイズミが後進の育成の重要性について言及していた影響もあるだろうと、テンドウは語る。
「何となくですが、聞いた印象ではリサ様に少し似ている気がしますね」
グレイスがにっこりと微笑む。ああ。気さくで面倒見が良いところなどはそうだろう。お祖父さん達に言わせれば家人の目を盗んで外に遊びにいったり……というのもありそうな感じだ。まあ、お祖父さんは厳格なところは然程ないけれど。
そんなグレイスの言葉にカギリとテンドウが興味を示したので、母さんに関する昔話にも花を咲かせたりした。
「ほうほう。そのような御仁であったか……」
「立派なご母堂なのですね」
「ん……んんっ」
当人である母さんは俺やグレイスの話が少し気恥しいのか、やや離れたところで小さく咳払いなどをしていて。そんな母さんの姿にアシュレイやマルレーンもにこにこしていたりしているな。
そんな調子でカギリやテンドウとの話をしながら、マヨイガでの一日は過ぎていった。
さてさて。そうやってマヨイガで滞在した後は……本来の予定では普通に帰ることになっていたのだが、幽世の問題も持ち上がり解決もしたので後処理ということですべきことが少し増えた。
俺のすることとしては、集落や幽世とヒタカの都を転移門で繋ぐこと。それから、食料問題解決のための手配や手伝いだろうか。
『私の方は予定も含めて問題ありません。株分けもできますよ』
水晶板の向こうで朗らかに応じるのはシルン伯爵領のミシェルだ。
「うん。それじゃあ、よろしく頼むね」
ノーブルリーフ農法によって農作物の収穫量と期間短縮を狙おうというわけである。株分けに応じたいというノーブルリーフ達も夏場なのでかなり元気なようで。オルトナと一緒にこちらに向かって手を振っていてやる気十分なのが伺える。
農作業の人手に関しては――骸達からの防衛が必要なくなる分、眷属達も手が余るからな。その辺も問題ないだろう。