番外1789 幽世のこれからを
「テオドール様! ご無事でよかった……!」
地上に降りてやってきたみんなと合流する。 やっぱりみんなには心配をかけてしまったようで、すぐにアシュレイが傷の治療をしてくれた。
致命的なものや生命活動、行動に支障の出るような傷はないけれど細かな手傷は沢山受けてしまったからな。
「ん。心配かけてごめん」
「いえ……。みんなの負担を減らそうとして勝負を仕掛けたというのも、わかりますから」
アシュレイが労わるようにそっと触れて治癒魔法を使いながらそんな風に言う。ん。治癒魔法の輝きが温かくて心地が良い。
「みんなも無事で良かった」
「ん。みんな大きな怪我もない」
シーラが頷き、みんなも微笑む。
骸は追いつめられると意趣返しのためだけに被害度外視で一斉に自爆特攻というのもやりかねない性質を持っていたからな……。途中から一気にスピード重視で勝負を決めにいくのは全体的な被害を減らす方向に繋がった、と思いたいところだ。
そうやってみんなに囲まれて無事を喜びあっている傍らで、カギリもテンドウ達と相対していた。
「おお……。こうして再び主と言葉を交わすことができるとは」
テンドウの所作と口調は礼儀正しいが魔力が感情に比例するように大きく揺らいでいるのが分かる。
「こうして目覚め、再びそなた達に見えることができるというのは……幸福なことよな。我が不在の間、よくぞ永らく幽世を守ってくれた。礼を言う」
「もったいないお言葉です。我ら一同、そのお言葉に報われる思いです」
テンドウがそう言って、眷属達も喜びの声を漏らし、カギリの復活と再会を喜んでいた。
それからテンドウ達は、俺のところにもやってくる。
「本当に……ありがとうございました。我ら一同、テオドール殿や皆様から受けたこの御恩は決して忘れません」
何かあれば皆必ず力になりますと……そんな風に眷属達も言ってくれる。
「僕としても約束を果たせて良かったと思っていますよ」
やがて俺の治療も終わり、上着を羽織って再びみんなで移動する。祭りの会場であった城の広場はある程度無事なので、そこに集まろうという話になっている。
結界が最終的な防衛ラインだからな。城壁、城門に拘らずに防衛ラインも下げたので、あちこちに戦闘の痕も残っていた。それを眺めつつ広場に移動すると、集まるにあたって散らかった瓦礫などを最低限片付けているところであった。
「糸に引っかかったのに、何も残らないのは不満」
「うん。何か物足りない」
「でも、巣自体には結構引っかかってくれた」
と、小蜘蛛達……ユズとレンゲが言うとカリンもうんうんと頷きながらオリエと共にあちこち仕掛けた蜘蛛の巣を片付けていた。
閉所でのトラップとして蜘蛛糸はかなり有効だからあちこちに仕掛けていたが……掛かったはずの獲物が消えてしまうというのは蜘蛛の本能的に不満があるようだ。オリエもそんな小蜘蛛達を笑って見ていて、微笑ましい光景だ。
破壊の痕跡を見ながら崩れそうな場所をセラフィナと組んでコルリスが補強したり、武官達が瓦礫を撤去して安全確保したりと応急的な対応を進めている。
「むう……。この城はいただけぬな。我が無意識の内に形作ったものなれど、些か神経質に過ぎる。状況が落ち着き次第、手直しをしよう」
と、カギリはここまで城の様子や構造を眺めながらやってきたが、そんな風に言って城の一部に手を翳す。戦闘の余波で崩落していた部分や瓦礫の一部が一旦霧のように崩れてから、しっかりした構造物として形成され直していた。
心象風景から形成されたものだから、ああやって形成し直すことができるわけだ。
呪いも相まって外からの襲撃を恐れていたから、奇怪な増築を繰り返したような城になってしまっていた。そうした城の形は……目を覚ました当人が見れば見栄えや実用性、居心地が良くないと感じてしまうのもわかる気がする。呪いの心理面への影響も多分にあっての構造だしな。
ただ、思い入れのある場所もあるだろうから、そういう部分があれば残すから遠慮なく言って欲しいとカギリは伝えていた。
「でしたら……そうですね。寄宿舎として使っていた棟は子供達と生活していた場所です。あの場所が残っていると、皆喜ぶかと」
テンドウがそう応じると、眷属達もこくこくと頷く。
「では、その場所は壊れているのであれば修復し、元の形で残しておこう」
カギリは静かに微笑んで頷いていた。
そうしているとユキノや集落の人々、子供達も実体、幻影を交えて広場にやってくる。魔道具の再設置や再起動も終わったようだ。
「カギリ、様……?」
「うむ……。我が招いてしまった子供達か。すまぬことをしたな」
カギリはそう言うが……タケル達古参の子達は勿論、コタロウやウタ、ソウスケ達は首を横に振った。
「カギリ様が、招いてくださったから……ここでずっと暮らしてこられたんです」
そう言って頷き合う子供達。
それぞれに事情や問題はあっただろうけれど、それで助かった子がいて、招かれてからは平穏に暮らしてきたというのもまた事実だ。
幻術越しに様子を見ている集落の人々も含めてカギリを責める者はいない。
「子供達の事もそうですが……呪いから我々のことを守ってくださっていました」
『私達の暮らしも、カギリ様が守ろうとしてくれていたからこそ。ありがとうございました』
ユキノや長老。集落の人々、ソウスケの両親が一礼すると、カギリは感じ入るように目を閉じて……やがて静かに微笑んで頷く。
「そうか。我にも反省すべき点はあるが……皆の想いと言葉、憶えておこう」
それから、ヨウキ帝やジョサイア王、ユラやミツキもカギリと顔を合わせていた。
自己紹介の後にカギリも丁寧に礼を伝える。ユラとミツキも祭事で重要な役割を果たしていたから、特に二人の事は気になっていたようで。
そうして他の面々とも挨拶をして……主だった面々と共に休憩所に腰を落ち着けた。
まだ少しごたついているが、休憩所周辺の片付けは済んでセラフィナも安全だと太鼓判を押してくれたからな。転送魔方陣でオリヴィア達を迎える。
「ん……。ただいま」
子供達を迎えて無事だと伝えると、嬉しそうに俺の頬に手を伸ばしたりして、キャッキャと笑っていた。グレイス達や母さん、ユイの腕に抱かれてご満悦といった様子だ。
「テオドール様と奥方様達の子ですか。可愛らしいものです」
カギリは子供が好きなようで、オリヴィア達を見て目を細めていた。
そうやって主だった面々とも顔合わせが済んだところで、休憩所にて腰を落ち着けて、少し今後の話をするということになった。
「カギリ様が目を覚ましたことで夢の特性が失われますから、今後の幽世の在り方に変化が生じることになります」
そうテンドウが口にするとみんなの注目が集まる。
「ふむ。老いも生じれば、仮面だけでは立ち行くこともなくなる、か」
そうなると保護されている子供達も成長するし、外より緩やかとはいえ空腹も感じる。中長期的なことも、短期的なことも考える必要があるというわけだ。
『里には蓄えもあります。生活もできるよう、計画を立てて態勢を整えていくのがよいかと』
「必要とあらばこちらでも支援する」
長老とヨウキ帝が応じる。まあ、そうだな。集落の面々は子供達の受け入れに乗り気なようだが、いきなり子供達の数が一気に増えると食料や住む場所をどうするのかという問題も出てくる。住む場所はともかく、食料は性質上幽世にもあるわけではないし、見通しを立てておくのは大事だ。そこでヨウキ帝の支援もあると安心だろうと思う。
「短期的な留学という形でヴェルドガル王国にて受け入れるというのも良さそうだな。外の世界を見て学ぶというのも重要だろうし、幽世で長く学んできた子供達は将来が楽しみな人材とも言える」
「有望な子らとの繋ぎを作っておくというのは確かに。勿論、当人達が希望すればの話だが」
ジョサイア王の言葉にヨウキ帝も同意する。
「ありがたいことだな……。今後の幽世への出入りは自由にできるようにするとして……幽世にも農園を作る必要があろう」
そう言うとテンドウやタケル達もうんうんと頷いていた。
「ノーブルリーフ達に力を貸してもらうのも良さそうですね」
と、アシュレイが微笑む。そうだな。幽世の状況や環境は変化するが見通しは明るいし、みんな前向きというか乗り気で結構なことだ。