番外1757 面霊気との対話
変身呪法を解くと同時に仮面を外し、ウロボロスやキマイラコート、ウィズの偽装も解いている。ウロボロスやネメア、カペラにウィズといった面々は……付喪神であるテンドウにとっては近しい存在だからか、やや興味深そうに眺めていた。
そうやってお互い改めて名を名乗ったところで話を進めていく。
「さて。何から話をしたものか」
「僕としてはまだ伝えておいた方が良いと思っている事があるので、それを伝えてから話をしようと思っていたのですが」
「重要だと思う部分がまだあるのなら、そちらから話してくれるのは有難い事ですがね。ですがまず、目的をはっきりさせておかないと、交渉の余地があるのかないのかもわからない。それは貴方も同じなのでは?」
テンドウは顎に手をやりつつ言う。
「それは……ありますね、確かに」
「正体を明かしてくれた事ですし、先に譲れない部分についての質問をして頂いても構いませんよ。勿論、伝えておきたいことが、火急の話でないのなら、ですが」
「では――」
その言葉に一旦目を閉じる。テンドウの言う通りだ。最初にはっきりさせておきたいことは一つであり、譲れない部分はそこだけだ。そこだけ分かっていれば、他の事はどうにかなる。
テンドウを真っ直ぐに見て尋ねる。
「貴方がたの目的を達成するために、子供達や集落の人達に、危害が及ぶような事はありますか?」
「ありませんね。方法としてもそうですし、私達が望んで血族を傷つけるような真似はしません。貴方に情報を伝えた人物にしても……私達側の事情で伝承が途絶えている部分を良しとしてしまっている部分がありますからね。その責を、というのも理不尽な話でしょう」
それならば、良い。テンドウはやはり情報を伝えたユキノのことについても分かっているようで、彼女を念頭に置いた話をしているが……外に漏らしたからとユキノを害する意図もないという。
それは……俺にとっては十分すぎる解答だと言える。
「私も貴方の目的を聞きたいと思っていました。交渉の余地があるか否かは、そこをはっきりさせてからです」
そうだな。テンドウもそこを最初にはっきりさせておきたかった、というわけだ。
「僕達の目的は……最初の時点では子供達の安否の確認と救出でした。今は……そうですね。目下、事態の解決まであの襲撃者から子供達を守る事に移っているでしょうか。僕個人としては、この幽世に構造的な問題があるのなら、できるだけ望みに沿う形での解決に協力したい、と考えていますが」
俺の他にも協力者がいる事は言外に伝えておく。ヨウキ帝達の事は、テンドウに話しておかなければならない事の一つでもあるからだ。それはそれとして、現時点での俺個人のやりたいことが子供達の救出だけではない、という点はテンドウ達に話をしておきたい。
「他にも誰かがいる、というのはともかくとして……何故幽世の事まで貴方が心配するのです?」
「それは……僕自身に感情移入する理由があるからです。言ってしまえば、個人的に思うところがあったからですよ。子供達が行方不明になって、それを取り戻したいと願うユキノさんの事もそうですし……親しい人に裏切られた……イズミさん達の事もそうです」
「――何故……イズミ殿の事、を」
その名を出すと、テンドウは今度こそ固まった。
「この場所が夢と密接に関わっているのは分かっていましたから……。感情的な部分で共鳴していましたから、それをこちらも受け入れて乗る事で……恐らくは、幽世の主の過去の記憶を夢に見た、のでしょうね」
そう答えて先程一旦外した仮面を手に取って、共鳴の実例を見せる。……テンドウが面霊気として覚醒したのはシュンスイの裏切りの後だったのだろうが……それでも覚えている事はあるのだろう。カギリと同じく俺の感情や記憶に共鳴して手にした仮面が細かく振動して魔力を放出する。
テンドウは暫くの間、その光景をまじまじと見て思案している様子であった。
「なる、ほど……。あの出来事に付随する感情に共鳴するとは……その若さで相当な修羅場を潜ってきたと見えますが……」
やがてテンドウはそう言って、かぶりを振る。
「僕の場合は少し状況も異なりますが……」
「イズミ殿の事を知った事と併せて、目的やその動機の部分も納得はしました。貴方自身の生い立ちにも興味が湧いてきましたが……それについては後で聞かせてもらいましょう」
俺の過去について、先に聞いてしまうと判断に影響があると考えたのかも知れない。テンドウはそう言ってから話を続ける。
「少し話を戻しましょう。ユキノ嬢の他にも、協力者がいるというように聞こえましたが。そこについても話はできますか?」
「勿論です。隠すつもりがないから話をしました。遠方にいる面々と話ができる魔道具があるのです。これを通して、紹介したい人達がいるのですが、良いでしょうか?」
というよりも、テンドウの説得に際しては、ユキノ自身も加わりたいと思っているからな。当然、後方と連絡が付くこともきちんと話さなければならない。
「良いでしょう」
少し思案した後にテンドウが頷く。許可が出たところで懐に手を入れて、ローズマリーから借りている魔法の鞄から水晶板を取り出した。
「このようなものまであるとは……」
興味深そうに水晶板を覗き込むテンドウである。魔道具を起動させると、後方拠点や離宮にいる面々と中継が繋がる。
テンドウとの話し合いに際しては一旦中継を切っていたので、こちらの状況が見られるようになると、みんなは笑顔を見せていた。
『お話し合いは上手く進んだのでしょうか?』
「みんなを紹介するところまでは。最終的な判断はまだ保留、ぐらいの状況かな」
「そうですね。一先ず……テオドール殿の在り方や目的から考えて、話し合いは可能と判断していますよ。というより、ここまで万端で調査に来ているとなると、こちらとしても事情を把握しておかなければなりませんし、交渉しないというわけにもいかないでしょう」
グレイスの言葉に答えると、テンドウが応じる。まあ、それは確かに。
そんなわけで後方のみんなを紹介していく。やはりというかなんというか、テンドウとしてはヨウキ帝の存在に一番驚いていたが。御前、レイメイ、オリエといった大妖怪の面々にも驚いているようではあったが、それでも朝廷が自分達を把握しているか否かというのは大きな部分だろう。
「朝廷の……帝本人とは……」
『テオドール公には以前、故合って助力をしてもらったのだ。それに……私が知ったからと案ずる必要はない。テオドール公から情報を受けとった以上、こちらも強硬手段を取るつもりはないと判断している。もし外に対しての脅威足りえる何かがあるのなら、尚更テンドウ殿とは協力した方が良いであろうし、穏便な形で収まるのならそれが最も望ましい』
「なるほど。私の想像していた以上に、テオドール殿は重要な御仁のようですね」
テンドウはまだ困惑している部分はあるものの、冷静に情報を受け取って思案を巡らせているようだ。
「そして――貴女がユキノ嬢ですか」
『はい……。その、外の方々に助けを求めてしまった事は……』
「テオドール殿にも伝えましたが……伝承が途絶えたことを知りながらも放置しているのは我々です。当然集落に掟や不文律があったとしても、それにも関わっていませんからね」
テンドウはユキノに言う。
「それに何より、貴女が行動を起こしたのは子供達を護ろうとすればこそ。であれば、責めることはしませんよ。というよりも、本来はこのように幽世に入られる事も想定の外でしたからね。誰かが外に行動を起こしても問題は無いと考えていたのですよ」
実際……ユイやサティレスの能力がなければ、こうやって秘密裡に侵入する、というのは難しかっただろうしな。ユイの方法はともかく、強引な方法で突破しようとすれば、それこそテンドウが察知して対処に動いていただろう。
そもそも成り立ちを知った今考えれば、カギリは外からの敵対的な侵入を無意識的に拒むだろうから、強行突破しようとすれば……カギリ本人が目覚めて行動とまではいかないにしても、恐らく強固に幽世と外界が遮断されてしまうだろう。