番外1784 神楽を捧げて
「では――あの方の復活を祈念し、ここに祭事を執り行いたいと思います。戦いは控えていますが、それでも皆にとっても良き時間となることを願っています」
再びテンドウが口上を述べて一礼する。みんなの拍手と歓声が巻き起こり、そうして祭りが始まった。
広場に面するあちこちから太鼓の音色が広場に響き渡り、これから始まる祭りへの期待感を高めていく。太鼓への合いの手となる掛け声が幽世の住民から放たれて、中々にノリが良いというか、勇壮なイメージのリズムと掛け声だ。
その内に周囲の城から空中を舞うように女官達が舞台へとやってくる。カギリに奉じる舞なのだろう。空中で舞っているという違いこそあるものの、夢で見たイズミの舞に割と印象が似ている。
それを見た集落の面々から声が上がった。
「こうした賑やかな祭事ができなくなり、舞う機会も無くなってしまいましたが、失伝しないようにとイズミが残してくれたものです」
「それをずっと伝えていた、というわけですね」
今日までイズミが残したものをきちんと伝えて途切れさせなかったわけだ。本来の祭事の形とは少し違うけれど、それでもカギリの呪いが解ける日が来ることを望んでいたのが伺える。
眷属故に自力ではカギリの呪いは如何ともしがたいものだった。だからこそ尚更悲願になっていた、というのはあるだろうな。
そうして幽世の住民達が奏でる神楽と舞を見せてもらっていたが……やがて次の段階に移る。壇上に上がってきたのは集落側にいるミツキだ。
「これより語るは武家を守りし霧の守り神と、神に仕える巫女の話――そしてそれに連なる血族と眷属達が過去の柵を打ち壊すための物語――」
琵琶を鳴らしながらミツキが朗々と声を響かせれば、場の雰囲気ががらりと変わる。これは前哨戦というか。
まずカギリやイズミのことを改めて琵琶の演奏にて語ることで目的をはっきりとさせ、後で行う祈りの際に感情移入をさせやすくするという思惑がある。
ミツキの琵琶については……流石というか。一気に人を引き込むだけの力量が感じられるな。
俺などは平家物語などから琵琶には幽玄な印象が付き物で、鎮魂に向いたイメージがあるのだが……今回の祭事は活性化ということで琵琶の音色も勇ましく、激しさを感じさせるものであった。
集落の者達も幽世の住民達も、ミツキの語る過去の出来事は既に知っている。それでもその技巧によって話に引き込まれているのが伺える。琵琶による語り物として聴かされるというのは初めての経験というのはあるのだろうが。
ミツキの琵琶と語り物は見事なものであるが……そうやって祭事が進む傍らで、骸達の出現にも警戒を払わなければならない。これについては水晶板モニターで幽世の各所を見られるようにしてあり、そのモニターをティアーズ達が常時監視しているので動きがあればすぐにわかるようにしてある。
まだ――骸達は出現していないようだ。祭りの進行に伴って、場に満ちる力が増しているからそれも時間の問題だとは思うが。
外の状況に変化が生じれば、オリヴィア達を転送魔法でフォレスタニアに退避させる手筈になっている。俺自身も城の中央部に向かい、カギリの覚醒に備える必要が出てくるな。
ともあれ今は祭事の行方と覚醒の兆候に注視させてもらおう。
ミツキの情感に訴えかけてくる語り物が終わり、続いて壇上に登ったのはユラだ。玉串を手に巫女服に面という出で立ちは……カギリの祭事に携わるためのスタイルだろう。
イズミの場合は刀を持って舞を見せていたが、あれは正式なカギリの巫女としての作法だからな。助っ人であるユラとはまた違う。
捧げる神楽や祝詞も、解呪や復活を祈願するものなので今回の祭事のための特別仕様といったところだ。
『掛けまくも畏き嘉霧神。オオカムヒの里を護り給いし時に――』
朗々と響くユラの祝詞。オオカムヒの里というのは……過去の文献から割り出された、かつてイズミ達が住んでいた土地だな。祝詞の内容としては……神を称えるために来歴を口にし、その後に願い事を奏上するというものだ。ユラの祝詞の内容としては、カギリの当時の行いに関して里を護るためのものと述べ、その上でまた昔のように見守って欲しいと願っている。
見守って欲しいというのは、覚醒していなければできない。昔のように……里が襲撃されて被害を受けるより前に立ち戻って欲しいという想いが込められている。
カギリが復活するのなら、それはそれで里の者達にご利益があるというのもあるが……少々変則的ではあれど、これも神様への奏上――お願いに違いない。
ユラの舞と共に神楽が奏でられ、それに合わせるように凛とした声の祝詞が響き渡る。この舞も神楽も、カギリへの想いを込めて捧げられるものだ。テンドウやヨウキ帝との打ち合わせもして、舞や祝詞の内容についてもイズミのしていた祭事をある程度踏襲したものという話だから、相当気合が入っているのが分かる。
そうしたユラの神楽は見事なものだ。幽玄な音色と共に舞うその姿に、集落の人々も幽世の住民達も目を奪われている様子であった。所作の一つ一つ……指先や爪先に至るまで意識が行き届いているというか。
「ミツキ殿もユラ殿も……都の神職だけあって、流石なものですね」
「各々の専門分野では相当なものだ。二人とも天賦の才もあるが、努力家でもある」
テンドウが顎のあたりに手をやりながらもそう言うと、ヨウキ帝が頷く。
二人の場合は……そうだな。信念があるからこその努力という印象がある。ヒタカの平穏やそこに生きる人々を守りたいと思っているのは二人に共通している部分だろう。
ユラの祝詞と神楽によって、ますます場の魔力は高まっていく。幽世側でも集落側でも、高まった力が煌めく輝きとなって舞っているのが見える。
と……水晶板で幽世の町中を監視していたティアーズ達が、腕を振って合図をしてくる。
「どうやら……骸達の方にも動きがあったようですね」
「いよいよか」
俺が言うと、御前が真剣な表情で言う。
街角の一角に黒い靄のようなものが現れているのを、水晶板モニターではきっちり捉えているな。この辺は元々骸達が現れやすい区画ということで監視の目が行き届いている。現地にいるシーカーも武官達が知らせてくれたから、こうしていち早く知らせてきてくれたわけだ。
「出現前の兆候ですね。程無くしてあの近隣から湧き出てくると思います」
テンドウはそう言うと水晶板を通し、各所に配備されている武官達に指示を出していた。
俺も……もう少し段階が進んだのを見届けたら、オリヴィア達を転送魔法でフォレスタニアに送り届け、それから城の中枢部へ向かう予定だ。
「こちらのことは作戦通りに進めておきます。子供達との時間が必要でしたら、遠慮なさらずに」
そんな風にテンドウが言ってくれる。
「ありがとうございます」
その申し出に甘えさせてもらい、みんなと共にオリヴィア達との時間を過ごさせてもらう。一人一人抱き上げると、子供達は楽しそうな声を上げて俺の顔に小さな手を伸ばして触れてきたりしてくれる。
「ん。お父さんやお母さんはこれからお仕事」
「そうだね。頑張ってくるよ」
ヴィオレーネの肉球の感触を頬で感じながらも、シーラの言葉を受けてそんな風に言う。みんなとも抱擁し合い、一緒にそっと子供達の髪や額を撫でたり、頬に口づけをしたりして。
うん。自分が何のためにここにいるのかというのも再確認できる。カギリとの対峙に際しては気合を入れて臨むとしよう。