番外1767 夢からの覚醒に向けて
鎮静化にしろ活性化にしろ、カギリと呪いに干渉しようと思うのなら祭事を行うのは確定事項だ。この場合……活性化による目覚めを狙うならば、一周して普通の祭りになるというか。鎮静化は話に聞く限り、祭事というより儀式的側面の方が強そうだったからな。
普通のお祭りの用意をする必要がありそうだ、と女官達は顔を見合わせつつ言っていた。
夢で見たカギリの記憶でもそうだったが、あちらは言葉からイメージする通りの祭りだった。眷属化したとはいえあの里の者達なのだから、活性化の祭事は記憶に近しいものになりそうな気がする。
「それでも活性化に連動して戦いに対応する用意も必須になるわけだから、やっぱり特殊よね」
「祭りが進めば幽世の主と呪いが動き出すわけだものね」
ステファニアの言葉にクラウディアが目を閉じて応じる。
「過去の経験から言うと……警備兵の形で配置して対応していく事になるでしょう。骸達が湧いてくるのは城外……特に正門に当たる南東側の町中だと分かっているので、そちらへの警戒を厚くする必要がありますが、その条件も絶対ではありません。特に今回は他の区画で出現した飛行型が守りをすり抜ける形で寄宿舎まで浸透してきましたからね」
南東側の町は――俺が侵入してきた方向とは逆方向に当たる。街中の様子はまだ目にしていないが、話を聞いている限り、町中の警備体制だけでなく設備も防衛用の物が多いのではないだろうか。
北西側が華やかだったのも、比較的安全な区画だったからか。
カギリの想いが強く作用している城と違い、町並みやそこの建造物、設備等はテンドウ達の意思で好きにできるようだしな。してみると、町の外に広がる森は木材確保の意味合いもあるのかも知れない。
「外周側への結界構築も必須になってくるだろう。話に聞く限り、幽世外にある集落への襲撃は行われていないようだが、覚醒が進めばどうなるかは分からぬからな」
ヨウキ帝がそう応じると、テンドウも同意する。
「確かにそうですね。警戒しておいて損という事はないでしょう」
「では、結界の構築と維持はヨウキ陛下にお願いしても良いでしょうか?」
「任せてもらおう。大規模な術式は得意分野でもあるからな」
俺が言うとヨウキ帝は真剣な表情で請け負ってくれた。では、外周部の封鎖は問題なし、と。
そうしてどこにどのぐらい兵力を配置して対応するのか、といった話し合いを続けていく。
幽世は霧に覆われていて、空から見回しても全域を把握するのは難しい。マルレーンからランタンを借りたテンドウがここはこうなっている、といった情報をくれたので、それを元に土魔法による立体図を形成していく。
過去の事例で骸が出現したのは、やはり正門側に集中しているらしい。段階が進むと側面や、後方からも出現し出すとのことではあるが、それでも質も量も控えめになって対処しやすい傾向があるそうだ。但し、これもカギリの覚醒途上での話ではある。
出現位置については……カギリと連動する呪いや因縁といった性質に縛られてのものだ。骸達の自由になるわけではないだろうが、覚醒が進めば――外には向かえない以上、城に攻撃が集中する事になる。最終的には全方位からの攻撃に晒される事になるから、戦力を偏らせ過ぎても後方や側面を突破されて挟撃ないし包囲されてしまうので対処が難しくなるな。
「ん。防衛の要として城を活用するというのが良さそう?」
シーラが首を傾げる。
「城を活用した方が守りやすいのはそうでしょうね。しかしあの方が目を覚まし、顕現するとしたら城の中央部です。その後交戦するとなれば、それも計算に入れなければなりません」
そうなる、な。そしてカギリの覚醒に際しては城の中央部の構造は大きく変化……ないし、消失するだろうというのがテンドウの見立てだった。城の中央部が不安定なのはカギリの眠りに大きく影響を受けているという証左だからだ。
だから、立体図や見取り図を作っても城の中央部に関してはあてにできない。
「逆に言うなら城の外縁部は問題なく使えるわけですし、中央部を計算に入れずに計画を立てるという事はできますね」
交戦の折りに中央部付近ならある程度の余波は気にしなくても良いというわけだ。
倒壊が連鎖的に広がらないよう対策をしておく必要はあるかも知れない。ただ……城はいくつかの棟に分かれている作りなので、リスクは低めだろう。
「ですので……安定している範囲の城の立体図を作って、中央部が崩落したり、消失したりといった場合でも影響のない棟を選び、そこを最終的な防衛拠点にするというのは良さそうに思います。この棟でも条件は満たしている気がしますが」
「ふむ。そうですね。攻め込みにくく、中央からの影響を受けにくい場所をもう一度検討しておきましょうか」
俺の見解を述べつつ伝えるとテンドウもそう、思案しながら答えた。
「テオドールと一緒ならそういうところが崩れたりしないかとか、そういうのも分かるよ!」
明るい笑顔を見せるセラフィナである。
「セラフィナは家妖精ですからね。建物と自分のついている家人の持つ危険性を察知する事ができるのです」
「……なるほど。もっと適した場所があるか選定した後で、検証に協力していただけますか?」
「勿論です」
「うんっ」
俺とセラフィナの返答にテンドウも頷いて言葉を続ける。
「とりあえずは覚えている範囲の城を幻影で見ていきましょう。記憶力には自信がありますので」
というわけで詳細な防衛計画を立てるために城の見取り図を更に作っていく。テンドウの記憶力に自信がある、という自己申告は誇張でもなんでもなく、かなり鮮明で微細な部分も覚えているというか、記憶特有の曖昧さがない。かなり精密な幻影を映し出してくれた。シグリッタの記憶力に近いというか、付喪神だから人とは記憶の保持能力が違うのかも知れない。
幻影が映し出す風景に合わせて立体的に構築されていく見取り図に、コタロウ達も興味津々だ。
見取り図の構築と並行して、ユキノの今後の予定や同行する子供達についても話し合う。
「一緒に行っても、問題ないよ。その……僕の知っている人は、お爺ちゃんお婆ちゃんになっている、かも知れないけど」
と、コタロウの前の世代だという子供達がそう申し出てくれた。見知った顔が老人になっている。或いは子供達のままというのは……結構複雑な想いを抱くし、そう簡単なものではないと思うが……。
「うん。分かってる。でもあたし達も当時色々悩んだし」
「帰りたくない気持ちも、心残りも……どっちもあるっていう気持ちも分かるから……力になってあげたいと思うんだ」
子供達はそう言って頷き合う。そうか……。そうやって考えて、納得した上での事なら大丈夫だろう。
「差し支えなければ、私も護衛として同行しよう」
と、そう申し出てきたのはミルドレッドだ。術者ではないから準備の方面ではあまり役には立てない。しかし子供達が増える分、護衛も増やす必要があるし自分のように毛色の違うものが混ざっていた方が今の状況を伝えやすいだろうから、というわけだ。
まあ、ヒタカの朝廷だけでなくヴェルドガル王国からも増援が来ているというのは伝えておいた方が良いだろうな。事態が解決した後の事を考えても、遅かれ早かれ話をしなければならない事ではあるのだし。
「余からの許可は既に出している。というよりも、余とフラヴィアからの案ではあるな」
ジョサイア王が笑って言うと、隣に腰かけたフラヴィアも微笑みながら頷く。そんな二人からの言葉にユキノも丁寧にお礼を伝えていた。
集落の人達が危害を加えるという可能性は低いし、そうなっても何とかなりそうな面々でもあるな。念のために転送魔法陣の布を渡し、ハイダーを同行させて状況把握をしておけば問題はあるまい。