番外1771 過去と今の記憶
ユキノ自身の目的や今動いている理由は、呪いを解いてカギリや幽世に連なる問題を解決するというものだ。それは幽世でしか生きられない子供達が自由になることにも繋がり、里に神隠しが起こらなくなるという意味でもある。
きちんとした経緯を受け止め、自分達に関係のある事だと意識する。それはきっと解呪の際にも大きな一助になる。というよりも……今のカギリの在り方に深く関わっている部分だから、集落の人達の想いを欠かすことはできないという方が正しいだろう。
ユキノが集落に戻ってきた理由と経緯を伝えると、祖父であるヨシカネも、長老や若者達も……自分達に深く関わる事だと認識させられたのか、考え込んでいる様子であった。
それは――そうだろうな。彼らこそ神隠しの当事者だし、この集落で生きていく上で何故なのか、どうしたら解決できるのかをどうしても長い時間考えさせられたはずだ。だから……事情や解決法を知ればこうやって思考してしまうというのは分かる。
『……しかし……ということは、その子達は先程の話の中に出ていた、幽世の子達で良いのか?』
ヨシカネがふと気付いたというように言うと、皆の視線が同行してきていた子供達に集まる。面を被った、前の世代の子達だ。
彼らはこくんと頷いて口を開く。
『僕達は、コタロウ君達より前に幽世に招かれたんです』
『だから、私達の顔を知ってる人がいるかも知れない。私達の顔を見てもらえば、ユキノさんの話も信じてもらえるかも知れないって……そう思って一緒にきました』
子供達はそう言って、面に手をかける。素顔を露わにすると、長老達の幾人かが目を見開いた。
『顔立ちに見覚えがある者がおるな……同じ里で生まれ育った者である以上、どうしても肉親には面影が似てくるか』
『前の騒動はミクリの婆さん……が生まれる前だったか。儂らが知らんのは道理じゃが、他に知っていそうな者はおるかの』
と、長老達はあれこれと話し合う。ミクリというお婆さんが生まれる前に神隠し騒動があったという話だったから……まあ、最年長で子供達を知る者がいるかも知れないという話になっていたわけだが。
「そういえば、そのミクリさんからの情報で、前の神隠しでは全員が子供ではなかったとも言っていたのですが」
「ああ。一組の夫婦がいましたね。子供以外が来るのはかなり珍しいので覚えていますよ。二人は有力者と揉めたために集落では疎まれていて……さりとてこの先一生を幽世で過ごすのはと思っていましたからね。祭りに協力してもらった後は外に出て、その後は集落からも離れると言っていました。武芸や三味線等の芸を皆から手ほどきされて身に着けていきましたが……幽世の話は外に伝わっていないという事は、秘密を守り通してくれたのでしょうね」
テンドウが俺の質問にそう応じてくれる。なるほどな。幽世から出ていくという事例も……少ないながらもあったと。
可能なら出ていくのは避けたいというのが幽世の方針であったが、認めていないわけではない、というのはコタロウ達への対応を見てもそうだな。
大人なら子供達とは違って外で生きていく事もできるから、そうした選択肢も取りやすい方だと思う。
『ミクリって、外れに住んでいるミクリさんの家の?』
と、そこに子供が口を開いた。
『そうじゃが……』
長老達が肯定するとそれを皮切りにしたように『こんな話は、知ってるかな……』『じゃあこんな話も……』と、当時の集落の事情や小さな事件、人間関係が子供達の口からぽんぽんと飛び出す。長老達の父親や祖父、伯父伯母や兄弟姉妹の話。固有名詞も出てきて、集落外の者にはさっぱりだが長老達には心当たりがあり過ぎる程にある話らしい。
『祖父さまの話じゃな、それは……』
『いやはや……叔母の名を今聞く事になるとは……』
子供達にしてみると割と手当たり次第当時の内情や事件の話をしただけと言える。
その話と面影でどこの家の子かというのが一人一人判明していったりして……その中で長老の内一人の、大伯父にあたる人物であると特定されたりしていた。
子供が大伯父というような位置付けになってしまうわけで。当時者である子供達も長老達も中々に困惑しているようだ。ユキノも予想外の流れだったのか目を瞬かせているし。
ただ……拒絶はされていないように思う。昔を懐かしんだり故人を偲んだり、思いもよらず親族が生きていることが分かって喜んだりしている側面があるのだろう。どこかしんみりとしていて……年齢も関係は逆だが孫と接する祖父母といった雰囲気もある。ともあれ……信じてもらえそうで何よりだな。
『今回ソウスケ君達が待っているのは、それぞれの事情を聞いた上で本人と家庭とで……お互いに心の準備が必要だからと……そう思ったからの判断なのです。幽世に招かれた理由はそれぞれで違いますが、まずは事情を知らさなければ始まらない面もありましたから……』
例えばソウスケと父親とが顔を合わせるにしても、お互い事情を知ってから考えを整理する時間や心の準備が必要、ということだ。やり直すことができないと一律切り捨ててしまうのは乱暴な話だからな。
状況が変わったことで心境に変化が出る可能性はあるし。
だが今は幽世の事情を知らされて情報を整理し、集落として考えなければならないという局面だ。自分達のことを落ち着いて考えるには周囲が騒がしくなってしまう。
『だから無理には連れてこなかった、というわけか』
『はい。心配している人も多いと思いますが……まず無事であることや何故こうなったのかを知らなければなりませんし……テオドール様やテンドウ様が、これから幽世のためにどう動こうとしているのかを考えなければならない、というのもあります』
ユキノの説明に、長老達は考え込んでいる様子だった。ヨシカネは心配そうな表情でコタロウを見るが、コタロウは首を横に振る。
『祖父ちゃんや姉ちゃんに不満があったわけじゃ、ないよ。母ちゃんも父ちゃんもいなくて寂しいとかそういう気持ちもあったけど……何より、何にもできない自分が、嫌だっただけなんだ』
『私も……ずっと横になっていて、外に出られないから。お父さんやお母さんにも苦労かけて……それが、悲しかった……。だから、招かれたんだと思う』
コタロウと共にウタもそう説明する。
『そう、か。寂しい思いをさせてすまなんだな』
『ん……。祖父ちゃんが悪いわけじゃないんだ。分かってる』
そんな風に笑って答えるコタロウを……ヨシカネは抱き寄せて頭を撫でる。ヨシカネはヨシカネで、後継者でもあるユキノへの技術伝達に注力していたらしいからな。コタロウとヨシカネの関係は悪くなさそうだが、それでも祖父と孫としての時間が少なかったと後悔してしまう部分があるのだろう。
それで幽世に招かれる事になってしまったが、それはカギリも無意識的に守ろうとしてのもので……誰が悪いと言えるようなものでもないだろう。
『ふむ。ウタのご両親には知らせておいた方がいいじゃろうな』
『そこには異存ないが……よいかの?』
『うん……!』
ウタははっきりと顔を上げて頷いていた。心配をかけてしまったとはっきり意識をしたから、両親と顔を合わせることにもきちんと決意をしてきたようだ。
体調が回復しているのは……両親にとっても喜ばしい部分でもあるだろうけれど。
後は……集落の人達の受け取り方、考え方、か。こうやって事情を知った上で、ユキノの考えに賛同してくれると良いのだが。