番外1773 己の行いを
「おお……。ウタの両親も駆けつけてきたようですね」
幽世の住民達と共に改築案を練っていると、テンドウが言った。みんなや幽世の住民達もウタとその両親については気になっていたのか、水晶板に注目が集まる。
丁度ヨシカネがウタの両親を連れて戻ってきたところのようだ。二人も緊張した面持ちであったが、家の中に入ると、その瞳が大きく見開かれる。
『ウタ……!』
『ああ、ウタ……!』
『お……お父さんっ! お母さん……っ!』
ウタの姿を認めるなり名前を呼んで駆け寄ってくる両親にウタからも駆け寄って抱き着いていく。そうして……一家がお互いを抱き締め合い、肩を震わせて嗚咽を漏らしていた。
『無事で……無事で良かった……!』
『苦しく、ない? 大丈夫?』
『うんっ! うん……っ! 大丈夫、だよ、お父さん、お母さん……!』
そうやって寄り添う家族の姿に……テンドウは目に宿る光を細めて……瞑目しているのだろう。住民達も少し顔を伏せて、布の下に手をやったりしていた。
「コタロウやウタのような家族の姿を目の当たりにしてしまうと……やはり思うところはありますね」
「それも一面ではありますが……救われている子も間違いなくいるかと」
「そう……ですね。ですが、こうした側面を実際に見ていなかった、というのは己の行いと本当の意味で向き合ってこなかった、という事でもあります。やはり……今の幽世の抱えている問題は、解決すべきなのでしょう」
俺の言葉にテンドウは目を開くと、ウタとその家族を静かに見やる。そう……だな。子供達を大切に保護し、学ばせ、鍛え、遊ばせて……しっかりと育てていたとはいえ、本人やその家族には、幽世の維持や集落の安全のために犠牲になってもらっているという側面は否めない。
「解呪が……上手く行くよう頑張りましょう」
「そうですね。それでコタロウ君達は、また家族と一緒に暮らせるようになりますから」
母さんがそう言うと、グレイスもオリヴィアをそっと腕に抱きながら言う。母さん達としても、今の光景には気合が入るものだったのだろう。真剣な表情で頷き合っていた。
ウタとその両親は――暫くの間抱き合っていたが、やがて気持ちも落ち着いてきたのだろう。ウタの体調を改めて確認していた。
『私は、大丈夫だよ。あっちにいると元気が出てくるから……みんなと走って遊んだりも、できてたの』
『そう、か。ウタはずっと外で遊びたがっていたもんな。俺や母さんは寂しがっていたけれど、その辺は幽世の神様や、テンドウ様に感謝しないとな』
そう言って両手を握って見せるウタの仕草と返答に、彼女の父は少し笑って彼女の髪を撫でる。
『幽世から出てきて……今は大丈夫なの?』
『うん。それも、テオドール様が……じゅん、かん、で生命力の……ほきょう……? っていうのをしてくれたから、しばらくは大丈夫だろうって』
少したどたどしく俺からの循環錬気の説明を思い出しながら答えるウタである。そんなウタの様子に、彼女の両親は少し泣き腫らした目ではあるが微笑ましそうにうんうんと頷いていた。
二人ともしっかりと事情は聞いているようだな。この辺はヨシカネがきちんと話をしてくれた結果だと思う。この調子で集落の人達にしっかりと話が伝わってくれていると良いのだが。
集落側への通知は長老達に任せるしかない。集落の面々は部外者にあまり慣れていないし、それぞれの事情も把握していないから説得や話の切り出し方にしても集落内の人間でなければスムーズにはいくまい。
ともあれ全体への事情説明と周知がまだ終わっていないということもあり、ウタとその両親はそのままユキノの家に留まることとなった。親子水入らずの時間はもう少し待ってからになるだろう。
あちらはほのぼのとした雰囲気だ。一段落した様子を眺めつつ、城の構造をどう変化させ、どう守りやすくするかを考えていく。
「ん。構造は入り組んでいるけれど、結構利用できそうなところもある」
シーラは言いながら立体図のいくつかの箇所を示し、兵を潜めておけそうな場所を指し示す。
「それなら……この辺に戦力を置いて、足止めしてから挟み撃ちにできるのではないかしら」
「いいね。そうすると……この吹き抜けから誘導するのが良さそうだ」
ローズマリーの提案に頷く。
相手方の狙いは幽世にいる子供達という一点であり、かなり明白だ。それだけに誘導は容易と言える。
それに……こちらの誘いに乗らなくなったとしても、最終的な形は目に見えているのだ。最後で帳尻が合わせられるようにすればいい。
「最終的な形としては、主城中央部の変化ですからね。それに合わせて動けるようにしておけば、相手方の出方がどうであれ、有効な手を用意しておけそうです」
「ふむ……。それは確かに」
ヨウキ帝も思案しながら同意する。
だから主城中央部が崩壊、或いは消失しても守りやすく。或いは俺とカギリの戦いに横槍を入れられないように、援護しやすい形にしておくのが望ましい。そして、骸達の侵攻は地上と空中、両方からが予想される。骸達の発生が地から湧き立つ歩行型から始まる、というのが常だから、というのがテンドウ達の経験則である。
カギリの覚醒が進むにつれ、飛行型が増えてくるというのも集めた情報にある通りだ。
敵は最初地上からの侵攻を始め、次第に空中からの増援が増えてくるというわけだ。かといって歩行型が飛行型より総じて弱いのかというとそんなことはなく、カギリの覚醒が進むと歩行型の方に大きな個体等のバリエーションが出てきたというから侮るわけにはいかないようだ。
ともあれ地上と空中、双方からの侵攻に備えが必要となる。
テンドウと相談しながらそういった情報を共有し、それに応じた改築案を出していく。
「因みに……これまで行ってきた祭事に関しては早期にやればすぐに収まるのかと言えばそんなことはありませんでした。あの方の意識がある程度浮上していないと祈りや想いも感知されにくいから効果が薄れてしまうのでしょうね」
「防衛可能な程度を見極めて祭事を行っていたわけですか」
オズグリーヴが顎に手をやって言うと、テンドウが首肯する。
「そうですね。時期も目安にはしていますが、準備だけ終わらせておいて最後に覚醒の段階を見ながら調整してきました。とはいえ、此度の祭りは逆に覚醒を促すというもの。時期を見極める必要はありません」
「準備が出来次第行動に移る、と」
「そういうことになるでしょうね」
まあ……それは分かりやすくて良い。
改築案をまとめていると、集落の方でも動きがあった。長老達がユキノ達のところへ戻ってきたのだ。
『周知は一先ず終わりじゃな。いずれにせよ集会所で全体への話をする、ということにはなりそうじゃ』
『別個に話を通したというのもある。不安がっておる者もいるが、全体的に見れば落ち着いておる方だろう』
『子供らの無事は概ね喜んでおったな』
と、長老達が結果を伝えてきてくれる。そうだな。集落の様子はハイダー達で確認できるが、現時点では落ち着いている。
ともあれ、俺は俺の作業を進めていこう。改築案は纏まっているからな。
「資材については……許可が貰えれば他の棟から引っ張ってきてしまう事も可能ですね。同じ素材が得られるのでそのまま使えますし」
「そんなことが可能なのですか? こちらとしては構いませんよ。使っていない区画は多いですからね」
提案するとテンドウはそんな風に応じてくれた。何らかの形で使っている棟もあるし、防衛において利用価値のある区画もあるが、それ以外なら構わないと候補をリストアップしてくれた。
これなら……実際にすぐ動いていけそうだな。早速解体と改築に取り掛かるとしよう。