番外1769 集落の反応は
山道を一行が歩いていく。生い茂る木々を抜け、その向こうにユキノ達が生まれ育った集落が見えてきた。同時に、山に入ろうとしていた若者が、森の奥からやってきたユキノ達を見て固まり、驚きの表情を浮かべているところも。
『ユキノちゃん……! コタロウ達も……!』
『い、一緒にいるのは誰だ……? 他の子は?』
ユキノやコタロウ、ウタの無事を確認して安堵はしたようだが、同行しているイチエモン達がやはり気になるのだろう。少し離れたところで立ち止まり、イチエモンとタダクニ、ミルドレッドが一礼すると、敵意はないと受け取ったのか、少し気が抜けたような様子を見せた。
『あ、あんたらが助けてくれた……のか?』
『ユキノ殿の味方、と考えていただいて問題はないかと』
『勿論、危害を加えるつもりはありませんぞ』
そうイチエモンやタダクニが応じる。気が抜けたと言ってもまだ集落の若者達は完全に警戒を解いたわけではない。元々、あまり外部との接触を好んでいないというのもあるのだろうが。
『その。私達は大丈夫ですし、彼らも親切で優しい方々です。今はここにいないソウスケ君達も無事です。勿論説明もしますので……みんなと話をしたいのですが……』
ユキノが言ってコタロウ達も頷くと、若者達は顔を見合わせ、そうして『わかった』と応じる。どういった話であれ、自分達の手に余ると判断したのだろう。
『ヨシさんはユキノちゃん達を探しに外に出てる。そろそろ帰ってくると思うからとりあえずは……そうだな。みんなでユキノちゃんの家で待ってるのがいいんじゃないか? 疲れてるだろ?』
『それは――いえ、ありがとうございます』
きちんと屋根のある場所に寝泊まりしていたから実際はユキノも子供達も然程疲労していない。それでも子供達やイチエモン達が一緒だし、外へ捜索に出ている者達の帰りを待つ必要もある。厚意を素直に受けて自宅で休む方が良いと判断したのだろう。その若者達に先導される形で、ユキノの家に向かう。
その過程で集落の人達もユキノ達の姿を認め、かなり驚いていた。案内してくれる若者達と共に、かいつまんだ説明をしつつ進んでいき、やがてユキノの家に到着した。
『それじゃあユキノちゃん。ここでみんなと待っていて』
『分かりました』
ユキノは頷くと、上がって下さいとイチエモン達に伝える。若者達は一旦集落の人達にユキノが帰ってきたことを知らせるそうだ。一人だけそこに残して集落内へと走っていったが、残った者も、外で待つと言って家には上がらない様子だった。
部外者もいるし、事情が分からないからまだ警戒している部分もあるのだろう。見張っている必要がある、という彼らの気持ちも分かる。
『今、お茶を淹れますね』
『手伝うよ、姉ちゃん』
『わ、私も』
床の間に案内したところでユキノとコタロウ、ウタが続く。ユキノは少し微笑んで、それじゃあと二人に手伝ってもらっていた。
「外は――やっぱりと言いますか、見張りを立てていますね」
集落内には主要な場所にハイダーを配置してある。現状、家の内外はハイダー達で様子が分かるからな。もし集落の者達が武器を持って集まってきたりといった事態になったら、すぐに察知できるだろう。
外の様子を確認して伝えるとイチエモン達は織り込み済みというように落ち着いた反応を見せる。
『見張りを残すぐらいは仕方のない事でござるな。我らは部外者故』
『私についても誰何は後回しにしたようですからね。理性的な対応かと』
ミルドレッドが目を閉じる。
「一先ずは問題ないようだね」
「そうですな。何か状況に変化がないか、外の様子への注視は私達が」
ウィンベルグが応じる。あちらの様子については見ていてくれるとのことなので、俺は俺で向こうの様子に意識を割きつつも、担当している仕事を進めていく。子供達をきっちり守る為に、魔法建築による城の改造や対策、防衛手段が必要なのだ。
幸い、幽世の住民やタケルを始めとした子供達の協力は問題なく得られたので、それほど手間はかからないけれど。
「え、えっと、よろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
と、集められて緊張気味の子供達に笑って応じる。と言っても子供達の協力に関しては、当人達の負担はかなり軽いものだ。こちらのしたい事や自分達の協力内容を理解すると、そんなことで良いのならと緊張も解れた様子で、笑って応じてくれた。
アルバートとも水晶板で顔を突き合わせ、転送魔法陣で術式を書いた紙を送り、それを刻んだ魔石を受け取るという手筈になっている。
「アルも、ありがとう」
『いいよ。術式を刻んだら知らせるね』
水晶板の向こうでアルバートは笑って掌をひらひらと振って応じる。
そうやってこっちでも作業を進めていると、集落の方でも動きがあったようだ。
まず集会所に連絡が行き、外に捜索に行っている顔触れにも連絡するために呼び笛を持った若者達が集落を出て行った。
『子供達が見つかったと……!?』
集会所では報告を受けた長老達が驚きの声を上げて、腰を浮かせていた。
『ユキノさんとコタロウ君、それからウタちゃんだけですが……ユキノさんの話だと他の子も無事だと。まだ事情は詳しく聞いていないんですが、知らない顔触れも一緒でした』
『今はヨシカネさんの家にいます。一応、見張りも立ててますが……』
『ふうむ。我らの方からヨシさんの家に行った方が良さそうじゃな。集落内をあまり動かれると騒ぎになるやも知れん』
ヨシカネ……ユキノ達の祖父の名前だ。
『確かに。そうなる前に事情を聞いておいて、状況の把握や説明をできるようにした方が良いかも知れんの』
『危険では……?』
『ユキノやコタロウ達には危害を加えられておらんのじゃろ? おぬしらも無事だったんじゃから、何か危害を加えるつもりがあるならもう動いとる。仮に裏で何かしておったとしても話を聞かんわけにはいかんじゃろ』
長老の内一人が白髪をがしがしと掻いてから言った。老爺だがしっかりとした体格の、豪快そうな人物ではある。彼が立ち上がると他の面々も確かに、と同意してそれに続いた。
集会所に連絡役を残して、長老達はユキノの家に移動するようだ。どんな顔触れがいたか等を聞きつつの移動であるが……やはりあの中にいなかったソウスケ達と、部外者であるイチエモン、タダクニ、ミルドレッドと見慣れない子供達、というのが質問として出ている。長老達も気になっている様子だな。
『部外者……。察するに、ユキノが外に助けを求めた可能性もあるが……』
『ユキノは集落の外に出る事も慣れとるからのう……』
と、長老達はイチエモン達の事を聞いてそう判断したようだ。
『変わった容姿の者がいた、というのも気になるが……』
ミルドレッドについては予想もつかないというところだ。伝令役になった面々も何と説明すればいいのか分からない様子である。集落の外にあまり出ない面々だからな。特にヒタカでヴェルドガル王国と交流を持ったのは最近の事だし、その辺が正確に伝わらないのは致し方ない事ではある。
『見知らぬ子供というのは、彼らの元々の同行者かのう。子連れの旅人、か?』
長老達は訝しみつつもあれこれと推測している。一応、集落は外に情報を出さないようにしていたようだが、その事でユキノに感情的な言葉を口にするような事はしておらず、冷静さは保っているように見えるから、現時点では話ぐらいは聞いてもらえるとは思う。
その辺も伝えると、ユキノや子供達は気持ちを落ち着かせるように深呼吸するのであった。