番外1768 ユキノ達の帰還
話し合いはそのまま進んでいく。城のどこで迎え撃つのか。子供達をどこに匿い、どう守るか。そういった事も議題に上がった。
「確認しておきたいのですが……外部の城の増改築はできますか?」
「可能です」
「では、子供達を守る為の場所ならば、城の一角を改造する事で融通も利くかと。魔法建築は得意分野ですから」
そう伝えると、テンドウは静かに頷いていた。
「そうなると、子供達を守る場所については後から辻褄を合わせられますね。とはいえ……今いるこの場所も改造を前提にすると悪くなさそうな気もしますが」
そうだな。奇怪な構造ではあるが、もっと奥の棟に比べたら複雑過ぎず、何より寄宿舎から隣接しているので幽世の住民達もある程度内部での行動に慣れている、というのが利点だ。寄宿舎側も防衛拠点である事は変わらないので、あっちに兵力を配置する事で挟撃も期待できる。
「場所を大きく移さなくていいので、こちらとしても楽ですね」
「うん。後は子供達を守る為に少し手を加えるというのが良さそうだね。最終防衛線を敷いて……そこを突破されたら子供達のいる場所を転送魔法で避難させるとか」
骸達はその成り立ちからして、血族への感知能力があっても不思議ではない。渡り廊下をきっちりと襲ってきたのも、学習しているのか、それとも感知能力が高いのかははっきりと分からない。ただ、学習能力と感知能力に関しては、あるだろうというのがテンドウ達の見立てである。
「過去の交戦経験から言うと……我らの戦い方を学習した上で対策を取ってきた事例があります。高位の個体になればなるほどそれが顕著ですね。子供達があの寄宿舎にいる、というのは……これまでの事からも骸達が学んでいるというのは間違いありません」
感知能力も高位の個体が発揮した事はあると、あの野太刀の武官が教えてくれた。逆に低位と思われる個体については、子供達の位置を把握できていないというケースが多々あるそうだが。
しかしそうなると……うん。作戦も一つ思いついた。保険として仕込んでおいて損はあるまい。
早速その案を伝えてみる。
「――といった対策というか、性質を逆手にとった作戦なのですが」
「良い……と思います。確かにもしもの場合の保険になりますし、上手く行けば大きな効果が見込めるかと」
俺の出した案にテンドウがそう答え、良い作戦だというように幽世の住民達もこくこくと頷く。
では……それも対策として組み込んでおこう。子供達の協力も必要だが、それ自体は大した手間でもないしな。
テンドウ達は祭事や兵隊の配置等々全般に渡って動き、俺達は俺達で結界や魔法建築、骸対策の仕込みを行っていく、といった具合だ。
「私達は――準備が出来次第、村に向かおうと思います」
と、気合を込めた表情で言うユキノである。イチエモンやタダクニ、ミルドレッドが護衛役。子供達についてはコタロウとウタ、前世代の子達が一緒についていく、とのことだ。コタロウとウタの二人に関しては……一先ず家庭環境や家族仲については問題ないからな。集落に戻っても大きな問題は起きにくいだろうという判断だ。
ウタについては、身体の負担だけ考えるなら幽世にいた方が良いとは思うが、そこは循環錬気で協力させてもらおう。
早速戻る前にウタの背中あたりに手をやって循環錬気を行っていくと、心地よさそうに息をついていた。
「何だか、お風呂に入った後みたいに温かいです」
と、目を閉じてウタが言う。
「幽世に来て、大分身体の調子も良くなっているのかな。これなら、外に戻っても当分の間は体調を崩すような事もないと思う」
環境が良くなっているからという事もあるだろうが、ユキノの事で当人のモチベーションが高い。そういった心情が生命力を補強してくれるという側面もあるのだ。前向きになっていると活力が出る、と言い換えてもいい。
後は循環錬気で体内魔力の流れも整えて補強してやれば……。ああ。これなら当面の間は体調を崩すこともあるまい。モチベーションの高さを表すような、力強い生命力を感じる。
ユキノが一緒、というのも主治医と行動を共にしているようなものだし安心感が高いな。
「これなら大丈夫だと思うよ」
「うんっ。ありがとう……!」
ウタは笑顔で礼を言うと、ユキノのところにいって身体が軽くなったと少しはしゃいでいた。微笑みつつもウタに「元気になっても、いきなり無茶はしないようにね」とそう言って髪を撫でるユキノである。
「ふふ。良かった……」
「ウタちゃんの事は、お話を聞いた時から心配していたものね」
そんな様子を見てアシュレイが微笑み、母さんが目を閉じてうんうんと頷く。不思議そうな表情をするウタに、アシュレイが言う。
「私も、体調を崩して伏せりがちでしたから。テオドール様と会って、循環錬気で良くなったんですよ」
「そう、だったんですか」
ウタは頷いてアシュレイに俺と出会った時の話や、その後ロゼッタに治癒術を習った話を聞いたりしていた。熱心に耳を傾けながらも頷いているウタである。人の治療に関する話だからか、ユキノも真剣な面持ちでアシュレイの言葉に耳を傾けている。
「私も……将来はユキノお姉ちゃんのお手伝いができるようになりたいな」
そんな風に言うウタにみんなも表情を綻ばせ、テンドウや幽世の住民達も見守っているという様子だ。みんなとも仲良くなれそうで良い事だな。
さて……。そんなわけで諸々の方針も決まり、各々受け持った準備に移行する。
ユキノ達はイチエモンやタダクニ、ミルドレッドと共に集落へと向かう。転送魔法を使って山中に作った拠点に送り出せばいいだけなので、こちらとしては楽なものだ。
イチエモンがバロールやハイダーも連れて行っているので、俺は骸対策の仕込みや城の魔法建築をしつつ、その様子を見せてもらう事ができる。
『出発前に陰陽寮からの連絡があったのは僥倖でござるな』
転送された先で、イチエモンがタダクニに言う。そうなのだ。記憶の情報からどの方角から逃げてきたのかが分かり、服装や建築様式から時代にも凡そのあたりが付いたので、歴史書といった文献を紐解いた陰陽寮の文官達が、ユキノ達の一族の出自や、それと敵対していた勢力の出自に目星をつけてくれた。
文献を転送魔法陣で取り寄せてヨウキ帝やユラ達と共に読ませてもらったが、恐らくは間違いはあるまい。
この短期間で結果を出してくれるあたり、都の陰陽寮の職員達は流石というか。歴史書についてはタダクニが携行し、説得の際に必要ならそこからの情報も集落の人々に伝えていく、という事になる。
『確かに。敵対者の出自も判明しましたからな』
『集落の者達と都との間で、敵対をした事がなかった、というのは説得しやすい情報ですね』
と、ミルドレッドと共にそんなことを言いながらイチエモン達はユキノと子供達を守るように周囲を固めつつ、山中へと進む。イチエモンは斥候として最前列。中央にタダクニ。殿はミルドレッドだな。いざという時はタダクニが術を使って子供達を守れる。
今のところ骸達は幽世の中だけで活動しているし、山中は安全なのでいきなり襲って来るような者がいるという状況ではない。
それでもあの顔ぶれがユキノや子供達の周囲を固めているのは、当人達は勿論のこと、テンドウ達としても安心だろう。今の状況では……ユキノとコタロウ達は結構な重要人物だしな。
ユキノも子供達も少し緊張した面持ちではあるが、これから説得に赴くにあたり、気合は入っているようだ。そうして一行は気持ちを整えるようにして山道に出て、集落へと進んでいくのであった。