番外1775 また立ち上がるために
ヨウキ帝は、幽世の外縁部から外に出られないよう、封印を施しにいった。骸達は今まで幽世の外に脱出したことはないとのことだが……。
アカネとオズグリーヴ、エスナトゥーラが護衛として付き添っている。タダクニとイチエモンが出払っているから人手が必要ということでバロールも付き添っているな。必要に応じてゴーレムを作り出し、ヨウキ帝の作業を手伝うことができる。
そんなヨウキ帝の作業風景を水晶板で横目に眺めつつ、テンドウ達と共に城のあちこちに仕込みを行っていく。
「あれらが現世に向かうには、あの方の意識の覚醒が必要なのです。あの方の意識と呪いは絡み合うように繋がっていますから、完全に目覚めないと骸達も夢と現の挟間に存在するものでしかない」
ヨウキ帝の様子を見ながら、テンドウが言った。骸達が外に出ていけない理由だな。
カギリとその巫女であるイズミが幽世と夢を利用して構築した封印のようなもので、そうでなければ骸達は集落の人々に襲い掛かっていただろうと、そうテンドウは教えてくれる。
そうやってイズミについて触れるテンドウには、彼女に対しての尊敬が言葉の端々から読み取れた。
「イズミさんのことを、尊敬しているのですね」
「それは――そうですね。彼女があの時……再起して皆を纏めることがなければ。血族達も私自身も……今のような形にはなっていなかったでしょう。それに私がまだ面霊気として目覚める前から、代々の巫女達には大切にしてもらえました。イズミも――そこは同じですね」
テンドウはそう言って、自分の面に軽く触れる。なるほど、な。
イズミの再起。断片的ではあるが、その記憶は俺も見ている。あの武士達の里は大きな被害を受けてしまった。敵を撃退はしたが、守護神であるカギリは呪いによって穢され、数多くの者達が命を落とし……惨憺たる状況だったと言っていい。
そんな中にあって立ち上がって、前を向いた……向かせたのがイズミだったのだ。立ち直り、といってもそれは肉体的な話ではなく、精神的な部分での話である。
あの一件の後、実際身体にはかなり負担がかかっていたのだろう。しばらくは満足に立ち上がることすらできなかったようだ。それでもこれからの方針を立てて、生き残った者達で団結して動こうと皆に呼びかけたのである。当人も内心では相当辛かっただろうというのは想像に難くはないが、それでも。
「その時の記憶は断片的に見ましたが……まだ回復もしていなかったのに術と精神力だけを支えに起き上がり、生き残った人達に巫女として至らなかったと伝え……それでも力を貸して欲しいと頭を下げていたようです」
「――ええ。その姿に心を打たれたのでしょう。人々が纏まり、そしてそれは信仰心や想いの力を集め、私が面霊気として目覚める切っ掛けにもなった。私が目覚める前の出来事として話には聞いていますが……その記憶を垣間見ることができたというのは……正直羨ましいことです」
テンドウの言葉に、マルレーンが俺を見てくる。言いたいことは何となく分かる。
「マルレーン、ランタンを貸してもらっても良いかな?」
そう言うとマルレーンは明るい笑顔になって、ランタンを手渡してきてくれた。そんな彼女に礼を言ってから垣間見たその時の記憶を映し出すと……テンドウは「ああ……」と短く声を漏らす。
あまり長い記憶ではないけれど。生き残った人達の前で無理やり立ち上がり、言葉を投げかけるイズミの姿は病み上がりとは思えない程に毅然としていて、凛とした佇まいだ。
「生き残った人達が団結したのも……分かる気がします」
アシュレイがそう言うと、みんなも遠くを見るような目をして頷いていた。
カギリの力を抑えることができなかった……自分が未熟だったが故に想いに同調してしまったとイズミはそう言って頭を下げたけれど。
暴走したとはいえ、生き残った人達はあれで助かったのだ。強い祈りや感謝の想いを向けられるのも頷ける話だ。
「実際イズミを責める者は誰もいなかったと記憶しています。というよりも……そうやって団結し、目標を持って動いていた方が良いのかも知れませんね、ああいう時は」
それは……そうだな。そうかも知れない。俺の場合は……立ち直るのにはかなり時間がかかった、と思う。
父さんの庇護があったし、死睡の王は母さんに撃退されていた。その時できることが何もなかった。何もしなくても、生きていられた。だから、何度も何度も考えて、あの時の事に目を向けてばかりいたのだ。
復讐する力をつける為に。或いは二度と奪われない為に。そういう考えや感情を原動力に立ち上がれるようになったのはしばらく経ってからのことだ。そう考えれば、本当の意味であの当時に立ち直れていたのかどうか。
イズミ達の場合は――敵もいる。しなければならない物事もある。
そういう時に何かしなければならないことがあるというのは、必ずしも悪い事ではない。少なくとも目の前の物事に目を向けて、手一杯である内は……起こってしまった出来事に向き合わなくても済むからだ。そういう意味では集落の人達も、本当の意味ではすぐに立ち直れていなかったのかも知れないけれど。
それでもイズミは、彼らにとっての精神的な拠り所になっていたのだろう。イズミもまた、そうやって彼らが立ち直っていく姿が支えになったと……そう、思う。
『ふむ……。ここはこれで良いだろう』
と、水晶板の向こうから声が聞こえてくる。ヨウキ帝がいくつかの石を積んで、木々に札を張っているのが見えた。外縁部に術を施しているのだ。幽世は全周でいうとかなりの距離になるから、これらを全て結界線で覆うというのは相当骨が折れる作業になってしまう。
だから……幽世側には方位を幻惑する術を張り、現世側――幽世の外で社の周辺に小規模な障壁型の術を展開することで効率的に二重の足止めを行う、というわけだ。方位や感覚を惑わす系等の術式は、ハルバロニスでも使われていたな。あれも森全域が効果範囲になっていしたし、技術体系こそ違うがこの手の術は範囲を広く取りやすい傾向がある。
更に言うと、ヨウキ帝の使う幻惑陣は外周に向かおうとすればするほど効果が表れ、突破された時にはそれを察知できる、とのことである。
『鳴子の術というものでござるな』
と、イチエモンが教えてくれた。鳴子というのは縄に木片などを括りつけ、縄が揺れると音が鳴る、という……簡易な作りの警報装置だな。
読んで字の如く、設定した空間を何かが横切った場合、連動させた物品が音を鳴らすなりして知らせてくれる、というわけだ。
『鳴子の術を用いる場合、これに連動させている』
ヨウキ帝が掌に乗る程度の人形を見せてくれる。鈴を手に提げているようだが。
『実はあの絡繰り人形については私が作ったものだったりします』
コマチが明るい笑みを見せる。
『ふっふ。出来が良い物故に術の精度も上がるのでな。重宝している』
ヨウキ帝が笑う。鈴の鳴らし方を何種類か持っており、それによって単なる来客なのか侵入者なのか。緊急性の有無などを知ることができるそうな。
『では、次の場所に行くとしましょう』
オズグリーヴが魔法の絨毯を広げて次の場所へ移動。東西南北に鬼門、裏鬼門の方向と……要所要所に仕掛けていくものらしく、そうやって術を仕込んだ現場そのものにも保護と隠蔽の術式を施しているようだな。
俺とヨウキ帝の作業は各々順調に進んでいたが――集落の方でも動きがあった。どうやらこれから、皆で集会所に集まって話をするようである。