番外1792 妖怪達の里にて
集落の子供達は、妖怪達に最初は戸惑っている様子もあったが……まあ妖怪達は脅かす理由、敵対する由縁がないなら穏やかだったりあまり活動しないというものも多い。特にこの辺りに住まう者達は人間との争いを好まない。
三竦みの大妖怪からして理性的で人間にも好意的だし、そうした方針に反対するような者も寄り付かないしな。
そんなわけで妖怪達は子供達にも親切で、幽世の子供達が眷属達に慣れているということもあり、割合すぐに仲良くなっているところを見ると、次第に距離も縮まったようだ。
「でもね。ここにいる子達は大丈夫だけれど……外の妖怪には危ないのもいるから、ここ以外で会った時や見かけた時はちゃんと警戒して、一見親切でも、つき合い方も考えないとダメよ」
人差し指を立てて真剣な表情を見せ、そんな風に伝えているのは二口女だ。人間の世に生きる者としての心構えのようなものだな。
「ヨモツヘグイの話もあるからね」
と、俺も子供達に伝えておく。ヨモツヘグイは冥府の物を食べると戻って来られなくなるだとか、そういったものだな。俺達も冥府を訪れる際は結構気にしているポイントだ。
他にも……精霊や妖怪達は約束を守るが、その分だけ人間側が約束を守らないと報いを受けることになるだとか、そういった寓話や教訓めいた話は妖怪達のことを調べると枚挙に暇がない。
妖怪の性質としても何かしらの理由や由縁があって行動原理に従って動いていたりもするので、そういう性質を持つ存在だというのはきちんと理解しておかないといけない。
「まあ、このあたりに住んでいる妖怪達は大丈夫だと思うがな。それでも住む世界が違うのならば一線を引かねばならぬところはある」
御前も俺と共にそうした話をすると子供達は真剣な表情で頷いていた。神隠しを避けるためのルールのようなものもあった集落だけに、その辺は腑に落ちる内容だったようだ。
まあ、流れからこうした話になってしまったが……実際のところ、この辺りに住んでいる妖怪達に関してはそれほど気にしなくても大丈夫だろう。
子供達は線引きの大切さもわかってくれたが、マヨイガに集まっている妖怪達が自分達と仲良くしたいと思っているのも理解してくれているようで。幽世の子供達やカギリの眷属達と一緒に河童の子供や小蜘蛛と蹴鞠をしたり、楽しそうに遊んでいた。
イルムヒルトやミツキの演奏に合わせてセラフィナやユイが子供達と歌を歌ったり、それを見たカギリが穏やかな眼差しを向けたりと……マヨイガで滞在している者達にとって、穏やかながらも賑やかなものとなった。
食事と風呂や寝床はいつの間にか用意されていて、滞在は大人数だったが快適なものだ。俺も、カギリとの戦いで消耗したからみんなと一緒に過ごさせてもらっている。
「どうかしらね?」
と、振袖姿のクラウディアが訪ねてくる。着飾った姿でみんなが隣の部屋から戻ってきた。
「いいね。振袖で髪を結うと、華やかで綺麗だね」
細かな意匠と見事な染めが施された振袖姿のグレイス達である。
離宮でもらった浴衣だけでなく、妖怪達が振袖も用意してくれたのだ。
ジョサイア王とフラヴィア王妃の結婚祝いということで用意されたものだが、俺達にもプレゼントしてくれた。この辺はヨウキ帝とも話をして離宮でのプレゼントにタイミングを合わせていたのだろう。
妖怪や付喪神が作った品というのは得てして模様や絵柄も見事な宝物、というような話もよく聞いたりするが……。これもその多分に漏れず小蜘蛛達の糸で織られており、物理的にも魔法的にも相当な強度を持つ逸品だ。美術的価値や希少性などを考えても貴重な品だと思う。
そんな華やかな振袖を纏っているみんなである。髪を結い、アップにしているのでうなじも出ており、普段とは異なる印象で……みんなのたおやかな姿に俺としても眼福だ。
「ふふふ。テオも素敵ですよ」
そう言ってグレイスは微笑み、俺の背中からそっと抱きついてくる。俺も紋付き袴であったりするのだが……うん、その。
久しぶりの実戦で封印解除した反動もあってグレイスとしてもこうやって触れ合いを望んでいたりするのだ。
「ん……。ありがとう」
そう言って回された手に俺の手を重ねる。肌理細やかで滑らかな感触だ。
そして……俺達の場合、誰かがこうやってスキンシップをしているということは、みんなもそれに続くということでもあったりする。
マルレーンがにこにこしながら正面からやってきて。心地よさそうに俺の胸に顔を埋めてくる。髪型が崩れないようそっと指で梳くと、嬉しそうに微笑むマルレーンである。そんなマルレーンごと俺を抱きしめるように、イルムヒルトが外から抱き着いてきたりして。腕の中でくすくすと楽しそうな笑い声が漏れたりしている。
ちなみにイルムヒルトの振袖は人化の術を解いても大丈夫なように、後ろ側に軽くスリットが入っているという仕様だ。この辺、妖怪の里らしい気遣いだな。
着心地を確かめるように人化の術を解いているが、機嫌も良さそうにしているので塩梅も良いのだろう。
俺の紋付き袴についてはフォーマルな落ち着いた意匠だな。フォレスタニア境界公家の円環竜の家紋だから、色合い次第では派手なことになっていたと思うが。
「お顔も……傷跡が残らなくて良かったです」
「アシュレイの腕がいいからよね」
グレイス達が離れて、アシュレイやステファニアと抱き合うと、そう言って頬や髪を撫でられた。大事なものを扱うようにそっと触れる、愛おしげな撫で方だ。
「ん。今回も、テオは頑張った」
「本当……。呪いが後世に残ってしまうようなことがなくて、良かったです」
頭部を抱いて撫でてくるシーラと、手を取って両手で包みながら微笑むエレナである。
「ん。みんなも頑張ったからね」
労ってくれる二人にそう答えると、こくんと頷いて応じる。
ローズマリーはこういう時にあまり積極的になることは少ない。羽扇ではなくヒタカの扇子で口元を隠したりしていたが……視線を向けて手を伸ばすとおずおずと前に出てくれた。そっと抱き寄せると、ローズマリーもまた、髪を指で梳くようにして応えてくれる。耳の形をなぞるように指先が滑り、耳たぶを指の間に挟むようにして軽く弄んでいくのはちょっとしたローズマリーの遊び心だろうか。
夫婦水入らずなので、みんな総じて幽世の時より積極的というか。
そうやってスキンシップの時間を取ってから、子供達にも和服姿を見せたりして。いつもと装いが違うから、子供達は少し不思議そうに眼を瞬かせたりしていた。腕に抱いて柔らかい髪の毛を撫でて微笑みかけたりすると、その辺はいつもと同じだと安心したのか、嬉しそうな笑顔を返してくれたが。
みんなの振袖姿を堪能してから、広間へと向かう。幽世の面々の服装は時代がかっているからということで、外の世界に出ていくならその辺も学ぶ必要がある。
だから、着替えたらその姿を見せるという話もしていたのだ。
広間に顔を出すと、子供達の笑い声が聞こえる。ラヴィーネを追いかけて中庭を走っていく子供達の姿だ。それを縁側に腰かけてカギリはテンドウと共に微笑ましそうに眺めていた。
「お待たせしました」
そう声をかけると、子供達を見守っていた二人は振り向いて頷く。
「おお。それが」
「華やかなものですね」
笑顔を見せるカギリと、静かに頷くテンドウである。
カギリは……「眷属や血族の子らも落ち着いている様子なので、少し貴方と話をしてみたいのです」とも言っていたな。
まあ、戦いが終わってから後始末や今後の事。移動しての祝いの席と、少しばたついていたし、腰を落ち着けての話の機会が欲しかったというのもわかる気がする。縁側に腰を下ろして、少し話をしてみるとしよう。