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番外1788 音のない光の中で

 光と共に。高まった想いが、祈りが注ぎ込まれていく。

 目を閉じ、目の前の輝きに向かって手を伸ばす。


 これからすることは……暴走していたセラフィナと戦いになった時と同じだ。力を削ぎ落せるだけ削ぎ落とし、まず規模を小さくすることとなる。

 それによって浄化や解呪が容易な状態を作り出す。セラフィナの時は瘴気だったが、カギリの場合は呪いと複雑に絡み合ってしまっているからな。

 その呪いが削られればカギリも連動してしまう。逆もまた然りだ。


 だが、その規模が小さくなればなるほど、絡み合った部分を切り離すのは容易となる。


 加えて言うならば、そのために使っている力はカギリへの想いと祈りなのだ。きちんと制御されているならば、力を一時的に削ったとしてもカギリにとって致命的なことにはならない。


 カギリは、その力に完全に身を委ねている。膨大な力の奔流。その方向性を制御し、後は解呪を行うタイミングや切り替えを誤らなければいい。


 たくさんの人達の祈りが駆け巡っていく。グレイス達や氏族達は子供や一族を想うことへの共感。ジョサイア王やフラヴィア王妃、ヨウキ帝も為政者として尊敬に近い想いを向けている。レイメイや御前やオリエからは親愛だろうか。これから交流できることを楽しみにしているようだ。そして、テンドウやユキノ。眷属や血族の者達の、カギリへの信愛や感謝、無事を祈る想いも。


 温かで、優しさを感じるその力を以って、絡みついた呪いを削り、引き剝がしていく。連動するように結界の外で骸達が消失していく。

 絡み合っていたものが急速に引き剥がされ、力を失っていくのが分かる。


 ――今!


 解呪術式を発動させる。呪いが解れ、離れて――完全に分離したその瞬間に。祈りの力の方向性を制御し、神気を活性化させる方向へと向ける。元々カギリの無事を祈るためのもの、親和性は非常に高い。


 切り離された呪いが消滅していくのも感じた。

 呪いに巻き込まれていた人格や記憶、残留思念。そういったものも。


 音のない眩い輝き。白々とした世界の中で――何かが見える。ああ。あれはシュンスイだろうか。その、後ろ姿。


 何かを掴もうとするかのように、空に手を伸ばしている。そう。そうだな。里に攻め込んできた者達は呪いに巻き込まれた形だけれど、シュンスイだけは違う。彼が恨み辛みと共に発動した呪毒が元になっているから。彼だけは特別だったのだろう。


 もう――いいんじゃないか。


 そう呼びかける。自身ではなく、家や一族の都合で不遇の時を過ごした。そのことを恨みに思う。


 そうした境遇に身を置いた時の気持ちというのは、俺にも分からなくもない。俺が彼らに向けたものは失望と無関心であったから、出した答えは違ったけれど。


 だが、シュンスイと同じ結論に達していたとしても、呪いなんかに振り回されて自分の意思すら歪められるのは、やはり違うと思うのだ。


 シュンスイとて、里の全てを憎んでいたわけではない。少なくともイズミのことは憎んではいなかった。そんなシュンスイの抱えていた想いに気付けず、ただただ裏切りを憎んで……巫女としての役割をあの時に手放してしまったことを、イズミは後になって悔いていた。自分がもっと前に気持ちをわかってやれれば。何かが違っていたんじゃないかと。


 きっと、イズミだけではない。不遇の日々の中でも、支えてくれる人。笑い合える瞬間は、あった。それ以上の負の感情に、塗り潰されて見えなくなってしまうだけで。


 シュンスイの記憶なのか。木刀を持った壮年の男が頷きながら手を差し伸べている光景、年配の女性が握り飯を渡している姿であるとか、笑いかけて走っていく子供や、草原で微笑むイズミの姿といった風景が一瞬にして流れていくのが見えた。


 ん……。そうだな。


 シュンスイが何かを掴もうとしていた手を下した、その瞬間だ。

 ぼんやりとした輝きが、人の姿を形作る。


 それは――ああ。イズミ、か。彼女もまた、この呪いに縁を持つ者だから。


 シュンスイと向き合い、深々とお辞儀をすると手を差し伸べる。シュンスイは一瞬戸惑ったようにしていたが、やがておずおずとその手を取った。頷き合い。そうして俺の方に振り返って。


 はにかむように笑うその表情は、少しだけ寂しそうでありながらもどこか吹っ切れたような印象があった。イズミと共に俺に深々と頭を下げて――。


 そうして、遠ざかっていく。垣間見た魂の記憶は、僅か一瞬のことだ。


 骸と共に消滅していく呪いと、一度は弱々しくなっていたが高まり始めるカギリの神気。


 同時に、周囲を包んでいた眩い輝きが、ゆっくりと縮んでいく。人型の光の塊になって……その輝きも段々と薄れていく。

 清浄で、穏やかな神気を感じる。カギリの魔力なのは間違いない。荒々しかった先程までとは印象が全く異なるが。


 ふわりと。鼻孔をくすぐるような、柔らかな香りを感じる。

 風に乗るように、霧と共にほのかな花の香りが流れてくるのが分かった。頬をそっと撫でて広がっていく。

 香りの霧――香霧……か。あの里には花の咲く草原もあったからな。


 光が収まる。そこには雪のように白い髪の少女がいた。年の頃は、人間で言うなら10歳そこそこ……ぐらいだろうか。セラフィナもそうだったが、一旦削るという過程を経ているから、呪いで暴走していた時に比べると随分小さくなってしまったと思う。

 髪の先が霧になっているのは、高位精霊達に近しい部分があるからだろう。神格を得ているから四大精霊王の印象にも似ている。成り立ちからしても霧の精霊に近いものがあるからな。


 腕は……普通の腕が一対だ。但し薄っすらとした霧が肩のあたりから漂っているから……必要とあらば形態を変えられるのかも知れない。


 薄く、目が開かれる。霧の中の森を思わせる明るい緑色の瞳だ。


 カギリは俺を目にすると驚いた後で少し悲しげな表情を見せ、それから静かに口を開いた。


「カギリと申します」

「テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアです」


 互いに名を名乗ると、カギリは深々とお辞儀をしてくる。


「この身を蝕む呪いを解くために……御身を危険に晒してまでなさって下さったこと……。言葉もありません。このように里の子らを苦しめ……新たに血が流れる事態まで招き、己が不徳と未熟を恥じ入るばかりに御座います」


 カギリには……解呪の際に想いの力を使ったからだろう。おおよその事情を把握しているようだ。


「僕の事は構いません。個人的な理由でやったことでもありますので」


 俺の選択に関して言うならカギリは気に病む必要はない。

 この場に立っている理由もそうだし、戦い方にしたって霧になったところに自分から突っ込んでいったりしたからな……。その点で言うなら俺自身は反省すべきところだ。みんなにも心配をかけてしまったと思う。


 攻撃力の程を見た上で、霧に飛び込めばごっそり呪いを削れると思いついてしまったからというか、あのまま霧状態のカギリと牽制しあって長期戦になってもと思って、気合を入れ過ぎたというか……。


 みんなは……上がってきている報告を聞くに被害は少ないようだ。みんなも無事だし、眷属達には治癒術の効果はないものの、カギリの領域がある限りダメージを受けても時間経過で再生できる。

 血が流れたと言っても結果から見て言うなら、取り返しのつかないものではない。この場での戦いに関しては、の話で、過去の事は変えられないけれど。


「呪いが生じてしまったことやその後の出来事について、思うところは色々あると思います。けれどあなたに助けられた人がいるのもまた、間違いありません」

「……気遣いを嬉しく思います。こんな私でも復活を喜んでくれる人達がいる……。皆には浮かない顔を見せるべきではありませんね」


 俺の言葉を受けて、カギリは胸のあたりで何か大切なものを掴むような仕草を見せて、少し困ったような笑みを見せた。自身に向けられた信仰の力や想いの力を感じ取っているのだろう。

 反省すべき点や後悔すべき点があったとしても……復活を喜んでくれている人達を心配させないよう、明るく応じたいと。そんな風に考えているようだ。


 呪いは……繋がった縁を感じない。完全に消え去ったのだろう。

 そのことを伝えるとパルテニアラや母さんも周囲の気配を探って頷き、周囲に展開していた結界も解除される。そうして俺やカギリの無事を喜びながら、みんながこちらへと向かってくるのが目に飛び込んでくるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 若返りましたw 香りのする霧でお線香を思い出してしまったのですが、匂いが違うかとは思いますw
[良い点] 獣幼女が持った棒切れでつんつくつんされ痙攣中
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