番外1787表 戦いの終わりは
今のところは問題なく――敵を撃退している。城の敷地内や城内はオリエと小蜘蛛達がトラップを張り巡らし、通路や吹き抜けを閉鎖したり移動した場所と人数、距離を糸への振動で把握できるようにしたりと、抜かりがない。あれなら町中や城壁を突破できたとしても、生半可なことでは最後の結界城を引き出すには至るまい。時間稼ぎが目的であるなら万全の態勢と言える。
これならば、俺もカギリとの戦いに集中できる。呼吸はここに来るまでの途中で止めて、肺の内部に直接風魔法で空気を作り出している。カギリに敵と認識された状態で相対し、影響下にある霧の粒子を体内に取り入れるのは拙いと判断してのことだ。
首筋がちりちりと焦げるような感覚。ウロボロスを構えて相対している間も、カギリからは凄まじいほどの魔力が吹き付けてきている。
刹那。カギリが風を巻くように間合いを潰してきた。一瞬にしてカギリが大きくなったと錯覚するほどの速度。文字通りの瞬き一つ。太刀が首を刎ねる軌道で迫る。
重い金属音が響いた。ウロボロスで受けたのだ。途中に展開したシールドは当たり前のように両断されていた。単純なシールドでは受けることはできない。
斬撃を止めてもカギリの動きは止まらない。複数の腕が別個の生き物のように動き、凄まじい密度の連撃を繰り出してきた。
槍が突き込まれ、転身して避けたところに矢が撃ち込まれる。斜めにシールドを展開して軌道を反らせば次の斬撃と刺突がもう迫っていた。矢は霧となって消失。次の矢が手元に凝縮するように集まる。
一瞬たりとも留まる事はない。流れる水のような連撃に継ぐ連撃。繰り出される全ての技が相対する者を迅速に殺傷せしめんとする一撃であり、次の攻撃への布石にもなっている。質実剛健にして実直。そんな印象だ。
「ネメア! カペラ!」
呼びかけに答えるように。黄金の魔力を纏ったネメアとカペラがキマイラコートから飛び出して爪や角を以ってカギリの攻撃を受け止め、反らす。
ネメアとカペラの反応速度と技量では、カギリの攻撃を正面から受け止め続けるのは難しい。だから二人の動きもこちらが直接制御させてもらうことで、足りない手数を補い、攻防の速度をカギリに合わせていく。
皮一枚の距離を行き交う刺突。寸前までいた空間を薙いでいく斬撃。挟み込むように放たれる一撃。次に移動する位置を埋めるように攻撃が迫る。打ち合う度、切り結ぶ度に衝撃が走った。
カギリの実体こそ霧と呪いに覆われて目で見えないが、魔力でおおよその体勢は分かる。
踏み込んで渦巻く呪いと霧の中に打撃を叩き込む。実体こそ見えないが、魔力の反応でそこにいるのは分かる。複数の腕と座禅をするかのように組まれたままの足。浮遊したままで斬り込み、技を繰り出しているのだとわかる。武器を持たない。一対の腕も印を結ぶように組まれているな。
刀身でウロボロスを反らし、間合いの内側に引き込むような動きを見せた。誘いに乗って身体を泳がすように間合いを詰めれば横合いから手に矢を握って、首を串刺しにするように叩き込んでくる。霧に覆われて見えないことまで利用した一撃。
体勢はそのまま、エアブラストで加速して渦巻く霧と呪いの中へと飛び込む。掌底から放った魔力衝撃波は、しかし腕の一本に阻まれていた。
それでも衝撃波は突き抜けていく。そこで初めてカギリは後方に弾かれるように飛び退いた。だが、こちらが踏み込めばカギリも即座に応じるように錐揉み状態で突っ込んでくる。
ウロボロスとネメアとカペラ、バロールに術式を総動員して迎え撃つ。攻撃と攻撃をぶつけ合う衝撃と音。弾ける火花。すぐ傍を武器が通り過ぎる風切り音。ミキサーの中に突っ込んで戦っているかのような攻撃密度。
「ソリッドハンマー!」
土魔法で大岩を作り出して叩きつければ、バターでも切り裂くように真っ二つにされた。それは当然予期している。ソリッドハンマーを叩きつけた時には次の布石を打っている。
拳を翳し、握り込むようにして二つにされた大岩を砕く。散弾となったそれを背後からこちらに向かって高速で引き寄せれば、カギリの結んでいた印が変化した。けたたましい音を立てて障壁によって石の散弾が弾かれる。いくつか戻ってきた散弾を、ヴァルロスの重力操作によってスイングバイの要領で更なる加速度で射出。同時に切り込む。
カギリは、こちらを向いたまま上空に飛んだ。後方に向かって飛びながら矢を凄まじい速度で番えて放ってくる。
武器。手に持っている武器が変化している。霧を集めて作ったものだから、いつでも作り変えられるということだ。カギリは武芸に重きを置いているようだから今のところ見せては来ないが、その気になれば武器の形状を変えて不意を衝くということもできるということも念頭に置いておくべきだ。
雨のように降り注ぐ矢玉は全て尋常ならざる剛弓。穿つどころか当たったところから吹き飛ばされるような威力を秘めている。
降り注ぐ矢の間隙を縫って、魔力光推進で突き進んで間合いを詰める。引き撃ちするカギリを追うように、形を成さなくなった城の上空へと飛び出した。
霧の晴れた幽世の、幻想的な輝きが視界に映る。周辺は結界で覆われているが、カギリと戦うには十分な広さだ。周りを巻き込むこともない。思う存分やらせてもらおう。
ジェーラ女王の宝珠を起動させ、マジックスレイブを周囲に浮かべる。光弾を矢とぶつけ合うようにしての射撃戦。ぶつかり合った矢は――霧に戻させない。封印術で矢のまま固めたそれは、カギリの制御下からも外れて戻ってこない。使えるリソースを削る一手だ。
それを嫌ったか、こちらがある程度間合いを詰めたところでカギリの手にしている武器が変化した。右に左に飛翔したかと思うと、一気に加速し、渦巻く霧と共に慣性をあざ笑うような鋭角軌道を描く。
俺より上にいて大上段に振りかぶっていたのに、斬り込んでくる時は下から身体ごと回転させて掬い上げるような斬撃を見舞ってきた。放たれた弾幕を置き去りにするほどの速度。先を読ませない変則的な軌道。
ウロボロスと刀がぶつかり合って衝撃が放射状に走り、スパーク光を散らす。
創作物でたまに見るUFOの動きを彷彿とさせるような挙動と言えば良いのか。こちらも魔力光推進とヴァルロスの重力翼で応じる。
彗星のように光の緒を引いて互いに高速機動しながらの近接戦闘だ。
馬鹿げた速度で飛び交いながらも交差の刹那に攻撃を応酬し、速度を競い合うように並走して切り結び、弾き合っては再び互いに向かって突撃する。
目まぐるしく攻守が入れ替わり、持てる技術の全てを注ぎ込んでいく。
ぐるぐると廻る天地。掠めていく斬撃と刺突。受け止める衝撃と叩き込んで弾ける火花。軍神と呼ばれるに相応しい、凄まじいまでの技量と反応速度。
随伴させていたマジックスレイブは――弾の形でまともに撃っても当たらない。見てから回避されるからだ。
だから、あちらこちらにばら撒いておき、カギリが領域に踏み込んだ瞬間にレゾナンスマインを発動させる形で起爆する。
「受けろッ」
カギリの上下左右の動きに敢えて何方向か隙を作る事で罠を張ったエリアに誘導。腕を振るった瞬間にレゾナンスマインが多重起爆した。
大音響と共に爆圧が広がる。
指向性を持つ術なので狙いが精密でなければ威力も減衰するが、これだけ同時に起動させれば多少狙いがずれても空間内の衝撃は相当なものだ。間髪を容れず短距離転移でカギリの背後に飛ぶ。余剰魔力の火花を散らす背後からの横薙ぎの一撃を、しかしカギリは迷うことなく刀を大上段に構えることで受け止めて見せた。
霧。微細な霧の粒子でこちらの転移を察知したか。俺が魔力網を触覚にして周囲の情報を得ているのと同じ理屈――!
一瞬カギリが身を縮めたかと思うと、腕を大きく広げる。同時に後方に凄まじい速度で槍衾が飛び出した。
これも霧の変形だ。頬や脇腹を軽く掠めたが、直撃するような軌道のものは重力翼で防いでいる。
「ころ――」
ざ、ざ、ざあと。
「さな、ければ。はや、く」
カギリのそんな声と共に。草を風が薙いでいくような音が聞こえた。
その正体を掴むよりも早く、槍衾が消失。カギリが爆発的な速度で飛んだ。武器で斬りかかるでもなく、そのままの勢い、態勢のまま背後に向かってスライドするように突っ込んでくる。ウロボロスを叩き込むが、手応えがなく突き抜けて。
変わりに何か引っかくような、体表に纏っている魔力の鎧に無数の細かな衝撃が走った。
高速気流の中に微小な刃を生み出して。触れたもの全てを削り散らすような攻撃を見舞ってきたのだ。霧の中に煌めきが見える。あの奇妙な音はこれが掠れる音か。
渦巻く霧と呪いの中には実体もない。武神ではなく、霧そのものの神性としての力を前面に押し出してきた。
通り過ぎた渦巻く霧――カギリそのものに向かって飛ぶ。
黄金の覚醒魔力を練って全身に纏う。カギリもまた、こちらを巻き込むように取り込んで削り散らそうという腹なのだろう。真っ向から渦を巻いて迫ってきた。
霧の只中へと突っ込む。身体を包むように展開した魔力の障壁。爪先から頭の天辺まで、無数の火花が散った。削り散らすどころか、霧であるのに締め付けるような暴力的な圧力。カギリの統制下にある霧は封印術でも切り取ることはできない。
しかし、望むところだ。実体があろうがなかろうが。そもそも俺の目的は、最初からカギリを仕留めることではないのだから。
練り上げた魔力を祈りの力に同調させてウロボロスを振るう。狙いはただ一つ。カギリに絡みついた呪詛を打ち払うこと。ならば最も呪詛の濃い場所が俺のいる場所に他ならない。
だからこれまでの攻防でも、カギリに叩き込んだ魔力の性質は属性や性質を変えても常に対呪のそれだった。受け止められても当たっても。どちらでも構わない。呪詛を削る事には繋がっているからだ。
ウロボロスを振り抜けば、引き裂くような手応えと共に呪詛をごっそりと削ったという手応えがあった。
それは結びついているカギリに呪詛返しをしているようなものだ。呪詛と同時にカギリにもダメージを与えることにもなる。
顔面等の感覚器。血管に筋肉、内臓。深く切りつけられたり、体内に入り込まれて攻防や生命活動に支障が出なければ多少外側の防御が破られるのは構わない。
呪いは後付けだ。肉体を希薄にしているカギリには尚の事痛みも自覚もないだろうが、それは寧ろ都合がいい。カギリが俺への攻撃に集中する中で、俺も俺の呪詛との戦いに集中できるというものだ。
異変はまず、外で起こった。骸達の動きが変わったのだ。
苦しむかのように胸に手を当てて苦悶の声を上げる。俺のやっていることやその狙いに気付いたのだろう。
城の攻略も何もかもすっ飛ばして、俺達と外界を隔てている結界を破ろうと殺到する。だが、それは無駄なことだ。クラウディアが城内の結界を発動させて迂闊な動きを見せた連中を一網打尽にしていく。攻勢と見たみんなが、結界から逃れた者達に一斉に攻撃を仕掛けた。
どくんと。心臓が鼓動するように跳ねた。防御呪法が反応する。どうやらカギリの霧の中に混ざった俺の血を目印に、呪いが俺に向かって仕掛けて来たらしい。
呪法の綱引きにも応じてやる。というか、最初から対呪法防御の仕込みはたっぷりとしてきているのだ。カギリと呪いを同時に相手取るのは最初からの前提だから。
対して、呪詛はどうか。カギリに結び付いて怨みを募らせ、破壊を振り舞いていたばかりで。そんな年月を重ねてきた相手だ。
元の術者達の技術は知識として残っているのだろうが……長年にわたって呪法戦を研鑽してきたベシュメルクのような相手との技術戦など、想定しているのかどうか。
呪いの本体が爪を立てるように。血で繋がった俺目掛けて攻撃的な呪詛を繰り出してくる。だが、外れだ。俺本体にはその呪毒は届かない。攻勢防壁のデコイに引っかかって、激痛の概念を流されたのか、骸達が転げ回って絶叫を漏らす。生前でも味わったことのないものだろう。
「ははっ」
骸達が慌てふためいているのがおかしくなって、思うさま切り裂きながらも切り裂かれ、渦巻く刃圏の只中で牙を剥き、笑ってウロボロスを振り抜いて呪詛の濃い部分を引き裂く。ウロボロスもまた楽しそうに喉を鳴らして笑っていた。
そんな二正面作戦とも言うべき攻防の中で。
――ないで。
何か声が聞こえる。
――さないで。殺さないで。
それはカギリの声だ。
――ああ、ああああ。殺さないで。殺さないで。私の子達。護らなければ。護らなければ。私が。私が。私が。
嘆きの声はあの日のカギリの心の叫びそのものだろう。呪いと結びついてしまったことでずっとそこに囚われている。
夢で同調した事。血を触媒にして呪いの標的がこちらに向いたことで、俺もカギリと縁が繋がったのだろうな。
だから、こうして声が聞こえる。向こうの声が。想いが伝わってくるということは、こちらもまた考えていることを伝えることができる、ということだ。周囲に満ちる祈りの力を渦のように集め、ウロボロスに乗せて振るう。
聞こえているだろうか。届いているだろうか。祈りに込められた想いが。
俺から通り過ぎて、少し離れたところにカギリが再び実体化する。身体を覆ってきた霧と呪いが、かなり薄れているのが分かった。複数の腕を持つ、霧を思わせる白髪の女神だというのが分かる。赤く染まっていた目も、片目は通常の虹彩に戻ったのだろうか。朝靄に浮かぶ森のような色合い。
俺から離れたが、カギリは俺を視界に捉えながらも俺を見ていない。まだ心の声は途切れず聞こえていて。
口でも小さく言葉を発していた。
「邪魔、だ。私は。守る。守らねば。私の子、らを」
邪魔、か。殺さねば、ではなく。
風を巻いて斬り込んでくる。再びウロボロスで受ける。受けながらも祈りを、想いの力を束ねてぶつけていく。カギリとの縁は繋がっている。
どうか目の前にあるものを見て。信じて欲しいと願う。この祈りはミツキのものだろう。
――自分達の一族はヨウキ帝を始めとする朝廷に助けられてきた。だから私は琵琶の音に平和への祈りを乗せて歌う。だからきっと、あなた達の未来もこの先に広がっているから。私が守るから。
そんな想いだ。槍での薙ぎ払いを受け止めると同時に刀の刺突。カギリの手がまた別の印を結ぶ。空間に霧が集まり、弾けるようにして衝撃波が放たれた。シールドで受け止めるも砕ける。減衰している。魔力の鎧で受けるのに問題はない。
――そんなにも傷ついてきたのに。ずっとずっと子供達を守ろうとしてくれて、私達を守ろうとしてくれて、ありがとう。感謝しています。だから。そんなところに一人でいないで。悪夢なんかから覚めて、戻ってきてください。
これはユキノの想い。感謝の想いというのなら幽世で暮らしてきた子供達もそうだ。
――長年に渡って幽世で守ってきてくれたけれど、もう大丈夫です。恩を返したい。立派な大人になって。そんな姿を見てもらいたい。
鍔迫り合いの形。そして……周囲を渦巻く一際大きな想いは、テンドウのものだろう。
――ずっとずっと貴方に任されたこの地を守って参りました。眷属として自我を持ち、そして貴方は存在を許して下さった。貴方の大切なものを守るという任は喜びでもある。しかし私が守りたいものの中には貴方も含まれているのです。近くにいるのにずっと手が届かずに来ましたが……どうか。どうか私達と共に歩んでいただきたく思うのです。我が母よ。
傷つきながらも子供達を守ろうとしたその姿を、母として尊敬すると。そんな想いにも触れる。グレイス達か、それともエスナトゥーラか。母さんや集落の誰かかも知れない。
ああ。そうだな。こんなになっても集落の人達を守ろうとするカギリの姿は……俺にとっては母さんに近しいものを感じるのだ。
当時の記憶と。あの頃の想いと。そうしてそれから俺を支えてくれた人達の顔と想いが胸をよぎる。
こんな形で囚われていて欲しくないと、そう願う。カギリや血族の者達、眷属達。呪いを残してしまったシュンスイや、侵攻を仕掛けた武家にとっても。こんな有様は誰も望んでいなかっただろうに。
失敗や後悔だって、呪いなんてものが介在していたら、まともに向き合うことだってできはしない。だから、復讐とすら呼べない。こんなものは妄念だ。
鍔迫り合いの形になった俺を、カギリが力任せに弾き飛ばす。しかし追撃はこない。俺を見据え、刀を構えながらもカギリが額に手をやってかぶりを振る。
「ちが、う。私が戦っている、者達では、ない。だけれど、外から来た――邪魔をする、者は。ああ、ああ――」
守るのだ。その邪魔をする者は、斬らねばならないと。
そうカギリは言う。言って、長大な太刀を構える。高まる魔力。呪いごと削られたことに危機感を抱いているのだろう。このままでは守れないと。最初よりはかなり力を削がれ、弱っているはずなのに、膨大な魔力が太刀に集中し、嵐のような余剰魔力の火花を散らす。全ては呪いに襲われている、血族の者達を守るために。
「違う。戦いはもう終わってるんだ。貴女が、戦いを終わらせた」
里の者達はその日を潜り抜け、イズミと共に再び立って歩き出した。確かに、悲しいことはあった。それを無かったことにすることはできない。それでも。守れたものだってある。今を生きる人達に。眷属に。連綿と繋がっている。
カギリへの想いと同時に、俺の無事を祈る力も集まっている。それらを体外に纏い、多重のマジックサークルを展開する。階級分けをするならば第十階級だろうか。地、木、光複合術式、ユグドラシアブレイドの応用変化。応じるように祈りの力が集まり、ウロボロスが唸り声をあげながらそれを剣の形として纏っていく。白々と輝く、解呪と浄化の大剣。
それが、目に入っているのかいないのか。カギリの魔力は時間と共に凄まじい高まりを見せているが、そこに乱れはない。精緻な魔力の操作によって、凄まじい神気が刃に宿っている。反面、騒がしいのは外の骸達だ。俺の手にする刃を叩き込まれたら自分達の終わりだと、気付いているのだろうが。
「とま、れない。縁をもつ子、であれど。邪魔者は。斬って前に。私は。だから……ああ。だからにげ、ろ。今の、うちに」
そういう神性を持つが故に、止まれないのだと。次の瞬間にも理性の糸が切れて斬撃を見舞っても何ら不思議ではない。未だ纏わりつく呪いがそれを後押ししている。
目の前のそれは我らの同類だ。里の外からやってきた余所者だと。だから斬って敵から守れとカギリに囁く。
「俺は敵じゃない。だから、貴女がその刀にどんな力を込めようが、斬る事はできない」
受け止めてやると。最初にそう言った。ジェーラ女王の宝珠が眩い輝きを放ち、額に魔力が集中していく。
カギリの僅かに戻っていた理性が、宿す神性に塗り潰される。爆発するような神気の高まりと共に。
音すらも置き去りにして、カギリは斬り込んできた。神気の斬撃。首を刎ねんとするその斬撃の軌道上に、俺は左腕を差し出す。
斬撃を腕で受け止める。衝撃すら響かない。
それでカギリの斬撃は止まっていた。この光の剣はカギリに届けるための想いそのものだ。みんなから託されたそれは、戦いの中でぶつけ合って無駄にしていいものではない。
額に輝くのはジェーラ女王の力を借りて構築した疑似的な第三の目。ザラディの力を瞬間的に発動することで斬撃軌道を絞り込み、自身への時間干渉を行った。
結果として――薄皮一枚ですら断ち切ることのできない最強の盾となる。まあ……攻撃の来る位置を正確に予想できることが前提の盾だが。
信じられないという表情を浮かべる、カギリに向かって想いの刃を放つ。
「もう、戦いは終わってるんだ」
「ああ――。敵では、ないのだな」
カギリは、刃を避けない。安らいだような声を上げ、受け入れるように両手を広げて。そうして眩い白光が幽世を染め上げるほどに広がった。