番外1770 過去のしがらみからは
集落の長老達がやがてユキノの……いや、その祖父の、ヨシカネの家に到着する。
『ヨシさんは……まだ戻ってきてないか』
『今呼びに行ってます。呼び笛も使っているので、すぐに戻ってくるとは思います』
そう答える男の声に頷き、長老達は戸口から声をかけた。
『ユキノちゃん。いるかい?』
『はい。どうぞおあがりください』
戸口を開いて、ユキノが長老達を招き入れる。イチエモン、タダクニにミルドレッド、それに子供達も長老達に挨拶をしながら迎えた。
同行者の顔ぶれについて移動中に話だけは聞いていた長老達なので、そこで殊更に驚きを表情に見せはしなかった。落ち着いた様子で挨拶を返し、向かい合うように腰を落ち着ける。
『まずは……そうじゃな。ユキノちゃん達が無事で良かった。ここにはいないようじゃが……ソウスケ達も無事と聞いとるよ』
そう言う長老達の視線は、顔を仮面で覆っている子供達に向けられた。集落内を移動するにあたり、事情の説明の前に顔を見せると無用な混乱を招くこともあるだろうからと、前の代に神隠しでいなくなった子供達は仮面を被って集落内を移動してきたのだ。
『はい。あの子達も元気でいます。その、色々と気になっている事、言いたい事はあるとは思いますが……ソウスケ君達が一緒に来なかったことも併せて、説明させてください』
『そういう事ならば、質問や疑問等は一通り聞いたその後で、というのが良さそうじゃな』
『うむ。異議はない』
そうして各々名前を伝え合い、簡単な自己紹介を済ませたところで、戸口が勢いよく開かれた。みんなの視線がそちらに集まる。それは――ユキノの祖父のヨシカネであった。
『おお……ユキノ……コタロウも……』
息せき切ってかけてきたのか、荒い呼吸を整えつつもユキノとコタロウの姿を見るとそう声を漏らす。
『おじい、ちゃん』
『馬鹿もんが……皆に心配をかけおってからに』
大きく息を吐くと、二人のところまで行き……まとめて抱き締めるようにして言った。
『じゃが……二人とも、よく無事で帰ってきた』
『ごめん、なさい。心配をかけて』
『ごめん。お爺ちゃん』
そうやって抱き締め合う家族の姿を、水晶板越しに見ていたテンドウ達であったが……やはり思うところはあるのだろう。静かに瞑目し、天を仰いだりしているようだ。幽世の住民達にとっては子孫でもある。子供本人に満たされない思いがあって招かれるのだとしても、結果として家族を離れ離れにするというのは……こういう家族の姿を目の当たりにすると考えてしまう部分があるのだろう。
特に、コタロウに関して言うなら当人達が善良で、引け目を感じてしまった事、ソウスケ達、他の子供の想いが友人を呼ぶ方向で作用してしまった事で幽世に招かれているからな。
一家は暫く抱き合い、それを一同静かに見守っていた。やがて落ち着いたのか離れて事情を話すという流れになっていたと、ユキノがヨシカネに説明していた。
『なるほどな。そういう事ならば、儂も一緒に聞かせてもらおう』
そう言ってヨシカネは長老達の隣に腰を落ち着ける。みんなにお茶が行き渡ったところでユキノが行方を暗ますまでの過程、それからの出来事について順を追って話をしていく事となった。
『その……外に伝えて良いという性質のものではないのは分かっていましたが……。それでも目の前でコタロウがいなくなってしまって……。助ける事ができるなら助けたいと思い、書き置きを残して家を出ました』
助けを求める当てがあって家を出たというより、一縷の望みにかけた、という方が正しいのだと、ユキノは自分の非を認めた上で言う。
朝廷に仕えるような術者であれば、きっと解決できるだろうと……そう考えて離宮へ向かったのだと。
『では、その方達は……』
『然り。拙者もタダクニ殿も、ヨウキ陛下に仕える者でござる』
『最初に誤解のないように伝えたいと思うのですが、陛下は他のものに余波が広がるような問題ならばともかく、この集落の自治や古来よりの伝統に対して干渉をするつもりはない、という意向である事はご理解頂きたい』
イチエモンとタダクニがそう言うと、長老達も流石に驚いたようだ。その情報を飲み込む事ができるのを待ってから、更に言葉を続ける。
『そして、そこにいらっしゃるミルドレッド殿は、ヨウキ陛下に仕える方ではないのでござる。そして、拙者らが離宮に居合わせた理由でもある』
イチエモンの言葉に、皆の視線が集まるとミルドレッドが向き直る。
『では、改めて。私はミルドレッド=カルヴァーレ。海を越え、遥か西方にあるヴェルドガル王国より参りました。此度の旅行においては、国王陛下と王妃殿下の護衛という立場です。そして……この場には来ておりませんが、テオドール公という我が国の高名な術者も同行しており、今はその方が陛下やこの場にいない他の子供達とも行動を共にしています』
ミルドレッドが言う。国外から来ている、という情報は長老達にはかなりの驚きであったようだ。
『ミルドレッド殿の主君であるジョサイア陛下やテオドール公がこうして同行しているのは、子供達が行方不明になったという情報を齎したユキノ殿の想いと行動に陛下やテオドール公が心を動かされたからです。なればこそ助太刀を申し出て、ジョサイア陛下も同意なさった、というわけですな』
『離宮で助力をしていただいた後は術を使って戻ってきました。そこでヨウキ陛下やテオドール様が調査を進めて下さり……その結果、こうしてコタロウやウタちゃん達と再会できた、というわけです。その経緯で色々な事が分かりました。説明をしたい、というのはこの部分でもあります』
ユキノはそう前置きしてから山に戻って来てからの事を、順を追って伝えていく。
調査をして社の周辺に異界が広がっているとあたりを付けたこと。発見した異界の内部へと潜入し、調査を行ったこと。
そして……そこでテンドウや幽世の住民達を見たこと。子供達を発見し、事態を把握するために更なる潜入を行ったこと。
どういった話の流れになるのかと怪訝そうに聞いていた長老達であったが、幽世の存在とそこに住まう者達について聞くと流石に表情を強張らせていた。
少しざわつくが、質問は話が終わってからということを事前に話していたから、腰を折る事なくまずは聞き取りに集中していた。
隣にいるイチエモンやコタロウ達がユキノの話を肯定するように首肯していたのも、静かに聞くという状況の後押しになっているだろう。
話はさらに続いていく。幽世には過去神隠しにあった子供達が歳を重ねずにそこにいる事。テンドウ達と敵対する骸達の存在や、その襲撃。
術によって夢で幽世の主の過去の記憶を垣間見ることが出来たという話や、テンドウ達の目的について害意、悪意がなさそうなので接触を図った話も。
子供達のくだりに話が及んだ時には、長老達ははっとした表情で同行している子供達を見ていた。仮面をつけたままではあるが、子供達も頷いて応じる。顔を見せるのは……話が一通り終わった後で、という事になりそうだ。
そうしてユキノはカギリとテンドウ達の事情を伝える。自分が、何故今のタイミングで集落に戻ってきたのかも。
『幽世に関しては私達がきちんと知っていないと駄目な事なんじゃないかって……そう思ったんです。私達の祖先を守る為に戦って、それが原因となって今も呪いと向き合っている方であり、そこに住まう方達も、祖先そのものですから。それに……子供達の事も。少なくとも私が見た範囲ではとても大切に、親身にしていましたし……。辛い思いをしていた血族の子が無意識で招かれるというのは……優しいけれど悲しい事だとも思えてしまって』
ユキノはそう言ってかぶりを振った。優しいけれど、悲しい、か……。確かに、そうだな。それにカギリにしろシュンスイの呪いにしろ、過去のしがらみに囚われているけれど、もう解き放たれてもいいと……そう思うのだ。