番外1780 試みに込めた想い
ソウスケを始めとした親子の状況についてはこのまま様子見をしていくこととなった。
やはりお互いを気にしているようではあるが、どちらも思い詰めているという状況ではない。親達は事件が解決してから想いを子供達に伝えると決めたし、子供達側も親から話があると言われたらと尋ねられ、その時はきちんと応じると答えてくれた。
テンドウもそこに立ち会うと言ってくれたのも、安心できる要素だったに違いない。
幽世の住民達も集落から迎えた大人達に対しては割と親身になっている様子だ。眷属化しても子孫だということを考えればこうした対応も寧ろ納得だな。
集落にも現状を伝えると、ヨシカネを始めとした長老達も安心してくれたようだ。
そんなわけで集落側、幽世側の面々共に精神的に安定しているということもあり、俺達や幽世の住民達も含めて祭りの準備に集中できる状況になった。
「此度の祭事、精一杯補佐させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いしますね」
転送魔方陣でやってきた巫女達と挨拶を交わす。
水晶板越しにではあるが、集落の人達にも「都から参りました。後ほど伺いますが、よろしくお願いします」と、挨拶をしていた。
立場としてはユラの部下であり、ミツキの同僚、ということになるそうだ。神楽を含めた神事の専門家達で、集落側で祭事の手伝いをしてくれる面々である。
「ミツキさんも神職だったのですね」
エレナが言うと集落側にいるミツキは苦笑を浮かべる。
『私の場合は肩書きばかりで専門家というわけではありません。ただ、昔のことを思い、平穏や鎮魂のために語り継ぐ役割に限っては、似通っている部分があるかも知れませんね』
「うむ。実際、ミツキの演奏にはそうした効果が期待できるからな。勿論術師達の支援も必要だが」
と、ヨウキ帝が応じる。
にぎやかな祭りを行うだけでも効果はあるけれど、奉る対象のことをきちんと知って、専門家が形にしたほうがいい。祝詞にしろ神楽にしろ。
そのためには奉る対象についての由来、知識が必要となる。勿論、俺が相対するに当たってもだ。
そういった背景もあって、テンドウがカギリについて話をしてくれる、とのことである。
みんなにお茶が行き渡ったところで、それらを見回してからテンドウが言葉を紡ぐ。
「あの方は――武神や守り神としての神格を持ちます。ですが、それは加護を受けた武門の信仰が結実した結果であり……最初からそうであった、というわけではありません」
「つまり……信仰されるようになった存在や切っ掛けが、何か別にあったと」
精霊や人物、物品。或いは現象や場所、地形。そうしたものが武門から信仰されるような形で影響を及ぼし、やがて神格を得た、というわけだ。
後から神格を得た代表格を言うのならクラウディアや四大精霊王だな。月の船と共に降りてきて地上の民を救ったクラウディアは……人前に出なくなったこともあって、本人の考えとは無関係なところで神秘性も高まり、女神として信仰されるようになった。
七賢者と共にベリスティオと戦った四属性の精霊達も経緯は違えど、人々から信仰の対象となって神格を宿すに至ったというのは変わらない。まあ、精霊の場合元を辿れば神秘性を持つ場所だからこそ大きな力を持つに至ったというケースは多いので複合的な要因があったりするものだけれど。
「そういうことですね。あの方が神格を宿したのは私が意識を持つより昔のことではありますが、そのあたりの経緯は明かされています。集落では失伝してしまいましたが、武家にとっての言い伝えでもありましたから。そしてこれは――あの方の名の由来に関わるものでもある」
テンドウは淡々とした口調で言う。このあたりを明らかにするというのは……場合によっては弱点を明かしたり呪いをかけやすくするのと同義でもある。作戦のために必要というだけでは、決して教えてもらえない情報だな。
これからの話でカギリの弱点がわかるとは限らないが、テンドウが俺達を信用してくれたからこそと伝えてくれるというのは間違いない。
テンドウを真っすぐ見て一礼するとテンドウもまたこちらに真っすぐ向き直って頷き返し、言葉を続ける。
「同胞には吉兆となりし嘉なる霧。転じて敵には凶兆、禍なる霧。故にその名となったのです。……霧のお陰で一族の者達の命が救われ敵対する勢力からの攻撃を防ぐことができた。逆に霧のお陰で攻め手が上手くいくことも何度か重なったのです。そこからあの方への信仰が始まり――やがてそれは神格を生み出すに至りました」
……霧と共に現れる武神にして一族の守護神。嘉にして禍の霧、か。
まだ顕現していない精霊の類が彼らの味方をしたのか、それとも単なる偶然だったのか。そこはあまり問題ではないのだろう。信仰という力を核に神格が育ち、やがてそれはカギリという存在へと至った。それだけは確かだからだ。
「信仰したものは武士とその妻子達。だから武士達の守護神に相応しい加護や能力、性格を持つに至る……というわけですか」
「そうですね。貴方があの方の記憶を見ているのであれば、戦う姿も目にしているのではありませんか?」
「ええ。見ています」
霧に絡みついた呪いが混ざっていたから姿こそはっきり見通せない部分はあったが……戦い方はわかりやすく多彩な武芸に通じていた。武士の守護者としての理想を体現した存在と言える。
刀や槍といった品々による白兵戦だけでなく弓の射撃もこなす武神。様々な武芸に通じているというのは、それだけ近接戦闘における対応力が高いということだ。ハイスタンダードであるが故に、まともに戦うならば非常に対策がしにくい。
かといって絡め手は目的にそぐわない。真っ向勝負でなければ過去の記憶を想起させて呪いを強くしてしまう可能性がある。
加えて言うなら、カギリはまだ見せていない力があると見ておくべきだ。霧の中に覆い隠して夢を見せる、生命に活力を与えるというのは、霧の力だろう。守る力の最たるものの発現だが――敵に向けられる禍の霧としての力は、まだ見せていない。
「警戒しておかなければならない部分は把握できた気がします」
「それは何より。祭事の参考にもなりそうですか?」
『はい。きちんとした祝詞を奉ることができそうです』
水晶板の向こうでユラが微笑みを見せた。
「名実共に祭事の復活と言えそうね」
クラウディアが満足そうに頷く。
「元の形とは異なる部分もあるでしょう。しかし、一度失伝したものを復活させようという試みは……とても価値のあるものだと感じます。そう思うのは私が面霊気だからかも知れませんがね」
そんなテンドウの言葉に、付喪神の近縁とも言うべきカストルムがうんうんと首を縦に振って同意していたりする。そんなカストルムも是非援軍にと申し出てきてくれた。
『問題が解決された後には、集落や幽世の方々の間で続けられていくようなものになってくれたら……私としても嬉しいですね』
ユラがそう言って、自身の胸のあたりに手をやって微笑む。
「――ええ。私達としても楽しみです」
テンドウが答えると、幽世の住民達もこくこくと頷いていた。
祭りもカギリを覚醒させるという手段ではあるのだが、それだけには終わらない、良いものになりそうだな。
そうしてカギリの来歴を聞き終えた巫女達を転送魔方陣で集落側に送り届ける。幽世側と集落側における祭りの準備は、こうして着々と進められていくのであった。