番外1759 確かに信じられるものは
『お話も聞いてもらえそうで、良かったです』
「うん。重要なのはここからになるけれど」
グレイス達と少し笑って話をする。後ろの方でルフィナやヴィオレーネの屈託のない笑い声も聞こえてきて。少し表情を緩めるとテンドウも言う。
「……ふむ。ここに来た動機にも関わっていそうではありますね」
「んん……。否定はしません」
テンドウは俺の返答に、少し笑って応じていた。対応が幾分か柔らかいものになっているように思う。同席する幽世の住民達も頷いたりしていたが。
「少し貴方の事もわかってきたような気もします。まあ……お互い判断には影響しないように気を引き締めていきましょう」
「確かに、そうですね」
感情移入して判断ミスをしてしまっては本末転倒だからな。
というわけで気を取り直し、テンドウ達と向かい合って座る。武官、術師、女官もテンドウの後ろに控え、俺もみんなが映っている水晶板をテンドウ達から見えるように配置した。
「さて……では話の続きをしていきましょうか。カギリ様は普段眠りについており、その眠りが浅くなると、あの骸共が連動するように幽世の内部に現れるようになります。ここまでは良いですか?」
「はい。僕達が見て、推測してきたものと大きくは変わりません」
「骸は非常に敵対的且つ攻撃的で、とりわけ生ある子供達への襲撃に執着しています。それが私達にとっての急所でもあると、理解し、学習もしているのでしょうね。骸への対処は、見た通り出現したものを撃破する事。しかし彼らは霊魂そのものというよりは呪詛を核にして表出してくる存在であり、いくら倒しても尽きる事がありません」
……厄介だな。アンデッドですらない、呪詛を源泉として形成される敵性存在か。邪精霊のような存在と認識していた方がいいのだろう。
「今まではそういった事態にはなっていませんが……カギリ様が仮に完全に目を覚ませば、あれらも相応の数が溢れる事になると思われます。私達に抑える事ができなければ幽世の外に出る事もあるでしょう」
『骸達は血族への攻撃に執着している……。となると、結果としては集落への襲撃、でござるか』
「そういう事になる、でしょうね」
……なるほどな。子供達を招いて信仰や祈りの力を借りて眠りを維持する事は、結局集落全体を守る事にも繋がっている。カギリは無意識的ではあるようだが、テンドウはその状況下でできる事をきっちりとしている、といった印象だ。
「カギリ様が完全に覚醒なされる前に、祭事を行う事でそうした事態を回避する事ができます。祭りという言葉から想像されるものとは逆に、粛々と行われる鎮静の儀式ということになりますね」
普段を楽しく過ごせる事に感謝を示して祈る……しめやかに行う祭事、という事らしい。
カギリとしても、それで安心して眠りにつく事ができるという事なのだろう。確かに、普通の賑やかな祭りでは逆にあの時の記憶を呼び起こしてしまうか。
幽世の外――集落の暮らしは慎ましやかなものだしな。逆に祭事を賑やかにしなければつり合いが取れないように思うし、集落にもカギリを主眼に置いてそうした祭事を存続させるというのは……心情的にも信仰の維持としてもマイナスな面もあるだろう。
「やはり……過去の記憶で見た裏付けになっていると思います」
「ふむ。見解を聞きたいですね」
俺が言うと、テンドウが興味深そうに見てくる。
「呪毒を用いている最中だった相手を、激情を以って殺めたことで互いの負の感情が結びついてしまったのでしょうね。そこで縁――呪詛同士が結ばれて、連動してしまう結果になっている。一方が活性化すればもう一方も活性化するわけですから。鎮静化や鎮魂の方向で祈りを捧げれば、呪いも沈静化する、と」
「そうですね。私達も同じような結論に達しています」
テンドウがそう応じる。テンドウはカギリの眷属だ。だから現状を維持していると言っても、今の状況を決して喜んでいるわけではないのだろう。口調こそ平素であったが言葉にする瞬間、少しだけ魔力が揺らいでいた。
「その上で……私達にはこの方法以外に手がありません」
『えっと……私にした時みたいには?』
と、セラフィナが首を傾げて尋ねてくる。
「不可能ではないけれど他の手札を揃える必要があるかな」
セラフィナが言っているのは、俺とセラフィナが出会った時にやったように、影響を与えている負の魔力ごと弱めることで浄化して救い出す方法の事だな。
これは……不可能ではないが今回の場合同じように、というのは難しい。
カギリの場合は呪いが相当根深いものだし、神格を持っているからセラフィナの時よりもかなり困難だ。成功してもかなりカギリの力が削がれてしまうであるとか、諸々の問題がある。
そうした事をセラフィナの時の事例を出しつつ両者に説明すると、テンドウ達は静かに頷いていた。反応からして思い至っている内容ではあったのだろう。
「眷属である以上、私達にあの方を止めることはできませんからね」
そうだな。そもそも眷属であるテンドウ達には難しい方法だ。
例えば一緒に溢れ出す骸達への対処はできても、カギリが覚醒した時に呪いに引っ張られて激情に駆られていたら。
テンドウ達はカギリの意思に従わなくてはならないだろう。予想される可能性では、例えば骸達を殲滅するという意思に引っ張られること、或いはそうした命令が来ることだ。
そうなってしまえば子供達や集落の防衛まで手が回るとは思えない。何よりカギリと骸達の呪いは繋がっているから、骸達だけを倒しても意味がないのだ。
骸達に対処する事ができたとしても……眷属達の生来の能力は、カギリには多分効果が薄いだろうしな。
「但し――僕達の場合はその制約はありません。諸々の危険が伴う手段であるというのは分かっていますが、互いの呪いが連動しているという事は力を削ぐ事が呪いも削ぐ事に繋がっていますからね。そこに幾つかの手札を加えるという方法を考えています」
『祈りや信仰の力の集中と、解呪術式だな』
テスディロスが俺の言葉を肯定するように頷いた。
「解呪……」
『私達――魔人に連綿と続いていた呪いを断ち切ったのが、テオドール公なのです』
『最古参の私の解呪をも成功させておりますからな』
ウィンベルグやオズグリーヴが言う。
「つまりは……あの方と戦って力を削ぎ、最後の仕上げとして清浄な力と祈り、解呪を以って柵から解き放つ、と」
「方向性としてはそういう話になりますね。骸を抑え、同時に子供達と集落を守る手段も必要となりますが」
結局眠ったままでは呪いも表出しない。事態を解決するには真っ向から向き合う必要がある、という事だ。
「それは……仮に上手く行ったとしても、確実にあの方の力の低下を招きますね。力の回復まで幽世の維持も難しくなるかも知れない」
……そうだな。首尾よくいったとしても環境は大きく変わる。決断はテンドウ達がするしかない、というのはあるのだが。
コタロウ達の事は説得して集落に戻す事ができるかも知れない。しかしそれとは別に、幽世が抱えている問題や、集落の潜在的な危険は解決しない限りそのままだ。
「どう環境が変化するのであれ、僕達にあなた方に危害を加えるつもりはなく、望むのであれば事後処理のお手伝いもする、というのは明言しておきます」
ヨウキ帝やジョサイア王もその言葉に同意を示すが……テンドウ達が迷っているのは傍目からも窺えた。
それは……そうだろうな。信じて欲しいと言葉を尽くすのは簡単だが……裏切り者の存在によってこういう現状になったのだ。俺達がこの場で嘘を吐いていないのだとしても、人の心というのは後から変わる事もある。良からぬことを企てる者もいる。外の事をそう簡単に信じ、委ねて決断に踏み切れるのであれば、集落の伝承が途絶えたままにしておくような事もあるまい。
『あのっ……』
と、そこで声を上げた者がいた。
その言葉を紡いだのは……俺達に琵琶や三味線を聴かせてくれたミツキであった。
テンドウ達がそちらに目を向けると、ミツキは少し逡巡したような様子を見せたものの、意を決したかのような表情で言葉を続ける。
『私のような力の無い者の言う事ではありますが……どうか……信じてはいただけないでしょうか。私ではなく、この国の帝とその方が信頼する術師様の事を……何卒』
『ミツキ……そなたは』
ヨウキ帝が何かを言いたそうに口を開く。
『陛下……。どうか、お願いします』
『……分かった。これも縁というものなのだろう』
ミツキの言葉に、ヨウキ帝は暫く考えていたが、やがてそんな風に口にした。ミツキは一度ヨウキ帝に平服してから顔を上げ、言葉を続ける。
『私は……過去の事を琵琶の音色に乗せて語り継ぐぐらいのことしかできません。しかし……。いえ、だからこそ一族が受けた恩情を、何かの形で誰かに返したいと願うのです。裏切る者もいるのかも知れない。人の心が後から変わる事もあるのかも知れない。それは事実です。けれど……それでも確かに信じられるものもあるのだと……他ならない私達だけはこの身とこの血、そしてこの年月を以って、証とできるのですから』
自身の胸のあたりに手をやってテンドウ達に訴えるミツキ。
ああ。その言葉で、何となく察してしまった。ミツキが弾き語り、ヨウキ帝が教えてくれた過去の真実や、二人の間のやり取りと照らし合わせるならば……ミツキの家系、血筋というのは、恐らくそういう事なのだろう。
野心を抱いた武家に擁立された幼帝……ゲンソウ帝の血族。
先々の事を信じる事ができないのなら、過去から連綿と自分達を守り通してくれたという事を明かし、実例として示す事で説得の一助としたい、と。
ミツキが琵琶を奏でて弾き語る生き方を選んだのも……表向きに悲劇として語り継ぐことで、未来への教訓としたいからなのだろう。