番外1785 黒き柱
壇上に作られた祭壇に酒や食い物といった御饌を捧げ――ユラの神楽にミツキや幽世の住民の演奏も加わって祭りは続く。
カギリへ奉じる神楽を続けながら祈願すれば、その覚醒の段階が進むまで延々と続けられるという仕様だ。人員の交代も可能だが、ユラもミツキもそのつもりはないようで。極度の集中を維持したままで舞い、奏でているのが分かる。
二人としては戦闘員ではないし、安全な集落側で儀式を行っているから、ここは自分が頑張らねば、と思っているのだろう。
神楽を見る側としてはカギリの覚醒を祈る形でも、神楽に合わせて舞台の周囲を踊る形でもいい。参加することで想いが力になる。
広場にいるみんなも、そうやって祭事に参加していく。祈る者もいれば共に踊る者もいて。
それに合わせるように外の様子も変わっていく。あちこち黒い蟠りのような、骸出現の兆候が表れていた。武官達が空に並んで、出現と同時に攻撃を叩き込めるように準備を整えている。
とはいえ、出現したとしてもまだ前哨戦と言って良い段階だ。消耗を避けつつも骸を相手にしていく形になる。
「普通は……初期段階で出現前の段階で兆候があちこちに点在するようなことはありません。祭事の効果は相当なものですね」
テンドウが水晶板を見ながら言った。起こっている現象からすればカギリの覚醒は順調なようだ。
「名残惜しいけど……そろそろ転送魔法を使う頃合いかな」
「そうね。一気に事態が動いていくこともあり得るもの」
ローズマリーが同意して、エレナが腕に抱いているエーデルワイスの髪をそっと撫でていた。フォレスタニア側もセシリアや迷宮村、フォレストバードの面々が控えていて、こちらも準備万端といったところだ。
みんなで少し時間をかけて抱擁した後で離れ、お互いを見ながら頷き合う。
そうして……子供達を転送魔法でフォレスタニアへと送る。ジョサイア王とフラヴィア王妃にもこのタイミングで戻ることを打診したが、現地で見届けるのが同盟に名を連ねる王族の役目、と両者揃って笑って固辞されてしまった。二人とも責任感の強いことだ。
子供達をキラキラとした幻術で包んでから転送魔法を発動させる。いきなり転送魔法で送って、環境の変化に驚かせないためだ。オリヴィア達が転送魔法の光に包まれると、水晶板の向こう――フォレスタニアでも光の柱が立ち昇り、そうして向こう側に姿を現す。
『おかえりなさいませ、お坊ちゃま、お嬢様』
セシリアやクレア、シリルといった面々が、フロートポッドに乗って戻ってきた子供達を迎える。俺達がいなくても子供達が寂しがることがないよう水晶板や幻術で俺達の声や姿も届けられるし、血液サンプルを揃えたアンブラムが待機していて、あやすのに必要とあらば変身してくれたりする予定だ。
抱擁の際に循環錬気もしていたし、幻術で包んでいたということもあって……泣き出してしまうようなこともなく、みんな人懐っこくキャッキャと笑いながらクレア達に撫でられたりしていた。うむ。
「それじゃあ、少しの間頼むね」
『お任せください』
セシリアはこちらを真っ直ぐに見ながら胸のあたりに手をやって一礼する。
さて。これでこちらはいつでも動ける。
そのまま祭事と町中の様子を見ていると――どくんと、脈動するように城の中央部から魔力の波が広がっていった。かなり強い魔力。神性を帯びたそれは、カギリからの反応だろう。
同時に、町中にも変化が起こった。間欠泉のようにあちこちで黒い靄が噴き上がり、そこから骸達が零れ落ちるようにばらまかれる。黒い柱が骸達を生み出しているかのような光景だ。
一つか二つ、段階が進んだと思わせる変化だな。
すぐさま反応したのは町中に配備され、靄の様子を監視していた武官、術師達である。溢れ出した骸に向かって矢や術を叩き込む。魔力の輝きを帯びた矢や、光弾がそこかしこで黒色の柱に降り注いだ。
しかし何分、出現した数が多い。対応というにはまだ手数も火力も足りない。攻撃を食らった骸も、そうでない骸も、活動可能なものは地面に降り立つと咆哮を上げながらも即座に行動を開始した。
反撃をするわけでもなく、何かに引き寄せられるかのような迷いのない動きだ。統率されているわけでもないだろうに、一定の方向を目指しているのが分かる。
「まだまだ予測の範疇です。かねてからの打ち合わせ通りに」
テンドウの指示に幽世の武官、術師達も頷いて動いていく。
骸達が集落の血族の子供達に引き寄せられるように動くというのは、初めから分かっていることだ。指揮官役がいなくとも、骸達はああした動きになる。数が多いだろうというのも、予想がついていたことである。
「俺も……行ってくる」
「はい。お気をつけて」
「ご武運を」
グレイスやアシュレイが真剣な表情で頷いて。別れを惜しむようにみんなと抱擁を交わし、それから離れる。
「こっちのことは任せてね、テオドール」
「みんなのことも守って見せるわ」
「ありがとう。行ってくるよ」
微笑むステファニアや母さんの言葉に頷き、みんなから見送られる形で、案内役の女官の元へ向かう。元神職の眷属で中枢部のルートが分かる術師兼女官、とのことだ。
「よろしくお願いします」
そう伝えると、女官はこちらこそと、翻訳の魔道具を通して応対してくれる。
そのまま女官を追従する形で広場から出て、中央の城へと向かう。
城と城の間を縫うように進んでいく。中央に近付くに従って魔力が濃密になっていくのが分かる。漣のように静かだが……重苦しい魔力だ。時折脈動するように、強い魔力の波が押し寄せてくる。
その度に、連動するように町中のあちこちで黒い柱が噴き上がる。呪いそのものが形を成した骸達がばら撒かれて、大挙しながら町中を走る。空を飛ぶタイプの骸も、早くも出現し始めているな。
向かう先は決まっている。そこに集落に連なる血族の子供達がいると、呪いの性質故に感知しているのだろう。
今まで通りであれば、骸達の出現はもっと散発的だ。故に通りや家々を陣地として地上で押し留めることも可能であったが――それをするには噴出する歩兵の数が多すぎる。だから、幽世の武官や術師達は地上戦を最初から放棄している。
飛行型は数が少ない。その分地上を走る骸達に対し、空中から一方的に攻撃を仕掛けることはできる。多少の被害は厭わないとばかりにひた走る骸達であったが――。
目標地点の近くまで来た、というその瞬間に。天を衝くような四本の光の柱が立ち昇る。
「まずはここね」
それを遠隔で城の広場から発動させたのは――クラウディアであった。
骸達への対策の一つだ。区画内部に入り込んだ町の一角ごと結界で閉じて分断し、戦力を確実に削ぐためのもの。術式を遠隔発動させるために仕込んでおいたものだ。
移動を阻むだけではなく、浄化の力を宿したそれは、閉じ込められている時間が長引けば長引くほど、内部にいる骸達の力を。存在を削いでいく。
呪いの塊のような骸達が苦痛を感じるのかは定かではないが、自分達を閉じ込める光の結界壁に向かって津波のように押し寄せ、引っかきながらも怨嗟の咆哮を上げる。光に焼かれるように、身体の端から塵と化していくのが見える。
封鎖を逃れた者達は結界に閉ざされたエリアを迂回しなければならない。そしてこちらは手ぐすね引いて骸達が網にかかるのを待ち構えていたわけだ。当然、空中にいる武官、術師達も結界を包囲するように展開している。
骸達が足を止めたそこに、集中砲火が浴びせられた。嵌められたことに気づいた飛行型が咆哮を上げて突っかけてくるも、手練れの武官達がそれを阻む。そんな戦況をカドケウスの五感リンクで確認しながら――俺は濃密な魔力が押し寄せてくる城内を、奥へ奥へと進んで行くのであった。