番外1762 幽世での模擬戦
「実力者達が打ちかかっていく形式なら、皆も納得しやすいだろうという事ですが、如何でしょうか?」
「わかりました。作戦にも沿っているでしょうからね」
テンドウの言葉に頷く。カギリは複数の腕と武器を持っているので手数も多いし、それでいて一撃一撃の威力が大きい。多対一ならそれもある程度再現できるというわけだ。多人数、と言っても一度に切り込める人数には限界もあるけれど。
頷いて舞台の中央に移動する。マジックシールドを展開し、二度、三度と反射するような機動を見せてから中央に立つ。最初から空中戦や立体的な挙動が可能な事は見せておく。初手で意表をつく事が今回の模擬戦の目的ではないからだ。
「……驚くべき動きですね。私達とは違う、飛ぶための技法……。恐らくは移動だけでなく防御にも……いえ、本来の用途こそ防壁、なのでしょうか?」
「そうですね。見せておいた方が有意義な内容になりそうですから」
テンドウは術の本来の用途には気付いたようだ。それから術式制御や先程の動きから、武官も術師も、気を引き締め直したのが見て取れる。どちらにも技術が必要な動きというのが分かりやすい内容ではあるからな。
初手で意表をついて主導権を握るのは……実戦では良い。けれど模擬戦ではそのつもりで気構えして動きに付いて来てもらわなければ意味がない。
ウロボロスを手に魔力を纏う。青白い余剰魔力の火花が散ると、幽世の住民達は一瞬気圧されたように揺らいだものの、すぐに気を引き締め直したのか各々の武器を手に檀上へと登ってくる。魔力も引き締まっていて、戦意は十分なようだ。
「始まりと終わりの合図は私が」
「よろしくお願いします」
テンドウの言葉に頷き、静かにその時を待つ。
こちらは構えない。周囲を包囲される形であるから、どの方向からの攻撃にも対応できるよう、力を抜いての自然体だ。武官達は訓練用の刃引きした刀や槍といった装備であるが、各々自身の魔力を纏わせて構えている。術者達は素手だが……印を結んでの術式を行使してくるのはヒタカの技術体系でもあるな。
「では――始め!」
テンドウの宣言と共に、側面にいた術者の一人が魔力を高めて印を結んだ――と思った次の瞬間、正面と後方に位置する武官が僅かなタイムラグを置いて突っ込んでくる。
正面が槍。後方から突っ込んでくる方が刀。まずは正面。槍が突き込まれる瞬間に合わせて術者が人差し指と中指を立てたままの手を突き出せば、不可視の衝撃波が複数迫ってくる。
逃げ道を潰して後から切り込んでくる刀を活かす構え。最小限の動きで対応する。
半身になって隙間を縫うように間合いを詰めながら、衝撃波と刺突の隙間を縫うようにすり抜けた。そのまま動きに乗せてウロボロスを跳ね上げれば、槍持ちの武官はそれを柄で受け止めようとするが――甘い。
「っ!?」
打撃と同時に魔力衝撃波を打ち込めば、激突した場所から衝撃波が広がった。
柄を伝播して槍を握る手を痺れさせ、滑り込むように下から潜り込んで掌底を繰り出す。咄嗟に防ごうとするが、腕が痺れているのでまともに防御はできない。声にならない音と共に、今度こそ腹に魔力衝撃波を受けた武官が身体をくの字に曲げる。
そこに――刀持ちが切り込もうとしてくる。別の術者からの次の術もだ。しかも相手のいる位置に、足元から発動するタイプの術。良い連携ではあるが、どちらも届かせない。
背後から迫ってきた刀持ちの関節部分を抑えるように空間にマジックシールドを複数枚展開する。力と速度を乗せて切りかかろうとする動きそのものを封じた。動きの基点を残らずシールドで止められては空中に繋ぎとめられるしかない。
本来は切りかかる動きに合わせて術を発動させるつもりだったのだろうが、そちらも潰している。
展開した魔力網で術式の発動を感知したから、身代わりの呪法生物を展開しているのだ。
ガラスが砕けるような音と共に反射呪法が発動し、術式を打ち込んだ術者の身体から火花が散った。雷撃。非殺傷性ではあるが、行動を阻害するには十分なものだ。
馬鹿な、と刀持ちの武官が声を上げた。シールドを二度、三度と蹴って側面に回り込む。身動きを取れなくなっているところに擦れ違いざまの打擲を叩き込み、そのまま勢いに乗せて外周にいる術師に向かって迫る。
印を結んだ術師達から弾幕が形成される。が、レビテーションとエアブラスト、シールドによる立体的な急制動で的を散らして弾幕の間を縫うように突き進む。術師達に切り込もうとする直前に横合いから身体ごと叩きつけるように突っ込んでくる野太刀を持った影。武官の一人だが、動きは頭一つ抜けている。
おお……! と声を上げる術師達。彼らの中でも有数の使い手なのだろう。
斬撃をウロボロスで受け止めて火花を散らし、そのままもつれ合うように舞台上空へ舞い上がる。弾幕は――撃たせない。反射能力を持つ呪法生物達を身体の周囲に旋回させ、遠距離攻撃への備えにする。精密な一撃ならばともかく、逃げ場を封じる目的で放つ弾幕への牽制となる。
戦場を空中へと移すと、次々武官、術師達が追いすがるように飛翔してきた。空中戦ならば更なる多人数で波状攻撃を仕掛ける事ができるからだ。加えて言うなら、弾幕を封じたから友軍誤射の危険性がなくなったからだろう。遠距離攻撃による支援が期待できなくなったともいうが。
正面から切り込んでくる一撃を、今度は逸らして、魔力を込めてかち上げる。後ろに大きく弾き飛ばされ、その代わりというように次々と切り込んでくる。
術師達はある程度の至近戦の訓練も積んでいる者もいるらしい、指先に魔力を宿して振り回せば、雷撃の鞭のようなものが伸びる。
幽世の住民達の波状攻撃を受け止め、逸らし、弾いては打撃を繰り出して打ち抜き、シールドを蹴って位置を変えて切り込む。多人数での攻撃にはシールドと体術で対応していく。
幽世の住民達は武門として長年研鑽を積んできただけあって、空中戦の心得はかなりのものだ。総じて連係も空中戦での動きや位置取りもかなりの水準である事が伺える。だが――それも相手の動きについていければの話だ。
マジックサークルを展開。魔力光推進で追いすがろうとする住民達を完全に振り切る。
「これは――」
それを見ていたテンドウが驚愕の声を上げた。光を軌跡として残しながら弧を描き、旋回して突き進む。激突の寸前。受け止めようとした武官を無視するように短距離転移で後方から出現して勢いを殺さないままに切り込んだ。
展開するのはウロボロスの先端から伸びる光の刃だ。但し、伸びている光の刃は魔力や闘気を込めた得物で受け止める事はできるが、肉体を切り裂きはしない。光魔法、封印術と呪法を合わせた非殺傷の応用術式だ。
こちらが斬った、そして相手は斬られたと認識する事をトリガーに、ライトバインドで拘束するというもの。発動にトリガーが必要な分、普通のライトバインドよりも強固に拘束できる、というメリットはあるな。
殺傷型の魔力剣の術式は他にもあるからな。この速度でまともにそうした術式で斬り付ければ普通はそれで終わりだから、脱落させる手段としては分かりやすい。
後ろから擦れ違いざまに、まともに反応できずに複数人が纏めて薙ぎ払われる。それだけにはとどまらずに即座に身体をライトバインドで拘束された者達から驚きの声が上がった。
向き直る武官と術師達の集団に、水ゴーレムとミラージュボディを併用し、分身を作って飛び込む。高速機動。分身と転移によって攪乱しながら四方八方から切り込んで次々と斬撃による拘束を見舞っていく。
それでも反応して擦れ違いざまに切り結ぶ事ができる者はいる。あの野太刀を持った武官だ。高速機動戦闘をしているとはいえ、こちらが近距離戦に応じると踏んで無理に追う事を止め、しっかりと構え、訓練用の武器に魔力を込めて迎え撃とうとしているのが見て取れた。
受けて立つ。重要になるのは一瞬の交差の際の攻防だ。
野太刀に込めた魔力の火花を散らす武官に向かって直上から真っ直ぐに突っ込む。咆哮と共に切り上げる一撃と大上段から振り下ろす一撃。
爆発的な火花と衝撃が散って――撃ち負けたのは向こうの方だ。二度、三度と鋭角に折れ曲がるような軌道を描き、高速で突っ込んでいったところに――。
「そこまで!」
と、テンドウからの声が上がる。
胴薙ぎの一撃が振り抜かれる寸前で、テンドウの声が上がった。
「実力の証明という事ならば、十分でしょう。ほとんどの者達が短時間で真っ向から脱落させられて、有数の実力者までまともに勝負にならないとなると」
そうテンドウが言うと、野太刀を持った武官も静かに頷いていた。
他の者達も納得した、驚いた、というような意味合いの音を発している。それを見届けて、こちらもライトバインドの拘束を解く。
「武芸や体術も相当ですが、あれだけの高度な術を多重に行使しているというのは驚きですね」
テンドウの言葉に、術師達もうんうんと首肯していた。大威力の術も行使できるのでしょうと、術師達が言う。
「制御能力と魔力保有量を考えるのならまあ、そうした術式の威力も推し量れますね。模擬戦である以上はそういったものの出番がないのは仕方がありません」
まあ……模擬戦での出番は止めとして発動可能状態に持っていったマジックサークルの規模を見せるぐらいしかないな。ともあれ、納得してもらえたようで良かった。