番外1787裏 幽世の因縁と共に・2
大鷲が飛翔する。翼を広げたその姿は成人男性を包み隠せるほどだ。鳥としてはかなりの巨躯にも関わらず、飛行型を従え猛烈な速度で飛翔する。
そこに――イルムヒルトの鏑矢が撃ち込まれた。甲高い音を立てて不浄な力を搔き乱す破魔の矢だ。大鷲と飛行型の動きが一瞬乱れ、そこに二の矢、三の矢が撃ち込まれていた。鏑矢の効果を見越しての、続けざまの射撃。
光の矢と不可視の矢が入り乱れた射撃だ。魔力を込められたそれの狙いは正確無比。鏑矢によって生じた乱れすら計算に入れて放たれたそれは、到底避けきれるものではない。飛行型は顔面や心臓にあたる部分にまともに矢を受けるが、大鷲は身体の周囲に黒い障壁を展開して矢弾を後方へ流すように弾き散らしていた。
「避けた……!」
勘が良いのか、目や感覚が鋭いのか。相当な反応速度と制御能力を有しているとイルムヒルトは感じた。鏑矢で乱した制御は動きだけでなく攻防にも影響を及ぼす。事実、イルムヒルトは一団をまとめて仕留めるつもりで一連の攻撃を放ったのだ。
それを、あの一瞬で立て直した。大鷲も猟犬も当たり前のように複数体生み出されたが、一体一体が油断のならない存在と言える。攻撃こそ凌がれたが、それは収穫だ。これから交戦する相手であるなら尚更。情報は多ければ多いほど良い。
大鷲はイルムヒルトを見据えたままで嘴を大きく開く。そこに紫色の輝きが宿った。下から上へと。薙ぎ払うかのように呪力の込められた火線が放たれる。街並みを切り裂くようにして迫ってくるそれを、イルムヒルトは半身になって避けながらも応射する。
イルムヒルトと大鷲が、飛翔しながら互いに目掛けて弾幕を放つ。直線的に飛ぶ光の矢と、切り裂くように放たれる呪いの火線が幽世の空に交錯し、ぶつかり合って爆発を起こした。
横合いからの、新手の大鷲の飛翔。横槍は入れさせないとばかりにそこにシーラが切り込んでくる。ミハヤノテルヒメが生み出した水の帯の一部に乗って突き進む。
「邪魔」
下から切り上げるように真珠剣で切り込む。旋回して避けたかと思うと呪力を腹側から噴出して、鳥には通常ありえない挙動で身体ごとブレるように動きを変えていた。振りぬいた右手の真珠剣を避け、左手の真珠剣の切り返しの間合いの外まで離脱し、そこから鉤爪での反撃を見舞う構え。シーラは構わず下から掬い上げるような斬撃を見舞う。届かない、はずだった。
しかしシーラが足場にしているのは水だ。真珠剣が文字通りに掬い上げた水を纏い、闘気を宿した渦が生まれて大鷲を吞み込むように薙ぎ払う。
それを――大鷲は呪力の障壁で防いでいた。やはり脅威的な反応速度と言える。だがそこまでだ。
渦を浴びせられれば防げても動けない。動きを止めたそこに、イルムヒルトが巨大矢を撃ち放っていた。温度感知によって側面の攻防を察知し、正面切っての射撃戦の間隙を縫っての一撃だ。イルムヒルトの巨大矢は、咄嗟に展開した防壁程度で防げるほど生易しい威力ではない。障壁ごと大鷲の胴体を貫通――否、衝撃で半身を吹き飛ばしていく。
エレナの姿は骸達が溢れる幽世の町、その只中にあった。無人の野を行くように。少女は地面に降り立って歩く。
伴うのは護衛役である卵型の呪法兵――エッグナイトやエッグビースト達ではあるが、周囲の状況に比べてエレナの動きは余りにも無警戒だ。
真正面。通りの向こうから猟犬が地上型を引き連れるように殺到してくる。様子見というように猟犬は足を止め、地上型をけしかける。
呪法兵達が臨戦態勢をとる。しかし実際にその力が振るわれるより先に、エレナが足を止め、目の前に手を翳してマジックサークルを展開した。
それだけで、エレナやその周囲にいる呪法兵が存在しないかのように地上型は動く。そこに何かがあるように左右に割れてエレナ達を避けて進む。
「ああ、やはり」
エレナが眉根を寄せる。
「意思があり、人の形をしていても……呪いの塊なのですね、あなた達は」
そうであるならばエレナの専門だ。過去、ベシュメルクで学んでいたこと。王位にいたザナエルクと戦うためにしていたことと、何ら変わりはない。
呪いから身を護るならば、真っ向から当たるよりもまずは矛先を反らすこと。
それがエレナが学んだ呪法に対する防御法の基本だ。呪いの認識をずらし、自身を別のものと思わせる。そこにいないものと誤認させる。
然る後に呪いの対象が向かう先を誘導し、そこに込められた憎悪や怨嗟を吐き出させなければならない。そうでなければ行き場をなくした呪いが他のものに害をなすから。
距離や範囲に制限はあるが、下級兵には有効な手段となるということが証明された形だ。
しかしより鋭敏な感覚を持つ猟犬には――。
忌々しそうに眼を細めると猟犬は右に左に俊敏な跳躍を繰り返し、建物の壁を蹴ってエレナに向かって弾丸のような速度での跳躍を見せた。
割って入るのはエッグナイト。卵の殻を割って手足が生えたような姿の騎士型呪法生物だ。手にした剣と盾を構えてエレナの前に出て迎え撃つ。
一瞬の事だ。猟犬の脇腹から呪力が噴出したかと思うと身体の位置が横にずれる。大鷲も使った、機動術。空中制御で位置をずらしたかと思うと紫色に燃える炎の太刀が猟犬の口から真横に伸びた。すれ違いざまにエッグナイトを斬って捨て、再びの空中制動で一直線にエレナの喉笛を狙う。そういう意図で、猟犬は動いた。
だが。目論見通りエッグナイトを切り裂いたところまでは良い。しかしそこに用意されていたのは反射呪法の罠だ。猟犬の身体を突き抜けるように呪法の衝撃が身体を走り大路に投げ出される。
猟犬が吠えれば動きをフォローするように、他の骸達が殺到する。エレナや呪法兵は認識できていないが、指揮すれば話は別だ。
それを見て取ったエレナの展開したマジックサークルが回転して光を放つ。すると地上型達が咆哮を上げて、倒れ伏していた猟犬に躍りかかった。喰らうように。容赦のない噛みつきを見舞う。引き裂くように爪を立てる。
そればかりではない。一人、また一人と波及するように同士討ちが巻き起こった。引き裂き、食らいつき、躍りかかる。そうしながらも、それが悦びであるかのように骸達は嗤う。
これも基本は同じだ。認識をずらし、怨みを晴らす相手と仲間とを誤認させた、その結果である。猟犬はエレナを感じ取る事ができても、地上型にはできない。怨みの相手を誤認させて認識を再度上書きしてやれば、こういう結果になる。
エレナは――思い通りに事を進めながら、しかし眉を顰めた。
愉しそうに嗤いながら、我が身が壊れることも顧みずに猟犬へと襲い掛かる骸達から、その怨念の深さが伺えたからだ。本来の相手。血族の子供達に対しても、この骸達は同じように嗤って躍りかかるのだろう。
こうやって局所的に勝つことはできる。だが今出現している骸達を一掃しても事態は変わらない。それだけの呪いの大きさを、感知していた。
やはり、これをどうにかするのなら呪いの中心をどうにかするしかない。エレナは遠くに見える城の中央部で激突する夫とカギリの姿を目にして、その無事と勝利を祈るのであった。
マルレーンの召喚したガシャドクロと巨大型が真正面から組み合う。町中への被害を抑えようというガシャドクロに対し、巨大型は血族の子らへの攻撃を優先しているものの、そうした縛りはない。だからガシャドクロは近くまで行って巨大化し、直に動きを止めに行ったのだ。
魔力を込められた白骨の拳で顔面を殴られた巨大型が後方へと弾かれる。続けざまにガシャドクロの口から放たれた紫色の閃光で、上半身を吹き飛ばされる。単純な力も魔力量も、ガシャドクロの方が上。しかし骸達には数の上での利がある。出現地点に多少の制約はあれど自由に兵科の配分を変えて補充できるというのも。
体格差を活かし、その身に取り付き、骨の隙間から攻撃すればいい。地上型が大挙してガシャドクロに突っ込んでいく。
その巨躯に恐れを成すような、真っ当な情動など骸達は持ち合わせていない。損害を気にするような性質でもない。掌で叩き潰されようがお構いなしに突っかける。
「そうはさせませんぞ!」
が、それを迎え撃ったのは肋骨の隙間に立つ、ケットシーのピエトロが作り出した分身達だった。骨の隙間からレイピアを握った猫妖精達が無数に飛び降りて、猫らしい俊敏な動きで地上型の骸を切り刻んでいく。
臆さない。一瞬として留まることもなく押し寄せて蹂躙せしめんとする骸達の戦法は、被害を度外視している。戦法として意図された動きであるから、アンデッドの侵攻というよりはゴーレム達が使い捨て前提で大量に押し寄せるならばこうした戦法になるだろうか。
いずれにせよ、生き物としてはかけ離れた異常な動き。
それでも――ピエトロもそれに対応して見せた。宙に跳び上がった分身が、間合いの外からレイピアの刺突を繰り出したかと思うと、細く絞られた魔力弾が刺突の軌道の延長上にいた地上型を穿つ。
大出力というわけではないし長射程というほどではないが、局所的な貫通力が高い遠距離攻撃だ。ましてや、それを分身という集団が使ってくるとなれば――白兵戦での制圧力、殺傷能力は目を見張るようなものとなる。分身達の間合いに踏み込んでいた地上型は、その身を穴だらけにされ、塵となって消えていく。
ケットシーもまた、迷宮や各地の戦いでその力を上げている。分身の質と数、経戦能力のいずれもが向上しているのだ。
空中からガシャドクロに対して射撃型が一斉に光弾を放つ。マルレーンの操るソーサーとシェイドの展開した暗黒の壁が弾き散らし、反撃とばかりにガシャドクロが紫の閃光を口から放って薙ぎ払っていた。
防衛のためのラインを構築し、各所に結界を構築して城の一角を守る構えを見せるのがテンドウ達であったが時間経過とカギリの覚醒により、特定の方角ではなくどの方向からでも骸達が出現するようになっていた。
主戦力となる骸達が南東側に大量に出現する傾向なのは変わらないが、全方位から地上型や飛行型、射撃型が現れて侵攻してくる。防衛する側としては、どうしても後手に回り、手薄な箇所というのも出てくるものだ。
それを補うのが氏族長の一人――ルドヴィアの役回りだ。城の屋上を飛び回り、超長距離からの狙撃を以って飛行型や射撃型を的確に撃ち抜いていく。
スナイパーの役回りがルドヴィアなら、スポッターはティアーズ達だ。各所の監視映像から得られたデータをティアーズに送り、方位と高さ、進行方向と予想される位置をルドヴィアに魔力で形成された文字と光の矢印で知らせる。
霧は既に晴れている。テオドールが作った望遠の魔法を魔道具化した装備もある。
後はスコープを覗きながらその方向に発見した骸目掛けて高速魔力弾の射撃を見舞うだけだ。それは正しく、スナイパーとスポッターの役回りだ。ルドヴィアが狙撃だけに集中できるように敵の位置を知らせ、その周辺を警戒する役回り。
「流石はテオドール様……。やりやすい」
その運用方法を提案してきたのもテオドールだ。ルドヴィアは新たな氏族達の盟主への尊敬の念を口にしつつ、次々と狙撃を繰り出していく。
加えて言うのなら、ティアーズやハイダー達が得た全域の情報はルドヴィアだけでなくティアーズ達から全員に共有される情報だ。その情報に応じて遊撃役となるのが機動力に優れたユイやテスディロスにウィンベルグ、防衛力に優れたオルディアやエスナトゥーラといった面々の役回りということになる。
「うわあッ!」
突然幽世の町中に悲鳴が上がり、ティアーズが今までとは異なる音を鳴らして腕を振る。通信機にも情報が入ってくる。
ルドヴィアがスポッター役の指し示す方向を覗けば――そこには町角を逃げ回る、お面を被った子供の姿があった。
そんなところにいるのは何故か。今まで感知されていなかった理由は。
そうした理由を置き去りにして骸達は子供を追っていた。ルドヴィアは思案することも躊躇することもなく、子供の背中に迫っていた飛行型を狙撃する。正確無比な狙撃で頭部が撃ち抜かれ、今にも呪力を放とうとしていた飛行型が空中で散る。
走る。子供は走る。大きな屋敷に逃げ込もうとしているようだ。追いすがる骸達をルドヴィアが撃つ、撃つ、撃つ。
正面以外の場所に出現していた飛行型や射撃型は、嗤いながらそちらへ殺到した。
骸達にとっていくらでも補充できる損耗等、二の次三の次なのだ。手の届くところに血族がいて、それを害することができるのなら、それでいい。他のことはどうでもいい。
ルドヴィアの狙撃の甲斐もあって、子供は屋敷の中に逃げ込んだ。屋敷ごと押し潰そうかという勢いで殺到するそこに――現れたのはユイだった。鬼門を抜けて突如物陰から出現したかと思えば薙刀を縦横に振るって群がる骸達を凄まじい勢いで両断していく。瞬間的に神珍鉄の薙刀を伸縮させて、本来なら届かない範囲の骸まで狩り取る。その中には大鷹や猟犬までいる。
本来ならば……ユイを無視すればとてつもない損害を被る。それを――骸達は丸ごと無視した。正面から愚直な突撃を仕掛けながらも、右から、左から、上から。周りこむように屋敷に殺到する。
ユイに両断され、ルドヴィアに撃ち抜かれながらも壁を砕き、窓を破り――そうして、骸達が屋敷の奥に隠れていた子供をとうとう見つける。手にかけようと躍りかかる。
だが。
「――残念だったわね」
水晶板で戦況を見ていたローズマリーがにやりと笑い、仕込まれていたマジックスレイブを起動させる。
「いい判断」
「莫迦め」
ユイも悪戯成功とばかりに明るい笑みを見せ、遠く離れた箇所にいたルドヴィアも同時にそう呟いていた。
次の瞬間。屋敷の周辺に光の柱が立ち上り、殺到していた飛行型や射撃型、地上型がその只中に吞み込まれる。
そう。逃げ惑う子供は幻影でしかない。ヨウキ帝の作り出した身代わりの形代がそのように見せていただけ。
戦況を押し戻し、陣形を立て直すためだけの時間稼ぎであり、なるべくたくさんの飛行型やその亜種を引き付け、一網打尽にするための策。事前に対策と準備を進めていたテオドールの仕込みだ。
加えて言うならば、ユイもルドヴィアも、誘き寄せる過程でなるべく強い個体を優先して撃破するように攻撃を繰り出している。
骸の出現は無尽蔵とは言え、やはり一度に形成できる数や時間は浪費するものなのだ。骸達の性質を分析した上で、こういう耐久型の戦いの形になるということは皆承知していて。そうであるならば、それに応じた策を用意するだけの話だ。
そして結界が発動した次の瞬間には、ユイは用は済んだとばかりにそこから姿を消していた。
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今年最後の更新となります。よいお年をお迎えください。