245 宝石の正体
エリオットは眠り続けたままだ。すぐ城に運び込み、みんなに見てもらうことにしよう。
その時、丁度合わせたかのように城から仲間の飛竜達を引き連れて、リンドブルムが港に戻ってくる。
「ありがとう、リンドブルム」
普段、リンドブルムはその背中に俺以外を乗せようとはしないのだが……緊急事態だからか、アシュレイを乗せてくれたというわけだ。労いの言葉をかけて鼻のあたりを撫でるとリンドブルムは目を細めて喉を鳴らす。
「城に戻る。頼めるか?」
リンドブルムが頷く。レビテーションをかけてエリオットを担ぎ、リンドブルムに跨る。各々飛竜に乗って城へ。城に着くと、すぐにみんながやってきた。
エリオットを横たえて、クラウディアとローズマリーがその額を調べる。
「……これは」
「くっ付いているというよりは、埋め込まれているのね」
クラウディアは目を見開き、ローズマリーは眉を顰める。
「この宝石が何か分かる?」
「私は……知らないわ」
問い掛けると、ローズマリーは首を横に振る。反応から見る限りでは、クラウディアは何か知っているようだが。
「……カエクスジェム。宝石のように見えるけれど、魔法生物の一種だわ」
クラウディアが言う。
「魔力を乱し、第三の目となり代わる。心の目を塞ぎ、認識や記憶を誤らせる。故に盲目の宝石とも言われるわね」
第三の目……ね。だから額にくっ付くというところか?
確かに宝石ではあるが……見ようによっては縦長の目のように見えなくもない。
そういえば、エリオットも額に付いているのが当たり前といった調子だったな。本来隠すべきはカエクスジェムのほうだろうに、仮面を剥がされた時に気にしていたのは顔の火傷だった。
エリオットにとっては、この宝石は別段違和感のあるものではなかったということなのだろう。
「対策は?」
「魔力の正しい流れをせき止めているのだから――本人の魔力の流れの強さ次第で打ち破ることができると聞いたことがあるわ」
「なるほど……」
要するに正しい流れの勢いを強くすることで、邪魔な場所から退かしてしまえば良いと言うわけだ。だが……それには確認しておかなければならないことがある。
アシュレイは魔力を反射させてエリオットの額の様子を診ている。
「……どうかな。骨より内側に、宝石は埋まっている?」
アシュレイに尋ねる。もし、カエクスジェムが脳まで達しているようであれば……さすがに迂闊な手出しが難しくなる。
その場合はカエクスジェムそのものの除去を諦めて、別の手を探す必要がある。
例えば魔法生物であるジェムそのものに、グレイスの指輪と同じ特性封印の術を施すことで無力化して解決を図るだとか……そういう方向になるだろうか。恐らくそれでもエリオットを正気に戻すことは可能なはずだ。
「大丈夫……です。骨……までは触れているとは思うのですが、そこで止まっているように思います」
アシュレイの見立てでは悪くなさそうな様子だ。まずは第一関門クリアというところか。念のために俺も循環錬気で確認し、それで問題が無さそうならエリオットの宝石を除去する作業に移ろう。
「それじゃあ、始める」
「はい」
エリオットの側に屈んで、上体を起こしその背に触れる。目を閉じて弱い魔力をさざ波のように打ち込んで、その反射に集中する。
額の部分を精査し、アシュレイの見立てに間違いがないかを確認していく。……ん。確かに。これなら行けるか?
続いて循環錬気。魔力を高め、練り上げていく。クラウディアは魔力の強さ次第で打ち破ることができると言っていたが……エリオットほどの実力があってもあの調子だったのだから、これを破るには相当な魔力が必要になるのだろう。
だから、いつも以上に練り上げる。循環循環。練り上げて魔力の流れを高め、カエクスジェムによって乱されている魔力の流れを、本来あるべき形へと整えていく。川の流れを堰き止める木々を押しのけるように。俺とエリオットの身体から余剰の魔力が放射され始めたところで、額に埋まっているカエクスジェムがぶるぶると震えだす。
「退けッ」
一際魔力を高める――と、呆気ないほど簡単に宝石が押し出されて、乾いた音を立てて床に転がった。
驚いたのはその後だ。ただの宝石に見えたカエクスジェムの縁から、爪というか足というかが生えて、そのまま逃げ出そうとしたのだ。
「……往生際が悪いわ」
ローズマリーはそう言って、目の前を横切ろうとしたジェムを爪先で踏みつける。と、ジェムは甲高い鳴き声を上げた。
ローズマリーはその反応と、靴の下でもがく感触がお気に召さないらしく、不快げに眉根を寄せる。
「これ……どうするの?」
「……証拠品だから。土魔法で梱包して、種族特性の封印で」
「そう……」
ローズマリーが嫌そうだったので、さっさと梱包して封印術を施してしまうことにした。俺が作業をしているその間に、エリオットの額の傷をアシュレイが治癒魔法で塞いでいる。
額の傷は――うん。治癒魔法をかけるのが早かったからか、綺麗に塞がりそうだ。一応俺ももう一度循環錬気で異常がないかを確認する。エリオットはまだ目を覚ましていないが……魔力の流れとしてはもう全て正常だ。
魔力の印象からすると、普通に眠っている人間のそれだな。
「まずは……エリオット殿を寝台で休ませましょうか。少々話し合いの時間を取らねばなりますまい」
と、ジルボルト侯爵が言った。
エリオットを寝台に横たえる。アシュレイは桶に水魔法で冷水を張り、手ぬぐいを濡らして額に乗せた。
「アシュレイ、大丈夫?」
そうやって看病するアシュレイの近くに、セラフィナが飛んでいきマルレーンが寄り添う。アシュレイは笑みを浮かべて大丈夫ですよ、と2人に答えていた。
エリオットの様子を診ながら、声のトーンを落として話し合いの時間を取る。
「城内の状況はどうなりました?」
「内通者は捕獲して牢へ。残りがいたとしても判明するでしょうな」
そうだな。内通者が慌てて動くかも知れないという部分までは予想通りだ。それによる混乱や指示などの時間を見越して、王都への出立は船が到着した次の日にという予定になっている。
「王都へ出立する準備も予定通り進めております」
まあ、侯爵領の問題は概ね片付いたと見て良いか。
「問題は、エリオット卿の容態ね」
ステファニア姫が微かに眉根を寄せる。
「魔力を見た限りでは、普通に眠っているだけに思える」
「回復までどれぐらいかかるかでしょうか」
「そうだな」
グレイスの言葉に頷く。記憶と認識がすぐに戻るのか。或いは混乱があるのか。それ次第でエリオットをどうするのかを考えなくてはいけない。
目覚めて認識がすぐに改善しないなら……例えばタームウィルズに転移魔法で送って、しばらくの間あちらで療養してもらうという手だってある。
「こちらも明日の朝まで様子見かしらね。出立前までに見極めれば良いことよ」
クラウディアが目を閉じて言う。
タームウィルズには、今回の顛末を通信機で連絡を入れておこう。
「ザディアスは、何故彼に目をつけたのかしら」
イルムヒルトが首を傾げる。
「それも疑問ではあるわね。他国の貴族の子弟を魔法でなんて、私だったらジェムを見つけたとしても危険性が高くて選ばないもの」
「ザディアスが彼の出自を知らないなら……それもあるかも知れない」
ローズマリーが羽扇を弄びながら首を傾げ、シーラがそれに答えた。
なるほど。記憶を失ったところを拾ったからか?
「それはあるかも知れないな。記憶喪失であるのを良いことに、保護したという名目で記憶の回復を防ぐ処置をした。そうすれば帰る場所が無くなるから手元に置ける。或いは問題があるのは分かっていても、魔法の才能を見て引き抜きたくなったっていう可能性も考えられるな」
「水魔法に特化した魔力資質を持っている護衛というのは……確かに欲しい存在ではあるわね」
治癒や解毒の魔法が使えて、剣の腕も立つ。そしてジェムが機能している限りは裏切らない。そう考えれば手間をかける価値もある……のだろうか。
「ジェムを埋め込む場所は、必ず額なのですか?」
グレイスが首を傾げる。
「そうね。位置は変えられないはず。元々……人に使うものではないのだけれどね」
クラウディアが言うには……例えば竜だとか、支配の難しい生物を強制的に従わせるために用いる物らしい。
もっとも、竜のような相手をジェムで従わせるにはかなり巨大で性能に優れたカエクスジェムを創造しないといけないそうだが。
ふむ。あの仮面はジェムを隠すためだ。火傷の痕はその理由付け。だから、何人もの相手にジェムを埋め込むなどという手は取れないだろうが……。
「……幾つかの疑問には、答えられる、と思う」
あれこれと思案していると、そんな声が室内に響いた。
「エリオット兄様!」
アシュレイが明るい表情を浮かべる。エリオットは横たわったまま、天井を見つめるようにして目を開いていた。
……暴れ出す可能性を考慮していたが、どうやら冷静なようだ。ライトバインドの拘束を解くと、額に乗せてある手ぬぐいを手に取って静かに上体を起こした。
「まだ、動かれては……」
「大丈夫だよアシュレイ。そんなに悪い気分ではないんだ。頭の中の霧が、晴れたような気がする。今まで疑問に思ったことも、色々。腑に落ちたというか」
エリオットは苦笑すると、俺に向き直って深々と頭を下げてきた。
「テオドール殿と仰いましたか。まずは礼を言わせてください。どうやら貴方は、私の命だけでなく、心まで救ってくださったようだ」
「いいえ。ご無事なようで何よりです。ですがまずは、アシュレイの話を聞いてあげてください」
エリオットにそう答えると、エリオットは少し目を丸くしてから、穏やかに頷いた。
「アシュレイ……すまなかった。今まで苦労をかけたね」
「……いいえ。お帰りなさい」
アシュレイは静かに微笑むと、エリオットがいなくなってからのことを兄に語って聞かせる。エリオットはアシュレイの話に時折質問を返したり相槌を打ったりと、かなり落ち着いた様子だ。
ジェムが無くなったことで記憶の回復を阻害する要因が無くなったというところか。
「――それで、私はテオドール様と婚約をしたのです」
「えっ? そ、そうなのかい?」
アシュレイの話題が俺のことになる。その言葉にエリオットは目を丸くした。そんなエリオットにアシュレイは柔らかく笑う。
エリオットは少しの間驚いていたようだが、やがて苦笑するように表情を崩して言う。
「――うん。おめでとう、アシュレイ」
「はいっ」
兄の言葉にアシュレイは花が綻ぶような笑みを浮かべて頷き、それから俺にも微笑みかけてくるのであった。




