番外1756 正体と名乗りと
テンドウとの話は、それからしばらく待ってからの事になったので、その間にタケル達とも少し話をして、少し情報収集もさせてもらった。
といっても、これは今まで出ている情報の裏付けのようなものだ。目下の騒動を治めるためにカギリに再び深い眠りについてもらう必要がある……のだとは思うが、そこで信仰や想いの力を必要としているとなれば、場合によっては生贄を伴う儀式、という可能性もあった。
長期的な記憶の保持が曖昧になってしまうというのはあるが、古参の子であるタケル達は繰り返している回数が多い分、ある程度のことは聞けるのではないかと期待している部分もあった。
カギリの夢の中では、襲撃から生き残った赤ん坊をテンドウやイズミが腕に抱いている光景もあったしな……。幽世が形成されて今の形になる過渡期も、もしかするとタケル達は過ごしているかも知れない。
夢で記憶を見る前は……コタロウ達や自分のように外から人はちょくちょくやってくるのか。去っていく者はいないのかと探りを入れる事でその辺を調べるつもりでいたのだ。今となっては念のため、という程度のものでしかないが。
「んー。たまに……なのかな。コタロウ達やミカゲみたいに人が沢山増える時って、あいつらが襲って来る時でもあるんだ。でも、その時はいつもみんな、テンドウ様達に守ってもらってるからね」
と、そんな風に言ってタケルは誇らしそうに笑っていた。
そうだな。子供時代のままで止まってはいるけれど、本当にあの時の子供がタケル達なのだとしたら、テンドウ達は紛れもなく育ての親だ。信頼しているのも分かる。
そうやって話をしていると女官達がやってきたので、コタロウ達と共にテンドウのところへと向かう事になった。
武官も護衛について、女官達と共に廊下を進む。曲がりくねっていて昇ったり降ったりするので構造が分かりにくいが……ウィズのマッピングから察するに、この棟の天守あたりに向かっているようだ。
と、急な階段を昇ると、そこにはテンドウが待っていた。
「待っていました。私に話があるという話でしたね」
「は、はい。僕達はその……相談したいことが。ミカゲ君はまた違うみたいですが」
「別件というのは伝えられていますよ。そう硬くなることはありません」
コタロウの言葉にテンドウは落ち着いた物腰で応じる。
「僕は……コタロウ君達の後からでお願いできますか。少し長くなってしまうかも知れないので」
「ふむ……。良いでしょう」
俺が言うと、テンドウは少し思案した後でそう答えた。
相談を受けている間、俺は隣の部屋で待っている、という旨を伝えるとコタロウ達も頷く。
「ユキノさんが安心できれば……知り合った僕としても嬉しいし、後でどうなったか教えてね」
「うんっ」
そう言ってコタロウ達は隣の部屋でテンドウとの話を始めた。俺としては……滅多な事が起こらないよう気配や魔力の動きなどに注視していればいい。テンドウはともかくとして、骸達が襲撃してくる問題は、依然として続いているし。
コタロウ達からは後で話を聞けるわけだし、テンドウ達の考えを知る上でも話し合いの行方を見守っておくというのは大事な事だろう。俺が干渉するとそれで流れも大なり小なり変わってしまうからな。
テンドウとコタロウ達の話し合いは、終始落ち着いた雰囲気だった。魔力が乱れるような事もなく、どちらかが声を荒げるような事もない。特に耳を傾けているわけではないが、隠す事でもないというように普通に話をしている。
「そうですね……。大切な人が外にいるのであれば、話を通しておきたいという気持ちは分かります。残るか残らないは、まだ迷っているという事も。私達としては……残って欲しいとは思っているのですよ。ただ……それはもう少しだけ待っては貰えませんか」
「もう少し?」
「貴方がたが、この幽世を少しでも気に入ってくれているのであれば、の話ですがね。力を借りたいのです。危ないことはないようにしますし、今の状況が落ち着いたら話ができるようにすると約束しましょう」
……やはり。状況を打破するためにというか、それとも幽世を維持するためにか。テンドウ達の対策は、信仰や祈りの力を借りて呪いに対抗するという方向で間違いなさそうだ。
「そういう事なら。みんなは、どう?」
「私は、大丈夫だよ。テンドウ様達、優しいもん」
「うん。俺も……ここで過ごすのは楽しいし」
という事で、話はまとまったようだ。約束とまで言った以上は、記憶が薄れるからと反古にするような事もあるまい。
そのまま待っていると、隣の部屋からコタロウ達が顔を覗かせる。
「お話終わったよ」
「後でユキノ姉ちゃん達と話ができるようにしてくれるって」
そう言って嬉しそうにしているコタロウ達である。
「ん。なら良かった」
「次はミカゲ君のお話だね」
「そうだね。僕の方は……ちょっと込み入ってて……長くもなりそうなんだ」
「そういう事なら、戻っていた方が良いのかな」
「ごめんね」
「謝る事ないよ」
女官と護衛の武官が視線を送ると、テンドウも頷く。
「その子達を送ったら戻ってきてください」
幽世の住民達は静かに頷いてコタロウ達を連れて出ていった。
「ではお話を聞きましょうか。こちらへどうぞ」
奥の部屋に通されて、向かい合って座る。
さて。では……話を始めるとしよう。
「まず、謝らなければならない事があります」
「謝る?」
居住まいを正して言う俺の言葉に、テンドウは少し怪訝そうに首を傾げる。
「僕は、招かれたのではなく理由があってここに来ました。誤解して欲しくはないのですが、悪意があってのものではなく、神隠しにあった子供達の身に危険が迫っていれば、それから守る為だった、という事はお伝えしておきます。この姿も……術で姿を変えたものです」
「ほう……。冗談の類――ではなさそうですね」
少しだけ、周囲の空気が張り詰めたものになる。落ち着いていたテンドウの魔力が研ぎ澄まされたものになったからだ。臨戦態勢……というほどではないな。様子見で探りを入れたという印象だが。
受け流すように、こちらも魔力を纏って応じる。
「足も痛めてはいない。驚嘆すべき偽装ぶりですが……。なるほど。渡り廊下に襲撃を受けた際の、あの違和感。あれも貴方ですね、ミカゲ」
「そうですね。あの時点で発覚するのではないかと、少し冷や冷やとしました」
「……子供達を護ってくれた事には、礼を言っておきましょう。この場所の存在を知った理由にも、おおよそではありますが、察しはつきます。しかし、あの時からそれほど時間も経っていない。こうやって自分から正体を明かすような状況の変化があった、と?」
テンドウを、真っ直ぐに見ながら頷く。やはり、ユキノが外に話を持っていって俺がやって来た、という事には思い当たるか。少なくとも俺と相対しているテンドウには、その事で感情を荒げているようには見えない。切り出し方を選んだとはいえ、理性的である、というのは有難いな。
「はい。まず、ある程度の調査を経て事情が分かったというのがあります。それと……腹を割って話すべきだと思ったから、ですね」
テンドウは静かに話を聞いている。色々と考えを巡らせているようではあるが。
「ですから、術を解いて本当の姿を見せても良いでしょうか? 海の向こうの西国からやってきたので、少し驚かせてしまうかも知れませんが」
「大陸から、ですか。ふむ……」
多分テンドウが想像しているのは地理的にはホウ国あたりだろう。といっても幽世にあまり外部からの情報は入っていないだろうから国名は過去のもので、ホウ国とは違うだろうけれど。
というわけで問題はなさそうなのでマジックサークルを展開して変身呪法を解く。光に包まれる中で今度こそテンドウは腰を浮かせた。
「――これ、は。……流石に驚きましたね」
光が収まる前にテンドウは言った。姿形ではなく、偽装で抑えていた魔力の一部が解放されたから、そちらに対しての反応だろう。影響を与えないように周囲に魔力が広がらないようにはしているが。
変身呪法の光が収まる。テンドウは再び腰を落ち着けると、顎のあたりに手をやって、俺を見やる。
「隣国の者ではない……。もっと遠方の異国ですか?」
「そうですね。ずっと西の方にある、ヴェルドガル王国というところです。本当の名はテオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと言います」
「では――私も改めて名乗りましょう。我が名はテンドウ。カギリ様の眷属にして面霊気。主より庭の管理を任された者です」