番外1777 集会所にて
そうして――ユキノが集落を出てから離宮に向かい、ヨウキ帝や俺と知り合ってからのことを順番に説明していく。
かなりの強行軍であったのは話からも明らかだ。長老達が配慮した部分を除き、ユキノは有りのままを伝えている。それに対する集落の人達は、真剣な表情で聞き入っている様子だった。
ユキノ当人に対する集落の人々からの信頼もあって、冷静に話を聞いてもらえる状況を作れたと言っていい。ユキノと共に戻ってきたコタロウやウタ。そしてウタと寄り添う彼女の両親。そうした姿は人々に事態が好転したと思わせるに足るものだからだ。
神隠しについては、長年に渡って集落の悩みの種だったしな。
確かに……行方不明になってユキノを探すために捜索隊まで組まれていた。集落の外に助力を求めたという点についても否定的な意見を持つ者もいるだろう。
だが子供達は無事戻って来て……原因と解決策の提示がなされている。成果として見るならばこの上ない程と言っていい。しかも心配や迷惑をかけたとユキノから頭を下げているのだ。これを責める者はいないだろう。
『ユキノの話にあった通り……幽世で事態の対応に当たっている方々は、事態の解決までの道筋を示し、実行しようとしていらっしゃるとのことだ』
『ユキノはそれを受けて、話があると言っておる。まずその意見を聞くとしよう。極論してしまえば、その話を受けるか受けないか、というところに尽きるのでな。今後に関わる重要なこと故……ユキノの考えを聞いた上で、皆からの忌憚ない意見を聞きたい』
長老の一人がそう言うと、ユキノは真っ直ぐに見返して頷き『では――』と前置きしてから集落の皆に向かって言葉を紡ぐ。
『幽世の成り立ちについては……先程話した通りです。ヨウキ陛下やテオドール様、テンドウ様達は、神様を目覚めさせて戦い……最終的には神様と結びついてしまった呪いそのものを断ち切ることを目標としているのですが……』
その上で――とユキノは続ける。
『私達にも、しなければならないことや、知っておかなければならないことがあると思ったんです』
ユキノはそのために集落に戻って伝えなければならないと、そう考えて動いている。祈りや想いの力が、呪いに対抗する力になるというのであれば、本当のことをきちんと伝えなければならない、と。
過去の話を聞いてそう強く思ったのだと。ユキノは少し眉根を寄せて自分が感じたことを皆に伝えていく。
『私達の祖先を助けるために呪いを引き受け、夢の中にあっても子供達のことを心配しているから、無意識に条件に合った子供を招いてしまっている……。私も怖がってしまいましたが、本当のことを知った上で見ると、とても……優しい護り神様だと思うんです』
だから本当のことを知った以上はそれを伝えないという選択肢はユキノにはない。知った上で判断するべきというのは確かにその通りだと、俺も思う。
切々と自分の考えを伝えるユキノ。皆もカギリの心情を慮ってか、それとも自分も怖がったという言葉に我が身を振り返ってか。目を閉じてかぶりを振ったり、物憂げな表情を浮かべたりしていた。
『……お山の神様への考え方を改める必要があるわけじゃな』
ミクリがそう言うと、ユキノも首肯する。
『はい。みんなで幽世でのお祭りに合わせて、守り神様への祈りや感謝の想いを込めては貰えませんか?』
ユキノからの集落の人々への頼みは、ささやかなもので。けれどそれだけでも大きな力になるものだと思う。
『それだけで……良いんだろうか?』
――そう言ったのは、集落の男だった。
『骸の形をした呪いが襲って来る幽世で……子供達は守られてるとはいえ、それを承知で祭りをするってわけだろ? 俺達が外で……安全な場所で祈っているだけで……それで、良いんだろうか?』
『それは――どうするべきとは言えません。私達が行こうと思うだけで行ける場所ではありませんし、受け入れる方々の考えもありますから』
ユキノはその受け答えも予想していて、静かに答えた。勇気の有無に関係なく、みんなに祈ってもらえれば、と考えているからだ。骸達が出現する危険がある中を、自ら幽世に足を運んで、祭りに参加ともなれば、それは心理的なハードルが高くなるし、逆に参加しないことで負い目を感じてしまったり、その後集落での立場を悪くさせてしまうようなことは避けたい。
だから、理由付けをしたわけだ。俺達側の都合だと言えば全員幽世に向かうような論調にはなるまい。
それでも、立ち上がった者はいた。
『お願いだ……どうにか幽世に行けるよう、話を通しては貰えないか。あっちで……あいつに会ってもらえなくても良いんだ。でももっと何か……自分にできることをしたい……! 危険だって言うなら、それだからこそ……!』
無精髭にやつれた頬。しかし目の色はしっかりとしていた。その人物は――ソウスケの父だった。長老達が話をしにいったところもシーカーで確認していたから顔と名前の一致はできている。
『お、俺もだ!』
『わ、私も……!』
次々に立ち上がる。その人物達はやはりというかソウスケの父と同じく、神隠しに遭った子供の親達であった。
ユキノは――目を大きく見開いてから、真剣な表情を向けてはっきりと頷く。
『分かりました。その、テンドウ様達に連絡をして、その結果をお知らせすると約束します』
そうだな。長老達のしてくれた配慮もある。ここで話をするというのは得策ではあるまい。
それぞれの両親も納得してくれたのか、頷くとまた大人しく敷かれた御座の上に腰を下ろす。
『俺みたいに、希望した者もってわけにはいかねえのかい? 同じ里の仲間が苦労してるってのに外で見てるってのはどうも性に合わねえ』
そんな風に言ってくる気風の良い男。ユキノはそうした希望者についても相談してみます、と答えていた。
「ふむ。こちらに来ることを希望するならば、私達としては受け入れることに問題はありません。親達との接触については様子見をして慎重にせざるをえませんが……なるべくなら希望に沿うようにしてやりたい、とは思いますね」
と同時に、勇気を出せない者、来られない事情がある者が祈りの際に引け目を感じないように、もし撤退することになった時に集落側の留守を預かる者が必要だろうと……残れる理由までテンドウはしっかり考えてくれている。
役割分担、ということなら問題はあるまい。建て前に限った話ではなく、実際必要なことでもあるのだし。
ともあれ、集落の人々はこちらが予想していた以上に幽世側に移動して力になりたい、という者が多い印象だ。元が武家だからか、それとも閉塞していた状況下に解決策が舞い込んできたからか。今こそ何とかしたいと思っている者が多いのだろう。
祈りを届けるという話についても、反対意見は出なかった。祭りを行うこちらの方針に対しては総じて乗り気といった様子だ。
これなら……集落側のきちんとした協力も見込めそうだ。
全体が集まっての話し合いで方針が定まったところで、今日の集会は一先ず終わり、ということになった。テンドウ達からの解答と共に幽世への受け入れも明日には行われるから……ここからは骸の迎撃態勢構築と祭りの準備が進められていく事になるだろう。
「和解も……きちんとできると良いのですが」
ミツキも集会の様子を見守っていたが、無事に進んで安堵したように胸を撫で下ろし、そんな風に零していた。そうだな……。ソウスケ達も和解できれば、それに越したことはない。勿論、各々を取り巻く状況が改善されるのなら、という話ではあるけれど。