番外1758 ユキノと面霊気
「確認しておきますが、元々子供達の救出を目指していたようですが、それはコタロウ達だけの事ですか?」
「そうなりますね。調査した上での推測が間違っていないなら、ここにいる子供達は大半が今の時代の子達ではない。中長期の記憶が薄れるのだとしても、子供達もまた、望んでここにいるようにも見えますし……何より帰る場所の問題もあります。僕達ならそれを用意できるのだとしても、幽世の皆さんが親身になってお世話をしているのは見てとれますから」
テンドウの質問にそう答えると、ヨウキ帝も同意して口を開く。
『そもそも、テオドール殿の見た記憶が正しいのなら、子供達を親戚が保護していると言えるからな。今の時代に帰る場所や心配する者がいるコタロウ達はともかく、他の者達はまた事情も違うであろう』
「私達としては、コタロウ達にもここにいてもらえたら、とは望んでいるのですがね。ただ……ユキノ嬢が帰る場所、子供達の居場所となれるのであれば……それはそれで良いのだと思います。そこまでは、私達としても問題はない、と言えます」
なるほどな。テンドウとしても、その辺は飲める条件、という事なのだろう。
今回招かれた子供達にとって集落での暮らしが辛いものだったのだとしても、それをユキノや俺達が知った以上は後の事は託すことができる。帰る場所を作ってやれるだろうと見積もっているわけだ。
「ですが貴方がたは……それ以上の部分での解決を望んでいるようですね」
テンドウが静かに言うと仮面の目の部分に宿っている光が、細く絞られる。瞑目している、という事だろうか。
「理想を言うなら、ですが。幽世の抱えている構造的な問題の、根本的な解決……という事になりますね。子供達についても……以後の安全を確保できますし。ですがそれを考えるならば情報が足りていない、と思っています」
骸達が出没する理由、構造についても凡その察しはついているが、テンドウ達はその辺をどのように分析し、どのように対策しているのかも把握しておきたい。テンドウ達がこの後、通常ならばどのように事態を収拾するのかも併せてだ。
もっとも、それはテンドウ達が情報を提供してくれるのならば、の話にはなってしまうが。
そうした考えを伝えると、テンドウは目を閉じて顎に手をやり、思案しているように見えた。
『あの……テオドール様、テンドウ様。私もそちらに行っても良いでしょうか? 可能なら、テンドウ様とも顔を合わせて話をしたいのです』
ユキノの言葉に、テンドウが首を傾げた。
「貴女が? 何故です?」
『その……きちんと顔を合わせて、お伝えしたいことがあるからです』
「構いませんよ。直接顔を合わせて話をすれば誠実だとは限りません。逆もまた然りでしょう」
そう言われたユキノは居住まいを正し、水晶板越しではあるがテンドウを正面から見やる。テンドウも静かにユキノの話を聞く構えだ。
『では……。テオドール様から、過去の事情は聞きました。ご先祖様達や神様が守ろうとしてくださった事。その為に傷ついて……眠りについている事。山が普段平和で恵み豊かな事だって、きっと加護があるからなのだと思います。だけれど、私達はその事を知らずに過ごしてきて……。村のみんなに信仰はありますが、それは本当の事を知らないまま恐れる部分が大きいからで……。それは間違っているし、不義理なのではと……そう感じたのです』
だからこそ、集落の人達に本当のことを伝えて、正しい認識をしてもらった上で祈りや信仰が届けられればと。そうする事にテンドウ達の許可が欲しいから説得をしたいのだと、そうユキノは考えを伝えた。
そう伝えられたテンドウはと言えば「ああ」と短く声を漏らして天を仰ぐようにしていた。
「貴女をコタロウ達が慕うのも……分かる気がしますよ。子供達のために畏怖を乗り越えて禁を破り、行動を起こしたこともそうですが……」
テンドウの口調は……変わらず落ち着いたものではあったが、ユキノにかけた言葉にはどこか優しさがあるというか、親しみが込められているようにも感じられた。
いずれにせよ、ユキノに対して好感を抱いた事は間違いないようだ。それでも、テンドウは気を取り直すというか、それとこれとは別というように顔をこちらに向けて、言葉を続ける。
「貴女のお気持ちは分かりました。テオドール殿がそうしたいと思う、動機も。……私達がこの後にしている事、これからしようとしている事について、話をするだけならば問題はないと考えます。そもそも……貴方がたに何ができるのかが分からない以上、私達の知らない解決策を持っている可能性もありますからね」
確かに……そうだな。話し合って案を出す分にはリスクはない。
テンドウ達の対応策に関して言うのなら、長期に渡って子供達を守りながら幽世を今の形に維持し続けたという実績があるのだし、一先ずの対策ができているのなら保留とする事だってできるのだから。
「私達がしている方法について話をしていきましょう。その上で、別体系の技術を持つテオドール殿には意見を聞いてみたい、とは考えています。その前に、私以外の者にもこの場に立ち会わせて下さい。情報の共有はしておく必要がありますからね」
「勿論です。構いませんよ」
そう言うと、テンドウは階下の女官に声をかけ、事情を説明していた。武官、術師といった戦闘要員との情報共有は必要だ。女官は布越しに口のあたりに手をやって、俺とテンドウを見比べるなどして、かなり驚いているようであったが……。
「落ち着いて下さい。事情を説明した通り、現状では話し合いの最中といったところですし、彼らも穏便な対話、円満な解決を望んでいるようですからね。その点については、呼んでくる彼らにもしっかりと伝えておくように」
テンドウがそう伝えると女官はこくんと頷いて足早に立ち去って行った。
「二度手間になってしまいますが、彼らにもまた、事情を説明しなければなりませんね。改めて……ユキノ嬢やテオドール殿の話を聞くのも良いのかも知れませんね」
判断に感情を差し挟みたくないから俺の事を聞くのを保留していた、というのなら、ユキノの説得でもう心理的には動いているから、という事だろうか。
後はこちらの言う事を彼らが信じるか否かになる。
彼らは妖怪や付喪神の類だから嘘は吐かない事を考えれば……契約魔法なりを使って、話し合いの中でこちらの話でも嘘を吐いていない、という事を証明するのは良いのかも知れないな。
契約魔法についてヨウキ帝やテンドウに提案すると、契約術式については東国版もあるということでヨウキ帝が頷き、テンドウもそれでいいのならと応じてくれた。
やがて女官が武官、術師それぞれを1名ずつ連れてくる。改めてテンドウが事情を説明し、そこで契約魔法を交わす事となった。まあ、シンプルにこの話し合いの場で嘘を吐いたら手足の動きが拘束され、吐いた嘘に対して本当のことを話せば拘束が解除される、といった内容で問題ないだろう。
「良いでしょう」
テンドウも頷き、ヨウキ帝が仲立ちとなって契約術式が締結された。そこで改めて今までテンドウに話した内容を説明し、俺に関する話も伝える。
そうして、死睡の王の襲撃やその後の話、魔人との戦いに絡んだ話や獣王国でベルクフリッツから得た情報を元に東国に来た事、ヒタカやホウ国に関する話を、テンドウ達は静かに聞いていた。
「……月の民に魔人……。何と言いますか。想像を遥かに超える内容で驚かされていますが……しかもそれが真実と……」
『実際のところ、東西の国々を合わせても比類なき実力を持つ術者だな。我らの保有していない技術による解決策も期待できよう』
ヨウキ帝の言葉に、テンドウ達は静かに頷く。これで……提示する解決策にしても俺の動機にしても……説得力を持って聞いてもらえる下地は整った、と言えるだろうか。