番外1791 妖怪達の歓待
食事はふっくらとした白米にキノコの入った味噌汁。鮎の塩焼きに天ぷら、煮物と、和風の内容だ。
マヨイガは料理について……というか客のもてなしについては情報収集に余念がない。俺やグレイス達、セシリア達とも情報交換をしていて、妖怪の里付近で確保できる食材と、そこから作れる料理についての研究もしていたようだ。
最初は地元で取れる食材で作った献立とのことであるが……今回は俺達が訪問するにあたって食材を送ったりもしているので、滞在中は色々な料理を楽しませてもらえるだろう。
配膳されている料理については流石というか。調理の腕は確かなもので、実に美味だ。
大人数の訪問であるにも関わらず、到着と同時に作りたてとしか思えない温かさの料理が用意されているあたり、マヨイガとしての面目躍如といったところだろうか。
マヨイガ一人で調理や配膳をしているはずなので……この辺は種族的な能力行使によるものだろう。
「ああ。これは美味しいですね」
「ん。塩加減と焼き加減が最高」
と、表情を綻ばせるエレナにシーラもうんうんと頷いていた。うん。鮎も美味しいな。
そうして食事に舌鼓を打っていると妖怪達が次々とやってくる。
「どうぞ」
マヨイガに案内されてやってきたのは河童一家だ。隣に続く襖がすらりと独りでに開くと、そこにはやはり完璧な形の配膳がなされていて。今しがた用意したばかりといった湯気が立ち昇っていた。
「おお。こいつはかたじけねえ」
「ふふ。ゆるりとなさっていって下さいませ」
河童が言うとマヨイガも嬉しそうに応じる。
スネコスリ達の登場に集落の子供達もテンションを上げているな。まずはみんなで食事をということで、賑やかな食卓は進んでいく。
そうしていると中庭に繋がる障子がすらりと開いた。中庭には三味線や笛を手にしたろくろ首や二口女、太鼓等の楽器の付喪神といった面々が勢ぞろいしていた。
「皆、ジョサイア王とフラヴィア王妃のもてなしの為に出し物等を披露したいと張り切っていてな。幽世の面々の話もすると尚の事気合を入れておったよ」
と、御前がにやりと笑って教えてくれる。
「ああ……! それは楽しみですね!」
「ありがたいことだ」
フラヴィア王妃が明るい笑顔を見せて、カギリも感じ入るように微笑む。
フラヴィア王妃の反応に、ジョサイア王も嬉しそうに微笑んでいた。
そうしてろくろ首達が演奏を披露してくれる。妖怪達は賑やかなのも好きだから、いかにも賑やかで楽しそうな音楽を奏でてくれた。
リズムに乗って首や髪の毛を動かしているろくろ首と二口女というのは……うん。中々見ることのできない光景だと思う。一反木綿やケウケゲンといった面々もそれに合わせて踊ったりしていて、奇妙ながらも楽しいものだ。
「皆、今回は出し物を行うことになっているのです。それらも楽しんでもらえたら嬉しいですな」
そんな風に言ったのはジンだ。
歌や踊りだけでなく、武術関連も、ということらしい。ヨウキ帝達ももてなしの内容を話し合っているらしいが……試技ということで弓の的が塀に設けられているな。
庭の端には舞台もあるな。……いや、あれは土俵か。
地球側では元々相撲は力試しの場であったし、力自慢を見つけて武家に登用する場でもあったとか。作物の収穫量がどれほどかを占う意味合いも持っていたというから、まあ、神様を招いてのもてなしとして行う出し物としてはおあつらえ向きなのかも知れない。
鬼達の膂力はすごいが、河童も相当力が強い妖怪だからな。
特に相撲は得意分野で、仲間内と日頃から取り組んでいるとのことで……こと相撲に関して言うなら種族的な身体能力で単純比較して決まるものでもないだろう。
「ああして武芸や力を競うというのは懐かしいものだな。里でも行われていた」
と、カギリは目を細める。ああ。そのあたりは武門だからというのもあるな。
「見てるだけじゃ物足りないってんなら飛び入りもいいんじゃねえか?」
河童がそんな風に提案してくれる。
そういうことであればと親睦を深める意味合いであの野太刀を持つ武官を始め何人かの参加が決まった。
女官達も歌や演奏、踊り等々での交流の時間を作るようだ。イルムヒルトやミツキもにこにことしているのでそこに加わるのであろう。
食事の席も進んでいきやがて人心地つくと、頃合いを見計らって出し物も進められていく。まずは弓矢の試技からということで、参加者が的に向かって矢を放って飛距離や命中率、速射等の技量を競い合う。
これぐらいの距離から、というのは自己申告で変えられる。速射や的中率といった各々の得意分野で見せ場が作れればいいといった具合なので、ルールそのものは大分緩い印象だ。
それでも弓の腕に自信がある面々が参加しているということもあって、披露される腕前は見事なものが多かった。
「私も行ってくるわね」
「うん。行ってらっしゃい」
「ん。みんなと一緒に応援してる」
イルムヒルトも参加だ。俺がそう言うとシーラも言った。
「ふふ。お母さん頑張るわ」
イルムヒルトはシーラの腕に抱かれて見上げているロメリアにそんな風に言って、にこにこしながら中庭に出ていく。
イルムヒルトの弓は距離も威力も優れているが……特に秀でていると言えるのは、尻尾も使っての立て続けの速射能力だろう。
真剣な表情に弓を手に的へと向かい合う。やや緊張感のある静寂の中で――弓弦の音が立て続けに響いた。
かなり離れた位置から放たれた矢が4本、5本と的を外さずに突き刺さると「おおー……!」とどよめきじみた歓声が起こった。
最後の一本は直前に打った矢に後ろから突き刺さって、筈から鏃に向かって綺麗に割っていたからな。
拍手の音が響く中、俺達に向かって嬉しそうに弓を持った手を振っているイルムヒルトである。
そうやって武芸のお披露目をしたり、相撲大会をしたり。相撲大会にしても子供の部があったりしてこちらも割と緩い。もてなしや晴れの日に相応しいというか。
とはいえ、河童と鬼の子の取り組みなどは相当見物であった。
どちらも力自慢の種族で相撲には仲間内で慣れていることもある。実力が伯仲していると決めきれずに残ったり逆に仕掛けたり……二転三転するかなりの名勝負を見ることができた。
というか、観戦する側としてもルールが分かりやすくスポーツ的側面が強いというのは利点だな。
足の後ろ以外が地面についたら負けというのは単純明快だし、時には怪我をすることはあっても血なまぐさいことにはならないので観る者を選ばないというか安心して観戦できるというか。
実際グレイス達やジョサイア王とフラヴィア王妃もどんな内容か把握するとそこからは楽しそうに観戦して盛り上がっていた。元々内容を知っていたヨウキ帝やカギリも同様だ。
というか、名勝負が多いな。子供達は身軽で柔らかいというのもあるが。
鬼達の若衆や河童も相撲をとる。闘気や魔力こそ使っていないがこちらは流石の迫力だ。河童は場数を踏んでいるからか、技量や駆け引きに光るものがある。かなりの盛り上がりを見せていた。
出し物が終わった後はみんなでのんびりしながらの交流の時間だ。
イルムヒルトやミツキもリュートや琵琶の演奏を披露したりして。互いの楽器を交換して演奏したりと、妖怪達とも楽しそうに交流している。
集落の子供達も縁側に腰かけてスネコスリを撫でたり、コルリスやアンバーの背中に抱き着いたりと、楽しそうにしているな。
オリヴィア達のところにもスネコスリ達はやってきて、自慢の毛並みで子供達をあやすというか楽しませてくれていた。子供達もキャッキャと嬉しそうな声を上げていて結構な事である。
妖怪の里は賑やかで楽しいことだ。このままマヨイガで、のんびりと過ごさせてもらうとしよう。