番外1787裏 幽世の因縁と共に・1
御前ことミハヤノテルヒメやオリエ、レイメイが隠形を解除し、カギリが覚醒を果たしたその瞬間。
その力の余波は確実にテンドウ達にも届いていた。眷属であるが故に、主が目覚めたとはっきりとわかる。
「今です!」
テンドウが叫ぶ。城の中心部を囲うように結界が形成されて、同時にグレイス達も動いていた。城の広場を直上へと飛んで、自分達から打って出る段取りであったのだ。但し、援軍の出所に気付かれないよう、サティレスが幻術を展開した上で。
サティレスの幻術にしても迷宮外での行使を想定し、視覚に訴えるだけのものに留めている。
城からの出撃に際して、偽装は必要になる。幽世全体を包んでいた霧は、カギリの覚醒と同時に晴れつつあるからだ。
「行きます」
城の上空へと躍り出たグレイスが、双斧を構えて四肢から闘気を漲らせながら言った。シールドを蹴って、地上から子供達の反応を目指して押し寄せていた骸の群れ見定めて飛び込んでいく。
凄まじい勢いで両者の間合いが詰められ――文字通り、爆ぜるように骸達の群れが吹き飛ばされた。グレイスが空中から切り込んだ勢いそのままに、闘気を纏った斧の一撃を叩きつけたからだ。骸達にしてみれば、どこから現れたかも分からない、正体不明の敵からの一撃だ。
先頭集団が冗談じみた威力の一撃で粉々に爆ぜて空中を舞う。混乱に陥るその只中で、グレイスはお構い無しに次の動きを見せた。
手にした双斧を縦横に振るいながらも突き進む。
文字通りに、真っ向から骸達を切り拓きながらだ。受け止めようとした者もいた。せめても反撃を見舞おうと牙を剥いて襲い掛かった者も。
しかしそれらは、ただの一度としてグレイスに届くことはない。渦巻くほどの立ち昇る闘気に阻まれ、斧の一閃とそれに伴う闘気の余波で薙ぎ倒され、吹き飛ばされる。冗談のように骸がバラバラになって宙を舞った。詰め掛けた軍勢が単騎によって蹴散らされるという常識離れした光景。
一時的な混乱はあっても、圧倒的な暴威に対しても骸が怯えることはない。暴風のような闘気の破壊圏からぎりぎり逃れて一気に間合いを詰めた一匹の骸がその首を噛み千切ろうと牙を剥く。
届かない。無造作に翳した腕に噛みつくも、立ち昇る闘気の鎧を牙は通せない。
「ふ、ふふ」
グレイスは赤い瞳を細めて愉快そうに笑う。久しぶりの戦いに、自身が高揚していると感じた。
頭を鷲掴みにして、そのまま地面に叩きつける。水の入った袋を叩きつけるような音と共に骸が潰れてひしゃげた。
グレイスと地上型の骸では数の違いは戦力差を覆す結果にならない。真正面から大軍を叩き潰して回ることができるだけの力量差がある。
それを見て取った空中に出現した武者の姿をした骸が、グレイスを指差せば、大型の骸と飛行型がそれに呼応するように動いた。
空中に黒い靄が無数に渦を巻き――出現した無数の小さな目玉達も、四方八方からグレイスに向かって光弾を放つ。
今までのテンドウ達の情報にはなかった指揮官型と射撃型とでも言うべき骸達だ。弾幕と共に巨大な骸や飛行型がグレイスに向かって殺到しようとしたその時だ。
巨大型が横面を張り倒され、飛行型が空中で火花を散らして弾かれる。
先ほどのグレイスの奇襲同様だ。サティレスの幻術による偽装を施されて城から飛び出したイグニスやゼルベルが巨大型に痛烈な一撃を与え、飛行型はシーラやテスディロス、デュラハン達が迎え撃っていた。
覚醒の段階が進んだことで未知の敵を炙り出す必要があった。だからこそ、攻防に優れて派手な大立ち回りのできるグレイスが、まず真っ向から切り込んで見せたのだ。
撃ち込まれた弾幕も、オズグリーヴの煙やミハヤノテルヒメが展開した水の帯によって防いでいる。
指揮官型が咆哮すれば、呼応して四方八方から黒い柱が噴出し、湧き出でるように地上型や射撃型があちらこちらから現れる。しかし、その動きは最初とは違う。部隊ごとに分散するように動き、子供達のいる場所――その反応目掛けて各々の方向から攻め込もうという動き。
そこには強敵を潰すよりも、とにかく怨敵である血族を殺傷したいという意図が見える。だからこそ強力な個体を増やして対抗するよりも多勢を繰り出して封鎖結界を迂回――あるいは仕込まれているそれらを使い切らせようという算段なのだ。
「そういう動きをするならば、こちらもそのように応対するまでね」
敵の動きを通信機で知ったステファニアが不快げに眉を顰める。自身の周囲に巨大な結晶のスパイクボールを作り出したコルリスと共に地面から飛び出すと、その勢いのままに奇襲を仕掛ける。地下から大通りの通過をやり過ごした上での、背後からの強襲だ。
地上型を轢き潰すように転がり、跳ね回る。ステファニアの光魔法を放つためのレンズまで形成されていて、周囲に光の熱線をまき散らしながら縦横無尽にスパイクボールが蹂躙する。後方からの奇襲を受けた地上型が振り返って対応しようと思った時には、跳び上がったスパイクボールが閃光と共に弾けた。
結晶の散弾と目眩ましの閃光を撒き散らしながらも、コルリスとその背に乗ったステファニアは奇襲を仕掛けるだけ仕掛けて、すぐさま地中へと退避している。対応しようという動きを見せた地上型が態勢を立て直した時にはもういない。
代わりにあらぬ方向の地面から水晶の槍が伸縮し、骸達の密集している場所を好き放題引っ掻き回していく。
血族を襲うことを目的として敵に対して一々対応しないというのなら、このまま警戒の甘い場所を見繕ってヒット&アウェイを繰り返すだけの話なのだ。
同じことは他の場所でも言える。分散した地上型の侵攻はあちらこちらで蹴散らされていた。テスディロスの雷撃であったり、カストルムの射出された拳による一撃であったり。
強烈な一撃を以って、軍勢を単騎で壊滅に至らしめる。そんな人員が多数いる状況では、数に任せた侵攻はままならない。分断されたところを武官や術師達に集中砲火を浴びせられて各個撃破される結果となる。
かといって巨大型もまた、シーラやデュラハン、ゼルベルといった面々に切り込まれて足止めを受けている。
瞬くように現れて真珠剣で切り裂き、消える。巨大型の動きではシーラを追いきれない。
おおよそでいい。大体のいるであろう空間を諸共に薙ぎ払えばいい。巨大型の選択はシンプルだった。そこに――。
「させないわ」
飛来してきたのはリサだ。白く輝くように羽根が、その顔面に突き刺さったかと思えば、次の瞬間に。白々と輝く火柱となって巨大型の顔面を灼いた。
聖炎。冥精の宿す聖なる力だ。
骸達はアンデッドの類ではないが、間違いなく穢れを宿した存在ではある。天使の力はそうした穢れを浄化し、漂白し、人の魂を導くことにある。
だから、その効果は劇的であった。灼かれる顔面を抑えて絶叫。身悶えする。有り得るはずのない痛み。本能的な忌避。その拍子に地上型の何体かが潰されたが、それすら頓着していられない。
そこに飛び込んできたのはテンドウだ。火花を散らしながら、影さえ留めない猛烈な速度で突っ込んできて、大太刀による斬撃を見舞う。
一閃。振り抜いたその背後で――遅れて巨大型の首がずれる様に落ち、燃え尽きていく。巨躯がそのまま聖炎に包まれていき、地上型もその亡骸を迂回していく。
「さて――。どう出ますかね?」
テンドウは背後の巨大型を一瞥した後、飛行型と射撃型を随伴させている空中に留まっている指揮官型に目を向ける。
ここから先は未知の領域。高い判断能力を有する骸が実際に表れるというのも、テンドウ達をして見るのは初めての事だ。
とはいえ、未知というのならそれは骸達にしても同じであった。
情報にない者達。これまでに学習した、どこにもない状況と戦法。過去のカギリの眷属達との戦いの延長戦上として思考をしていた骸達にとっては、想定していない出来事ばかりだ。
正体不明の敵。後手に回っている、と。澱みの底で端末達の戦況を感じ取りながらも『それ』は思考する。
それは――カギリに結び付いた呪いそのものとでも言うべきものだ。存在というよりはカギリが活動する際に連動する現象と呼んでも良いだろう。
シュンスイを始め、里の襲撃に加わった者達の記憶や人格を基礎とする現象の在り方故に人の思考形態を模倣しているが、それは最初から結びついた呪詛の塊でしかない。人格や記憶も膨大な負の感情の中に溶けて混ざり合ってしまっている。
過去、里に攻め込み敗れた者達の残留思念。怨嗟や絶望、怒りや恐怖。そういった負の感情を土台として、過去に囚われたままのカギリに呼応して血族を襲撃しようとするもの。
元になった者達の記憶や感情を内包しているからこそ、端末という形で疑似的な呪法生物を作り出せる。そこから学習し、思考し、生み出して行動する。そうやって本懐を果たさんとする怨嗟の海。そういうものだった。
だから、それは思考する。
確かに押されている。相性の悪い存在もいる。だけれど、それがなんだというのか。
カギリが活動している限りは呪いも無尽なのだ。ましてや、カギリが完全覚醒している状況ならば尚の事。仮に、統率している指揮官型が今この瞬間に撃破されたとしても何ら問題にはならない。
何百年も蓄積された怨嗟の海から、より大きな澱みを汲み上げ、練り上げ、より強力な端末を作り出すだけの話。
指揮官型が腕を振るえば、地上型を噴出させていた黒い柱の数が減少していく。今度は空中に巨大な黒い渦が巻いた。
分散させていた戦力を結集させ、まず強敵を潰すことに注力をする。そうしなければ血族を害することは適わない。
元になっている者達が、生前訓練していた獣達を元とした――いや。より強靭な身体能力を宿した端末を。人の形に囚われる必要すらない。
骨の頭部を持つ大鷲が。半身が白骨化した猟犬が。手足の長い亜人型の骸が。複数生まれて幽世に解き放たれる。
この出現の仕方一つとっても、カギリの視点からの記憶再現と言える。
突如里に現れて攻め込んでくる外からの脅威。それこそが過去の出来事であり、カギリに結び付いて絡みつく呪いであり、端末達という存在だ。
だから、幽世の町中に突如湧き出でる。それでいて――いや、だからこそ軍事的な作戦も練るし疑似的な人格も有する。怨みや憎しみも、土台となった者達から連綿と引き継いでいるのだから。
――さあさ。殺そう。殺されよう。滅ぼすために突き進み、学んでは滅ぼされよう。より大きな悦びと恨みを以って最後に殺すために。
骸達はそんな暗い悦びに連動するように、ゲタゲタと嗤う。嗤って敵に向かって突き進むのであった。