番外1760 協力のためには
『妖怪や付喪神の類は嘘を吐かない。ミツキとしてはそれを踏まえた上で、ここで信用されずに話し合いが決裂してしまうというのを見過ごせなかったのだろうが……そうだな。内情を明かしておこう。かつて野心を抱いたユシロ家によって幼いゲンソウ帝が擁立されたが……彼女はそのゲンソウ帝の末裔なのだ』
ヨウキ帝は静かに頷いて、ミツキの出自について明かした。イチエモンやタダクニといった側近の面々は知っている事なのか、驚いている様子はないが……。
「その話は有名ですからね。知っていますよ。ゲンソウ帝の末裔……。私達に伝えるのは……思い切りましたね。秘密は守ると、そうお約束しましょう」
「僕達も、ここで知り得た事は秘密にします」
『同じく、約束しよう』
この場と水晶板の向こうにいる面々が頷き合う。
『私自身も……この事をお伝えしたことに、先程の言葉以外の意図はありません。我儘を申し上げてすみませんでした』
ミツキが静かに言う。ミツキの一族については……本当のことを明かすというのは、それなりにリスクを伴うだろうからな。俺達に対しては元々一族が存命しているという事を明かしているから、ミツキの出自を明かしても良いと判断しての事であるのだろうが。
『よい。そなたの生き方や信念の問題でもある』
ヨウキ帝は穏やかに笑って応じた。ユキノの集落やカギリの幽世は戦乱の時代が尾を引いているからこその結果でもあるからな。子供達の安全にも関わっているし、ミツキにとっては確かに……力になれる事があればなりたいと思うのだろう。
そして、ミツキのこうした想いは、祈りの力を届ける際にも強力な後押しになるのは間違いない。
テンドウ達は暫く考えていた様子であったが、やがて口を開く。
「少しだけ、話をさせて下さい。私達にとっても大きな岐路となる選択です」
「勿論です。質問があるならいくらでも」
そう答えるとテンドウ達は頷いて相談を始めた。言葉を使わない幽世の住民であるが、顔の布はテンドウの力が作用しているからか、彼ら同士であれば問題なく意思疎通が可能なようだ。響くような音で意思を伝え合っていた。
まあ……翻訳術式は使わずに待っておこう。この辺は明かしていない事であるし。
そうして隣の部屋で待っていると、やがて襖が開いてテンドウ達が姿を見せる。
「お待たせしました」
そう言って、向かいにテンドウ達は腰を落ち着ける。少しの間瞑目していた様子だが、やがてこちらに面を向けてくる。
「私達としても……カギリ様に呪いを引き受けていただいている事は、本意ではないのです。皆が外部の者達に警戒をしているのは確かな事ではありますが、内側からは状況を変えられない。あの骸達も学習をしているし次第に力を付けているという現状もある。貴方がたが嘘を吐かないと証明してくれたこの状況は、またとない機会なのかも知れません」
「では……」
「はい。受けたいとは思っています。しかし……他の者達にも納得をしてもらわなければならない」
それは……そうだろうな。頷くとテンドウは言葉を続ける。
「そして、テオドール殿は術者であり、私達は武門の生まれでもあります。果たしてあの方と切り結び、力を削いで解呪まで持っていく事ができるのか、という疑問の声は上がるでしょう」
そこで提案があります、とテンドウは言った。
「皆の前で、力を見せていただきたいのです。作戦をこなせると思えるだけのものを」
なるほどな。カギリとの戦闘もこなせるというのは……確かに示さなければならないだろう。
役割分担をするというのならテンドウ達は骸達を抑える役回りになる。自分達の主の解呪や保護している子供達の守りを俺達に任せるという作戦、ともなれば不安に思う者も多いはずだ。カギリの眷属として生まれ変わっているとはいえ、前身が武家の出自で尚武の気風が強いというのもあるだろうしな。
それに……夢で見たカギリの記憶が確かなら、武家の守護神というだけあって繰り出される攻撃は相当なものだったからな。特に近接戦闘に関しては、斬り込まれた者達が反応もろくにできていなかった。
元々の実力が違うからカギリ側としてはスペックの力を前面に出した力押しでも何の問題もなかっただろうが……技量の面でも圧倒していたから……あれに術者が対抗できるのかと考えたら、まあ、近接戦闘に関しては力を見せる必要があるというのは分かる。
「僕も実際、必要な事だと思います。協力体制の構築ができるようになったら、その後で具体的な作戦を詰める事にしましょう」
「お約束しましょう。一先ずは通常の警戒体制と祭事の準備を維持しつつ、テオドール殿との協力を考えている事を、皆に周知していきたいと思います」
そうだな。まず周知しつつ、これまで通りの対応もできるように維持しておけば混乱も少ない。もしもの時にこれまで通りで保留ができるというのは、幽世の住民達としても安心できるだろう。
というわけで、テンドウと一緒に話を聞いていた幽世の住民達もこくんと頷き、早速周知のために動くようだ。
「まだ協力体制の構築に至るとまで決まったわけでは有りませんが……よろしくお願いします」
幽世の住民達にそう言って一礼すると、彼らも丁寧な一礼を返してくれた。武家の出自を持つだけあってそうした所作も様になっているな。
「それと……もし、協力を得られなかった場合には……子供達にはミカゲは外に帰った、という話にしてもらえればと思います」
「まあ……私としては、問題なく協力体制の構築はできる、とは思っていますがね。間近で接してみると、実力の程がよく分かります」
そう言ってテンドウは俺を見て目の光を細めていた。
ともあれ幽世の住民達は部屋を出ていき、早速通達に向かったようだ。
「それから……作戦とまではいきませんが、どのような手札を以って対抗する事を考えているのかは、事前に聞いておきたいと思います」
テンドウは協力体制の構築をかなり前向きに考えてくれているようだ。先に作戦を考えておくことは重要だろう。
「そうですね……。結界術や隠蔽術で子供達や集落を守る、というのはまず必要になってくる部分かなとは思います。特に……潜入調査に当たって、隠形や拠点を守る手段は豊富に準備してきましたからね。拠点の防衛や多対一の戦いに向いた能力を持つ仲間も一緒に来て、後方で控えている状態です」
そう言うと御前がうんうんと頷いたりしていた。うむ。
「では、骸から皆を守る手段は豊富という事になりますね。ただ……あの方が完全覚醒した場合に、解放された骸達の戦力がどうなるのか、という部分は私達にも未知数ではあります」
テンドウはその様子に少し笑っていたが、やがて思案しながら答える。
『年月が経った分、呪いも強力になっているだろうしな。見たところ、恨みを核に生じているから人格に近いものもあったし、こっちが対策をしているとなったら、向こうも本腰を入れてくるだろうよ』
『望むところだな。真っ向から叩き潰すまでだ』
レイメイが言うとゼルベルも牙を剥くように笑って指を鳴らしていた。そんなゼルベルの様子に気が合うというようにレイメイも笑っている。テンドウ自身も武家の祭事に使われている面だからか、戦いの場面を想像して魔力を研ぎ澄まさせていたりするが、レイメイやゼルベルとは気が合いそうだな。
そうしてこちらの手札や子供達、集落を守る方法について話をしていると、女官達が戻ってくる。伝達をしてきたというわけだ。
「では――城の一角に主だった者達を集めて話をする事にしましょうか」
そう言って、テンドウが立ち上がる。その席で俺も顔を見せ、実力の証明などをしていく、というわけだな。