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番外1779 悲しみから逃れるために

 お祭りの準備ということで幽世の城内、町中。現世側の集落内部に、幽世に繋がる大岩周辺とそこに至るまでの山道。あちこちを飾り付け、提灯を並べていく。

 幽世で作られた提灯は、色とりどりの和紙で様々な凝った形や模様をしている手の込んだものだ。そうした提灯で飾られていく様は夜になると綺麗なものだ。


 特に霧に覆われた幽世側については……光源から少し離れると霧の中にぼんやりとした光が浮かんで幻想的な風景になるのである。


「幽世側はいつでも夜だからかしらね。こうした灯かりに凝っているのは」


 今日の分の祭りの準備が一段落して城に戻ってきたところで、ローズマリーは興味深そうに手にした提灯を眺めながら言った。


「ここまで来ると、幽世の住民独自の文化や生活様式だからね」


 提灯に使われている紙の染色技術に加え、様々な細かな模様や絵柄を紙に入れていく()き込み、層を作って模様を作る抄き合わせといった加工技術もまた見事なものだ。そうした幽世の住民独特の文化にはローズマリーも興味津々といった様子であった。祭りの準備以外の手の空いた時間には彼らの作った物品や蔵書も見せてもらっているローズマリーである。


「実際この紙の染色や加工技術は多彩で芸術的だな」

「西国にも持ち込めば人気が出そうですね」


 ジョサイア王の言葉に、フラヴィア王妃は手にした薄紫の提灯を照明に透かすように掲げつつ微笑む。


「お望みなら提灯や飾り紙も土産として差し上げましょう。祭りの準備で余った物になってしまいますが」

「それは……嬉しいですね」


 フラヴィア王妃が言うとマルレーンもにこにこしながら頷く。幽世で作られた提灯や紙をかなり気に入ったようだな。マルレーンは勿論、みんなも喜んでくれるし俺も折り紙のレパートリーを増やせないか後で考えておこうと思う。うん。


 幽世は普段から町角に提灯を吊るして灯かりを灯しているが、祭りということで通りに立体的に並べるように飾ったり、建物の間や廊下、吹き抜けといった空間に紐を通してそこにずらりと吊るしたり……かなり華やかなことになっている。子供達が普段から女官達と共に紙漉きの手伝いもしているということもあり、提灯にしろ飾り紙にしろ、かなり作り置きがあるようなのだ。


 飾りは比較的安全な方角に集中している。とはいえ町中をああやって飾っても……骸との戦いとなれば結局ほとんどはダメになってしまうのだろう。

 勿体なくは思うが、それでも盛大に祝うと決めたからにはカギリのためにも景気よく祝いたいというのがテンドウ達の意向だ。突発的な事態にも対処できるよう、飾り付けが終わった区画は人払いの術式で骸達の興味が向かないようにしているから、ある程度は問題あるまい。


「ソウスケ君達のご両親はどうなのでしょう?」


 グレイスが尋ねると、術師タイプの住民達がこくんと頷いてから比較的落ち着いて、真面目に働いている、と答えた。翻訳の簡易魔道具もアルバートから届けられ、みんなとの意思疎通も十全である。


 ソウスケの両親達は骸に襲われた時に対処できないので、主に城の中の手伝いをやってもらっている。但し、子供達と作業スペースや時間が被らないようにしている状態だ。鉢合わせを防ぎつつ、仕事ぶりを見ていこうというわけだが……。


「彼らについては私も報告を受けています。仕事をしている時も真面目で、休憩中も落ち着いて時折談笑しながら過ごしている、ということですね。幽世に来た時に、子供達の姿を水晶板越しに見てもらったので……それで安心できた部分もあるのでしょう」


 テンドウが彼らの仕事ぶりや生活の様子について口にする。

 そうだな。子供達が元気にしているというのが分かれば……彼らとて焦る必要はないのだし。


 彼らとテンドウは、この後面談の予定だ。テンドウも忙しいようだが、割と細かく気を砕いてくれているという印象である。俺達も……彼らとはもう少し話をしておいた方が良いと思うので、同席させてもらうことになっている。




 ソウスケ達の親についてはもう城の一角で待機しているとのことで、俺とグレイス達、テンドウという顔ぶれで連れ立ってそちらへ向かった。


 ソウスケ達のいる区画と通路や階を分けてあるので、少し仕事や予定に気を遣ってやれば基本的に鉢合わせすることはない。仕事を割り振られる場所も滞在場所も結界内部なので、彼らもしっかり守られているから骸が出現しても安心である。


 魔法建築でそれなりに城内の移動もしやすくなっている。そちらへ向かうと、彼らも立ち上がって俺達を迎える。


「お待たせしました」

「い、いや」


 と、少し緊張している様子である。


「あまり堅くならず、楽にして下さっても大丈夫ですよ。面談と言っても、今の状態を把握させてもらう程度のものですから」


 テンドウはそう言って向かいに腰かける。俺達も挨拶をしながら腰を落ち着けると、彼らもそれに続いた。


「さて。幽世の空気には、慣れてきたでしょうか」

「は、はあ。その……どこも霧がかかっていて最初は驚きましたが、どうにか」

「この頭巾のお陰だと思いますが……結構動いてもあまり疲れないってのは楽で良いですね」

「あの方のお陰ですよ」


 テンドウは穏やかに答える。


「幽世の皆との意思疎通に問題はありませんか?」

「それも……大丈夫です」


 俺からも尋ねると、静かに頷いて答えていた。

 彼らにも面や髪飾りではなく布製の頭巾を作って配っているのだ。幽世にいて、カギリが眠っている間は活力が増強し、空腹などから逃れられるというわけだな。因みに翻訳の術式を刻んだ魔石付きで、幽世の住民達との意思疎通もできるバージョンアップ版だ。


 術式を刻んだ魔石についてはアルバートやお祖父さん、ヴァレンティナ、タルコットが用意してくれた。タルコットも魔石に術式を刻むのがかなり上達してきて、魔法技師としての腕を上げてきているのを感じる。

 そうやって今の仕事はどうか。疑問に思っている事は……等々、テンドウは彼らと軽く質疑応答をしていく。そうしてその中で、テンドウが言う。


「では……伝えておきたいことや打ち明けておきたいこと。相談したいことなどはありますか?」


 テンドウの質問に、彼らは少し固まってから思案を巡らせる。テンドウはあまり変わらない調子で言ったが、そうやって幅広く質問や相談をとなれば、どうしても子供達のことを考えてしまうというのはある。


「そう……ですね。辛い思いばかりさせておいて今更遅いってのはあるんですが……。ソウスケがいなくなって思ったことがあるんです。その辺は――誰かに聞いてもらいたいって思ったんですが……」


 そう言ったのはソウスケの父親だった。


「私でよければ聞きましょう」


 テンドウが頷くと、ソウスケの父親はありがとうございます、と前置きしてから口を開く。


「あいつは……ソウスケの母親は……少し前に亡くなっちまって。俺が酒に逃げるようになっちまったのも……それがきっかけだったんです。酒を飲んで酔い潰れれば……あいつがいなくなっちまったことを考えずに済むって」


 仕事が終わって夜に酒を飲んで酔い潰れて眠りにつき、休みの日も考えたくないから酒を飲む。そんなことが当たり前になっていたらしい。それでもソウスケの身の回りのことはある程度していたらしいが、父一人子一人の家だ。父親は酒に逃げられても、ソウスケはそうもいかないだろう。


「そんな風にしている内に、ソウスケが神隠しでいなくなって」


 捜索のこともある。ソウスケのことから酒で逃げるわけにもいかず、どうしても向き合わねばならなくなって。


「だから……思ったんです。ソウスケには、随分辛い思いをさせてきてしまったんだろうなって。俺は、自分があいつを失った悲しみから逃げたくて……向き合いたくなくて。酷いことをしてきました。あの子がいなくなったのも、山の神様が見かねたからなんじゃって……そう思っていたところに、こういう話だったから、逆に納得したところがあって……」


 だから。ソウスケにも幽世の人達にも申し訳が無いと。そう彼は目に涙を浮かべて頭を下げた。

 そう、か。自堕落からではなく、悲しみに向き合いたくなくて、か。だから俺達が集落に行った時にはやつれてはいても酒気は完全に抜けていたんだろうな。


「それを――ソウスケ君にも伝えてみれば良かったのかも知れませんね」


 言葉が、口をつく。俯いていたソウスケの父親は顔を上げてこちらに視線を向けた。


「子供は……大人を実情以上に強いものだと思っている部分もありますから。大人は大人で、寂しくて、傷ついてしまうというのを……おいそれと見せられないというのもありますね。そういうものも……目の当たりにしました」


 少し、遠くを見るような目になって言う。

 俺も……母さんを失って、周りにまで目を向けられなかった時期がある。ガートナー伯爵領の大人達に関心を無くすほどに失望したこともそうだ。

 彼らは踏み込む勇気が持てなかった。自分や自分の身の回りの誰かを守ろうとしていたというのもある。彼らの気持ちにまで想像が及んだのは、俺がもう少し大きくなってからのことだ。それでも、彼らから直接話をされるまで。俺の気持ちを伝えるまで。受け入れたいとは思わなかった。


 だからだ。きちんと言葉にしてもらわなければ分からないことや伝わらないこともある。気が付いていても、きちんとけじめをつけてもらわなければ受け入れられないことというのだってある。


 自分の身の周りに起きた……そうした話を考えと共に伝えていく。子供の両親達も、テンドウも。静かに、真っ直ぐにこちらを見てそれを聞いていた。


「まして……傷ついていたのは愛した人の為だというのなら尚更。それを……いずれ会えた時にきちんと伝えてあげて欲しいと。そう願います」


 そこまで伝えると、ソウスケの父親や、子供達の両親達は各々思うところがあるのか。目を閉じたり、遠くを見て想いを巡らせたりしている様子であったが、やがてソウスケの父親が俺を見て言う。


「わかり、ました。きちんと伝えられるよう、考えてみたいと思います。許してもらえるかは、分かりませんが、それでも」


 そんな風にいうソウスケの父の表情は、少し吹っ切れたようなもので。


「上手く……行くと良いですね」


 グレイスはそう言って。俺の手の甲にそっと手を置いてくれる。そちらを見るとみんなも俺を見て微笑みを向けてくれたり、頷いたりしてくれた。

 うん……。そうだな。一度では受け入れてもらえなくても、親子なのだからそれで終わりというわけではないのだし、憎しみあっているわけでもない。歩み寄る気持ちがあるのなら、関係を再構築できる可能性は残るだろうから。

いつも応援頂き、誠にありがとうございます。

活動報告にも記載しておりますが、執筆用に使っているPCが不調で起動しなくなってしまいました。


復旧までの間、数日更新滞るかも知れません。

早めに更新再開できるようにしますのでお待ち頂けますと幸いです。

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[良い点] 獣腹毛気になり大太鼓を抱えて音頭取る惰弱路線に逃げる
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