番外1755 そして子供達の想いは
『テンドウには、俺もきちんと正体を明かす必要があるかな。子供達の安全を確かめて、場合によっては救出する必要があったからとは言っても、過去の経緯を知ると、裏切りや騙し討ちには敏感だろうからね』
そう言うとみんなも頷いていた。
『そうだな。実際そうした方が向こうとしても反応も穏当なものになるのではないかと思う。話し合いや交渉の余地があると最初から分かっているというのは大きい。その結果としてテンドウに首尾よく話が通れば集落側にも説明を、という流れになるのだろうが……その際は私やイチエモンがユキノ嬢に付き添って集落側に向かうのが良さそうだ』
と、ヨウキ帝が言うと、イチエモンも『お守り致すので安心して欲しいでござる』とユキノに笑みを見せていた。
『ありがとうございます。心強いです』
そう言ってユキノも笑みと共に一礼を返す。そんなわけで、話を通すまでの流れや、拒絶された場合の対応方法等も考えていく。
『拒絶の場合も……無理やり救助というのは拗れる可能性があるから、交渉を前提に考えていくのが良いだろう。コタロウ達当人の意思も重要になってくるから、その時こそ姉の説得の出番だな』
ジョサイア王が言うとユキノも真剣な表情で気合を入れている様子だった。集落の人達に話を通したり、状況次第ではやはりコタロウ達の説得をしたりと、ユキノの果たすべき役割は大きいようにも思うが……気合こそ入っているものの、逆に危うさが感じられなくなったというか、気負い過ぎてはいないように見える。
多分そのあたりはコタロウ達が無事で、大切にされている事やテンドウ達に危害を加えるつもりがないという事が分かったからという部分と、カギリ達の過去から来る部分だと思う。
事態そのものを何とかしたい。力になりたい。元々強い決意や覚悟を固めていただけに、そういった方向に想いがシフトしているのだろう。
そんなわけでテンドウ達に話をするにあたり、諸々想定される状況に対応できるように準備を進めておく。準備、といっても元々潜入作戦中であるからいつ攻撃を受けても対処できるしすぐに動けるようにはなっているが。
もし幽世の住民に発見されてもまず基本的には対話を望む方針を見せる。攻撃を受けても遅延や防戦を基本とし、撤退を優先する、という事になるか。勿論、どうしても身を守らなければならないとなれば、その限りではないという事は伝えておくが。
『そうした場合でも、まあ……加減はできるようにしたいところだな。取り返しがつく程度の怪我や消耗程度で済むのならその後の展開も大きく異なる』
『そのためには力量……日々の研鑽が重要になってくるって事だな』
テスディロスの言葉に腕組みしつつも頷いているゼルベルである。うん。実力をつける事で選択の余地も生まれるのだから良いことだ。
『ともあれ、交渉を良いものにするために、もしもの場合の被害を少なくするというその中には、みんなも含まれてるって事は忘れないようにね』
『ふっふ。そうしたご配慮は嬉しく思いますぞ』
オズグリーヴもそう言って楽しそうに肩を震わせる。御前やオリエ、レイメイ達もうんうんと頷いていた。この調子なら後方は大丈夫そうだな。バロールが控えているし転送魔法陣での撤退も可能なので準備は万端と言える。いつでも動けるので後は俺の方のタイミングに合わせてくれる、とのことだ。
そうして話をしていると、衝立の向こうからやや遠慮がちに声が掛けられた。
「ミカゲ君、起きてる?」
「……うん。どうかした?」
ウタの声に答えると、コタロウ達が顔を覗かせる。
「その、さ。ちゃんとテンドウ様達に話をしてみようって話をしてたんだ。いきなりこっちに来て……姉ちゃん、やっぱりすごく心配してるみたいだし……」
コタロウが言うと、子供達の中の一人が俯いて言う。
「俺さ。ここにいるの、楽しいんだ。みんな優しいし、居心地よくて……。でもやっぱり、どうするにしたってちゃんと話をしたいとか……みんなそれぞれ違うもんな。ユキノ姉ちゃんは……その、優しいし、良い人だし、さ」
そう言ったのは、最初にいなくなったという男の子だ。それぞれの家での細かな事情は、薬師としての接点以外ではユキノにも分からないと言っていたが……少なくともコタロウを始めとした友達や幽世の先達や住民達と一緒にいるのは楽しいという事なのだろう。
ウタを始めとした他の子供達も、ユキノ姉ちゃんが、という部分には同意するように頷いていた。薬師としても隣人としても人望や人気があるのだろう。神隠しへの対応やテンドウ達への想いを聞いてもこうした反応は納得できる。
「姉ちゃん……ずっと頑張ってて……。……でも俺、大したこと何も返せなくて。姉ちゃんの邪魔になってるんじゃないかなって、ずっと思ってたんだ。だから……こっちに来た時……ここにいた方が姉ちゃんも楽になるんじゃないかって……テンドウ様達はみんながいてくれるだけで助かるんだって……。でも、そんな話聞いちゃうと、さ」
「――うん」
コタロウの目を見ながら頷く。姉への正直な気持ちを吐露したからか、コタロウは少し誤魔化すかのように照れくさそうに笑って頬をかいたりしていたが。
『みんな……コタロウも……。……邪魔だなんて。そんなこと、ないのに……』
子供達の言葉を聞いたユキノは、目を閉じてかぶりを振っていた。
「だから、私達からもちょっと……テンドウ様に話をしたいって思って……。すぐに帰るとか残るとか決めるわけじゃなくても……無事だしみんな優しいから、心配ないっていうのは……伝えられないのかなって……」
そうだな……。帰るか残るか。決断を保留するにしても、状況と気持ちを伝え合うというのは大事なことだ。
ただただいきなりやり取りが途絶えてそれっきりというのは、な。場合によっては家族といえど距離を置いた方が良いというのはあるとは思う。自由な行き来が難しいという場合でも、水晶板で通信を、という解決手段も提供できるし。
そうした解決方法にしてもテンドウ達にもまた、考える時間は必要だと思うけれど。
「分かった。僕からも、テンドウ様には別の事で話があるんだ」
「それじゃあ、一緒に行く?」
『ふむ。その方が対処の幅も広がって良いかも知れないな』
『確かに。テンドウ達が子供達に対して強硬手段に出るとは考えにくいが』
テンドウ達の対応もだが、襲撃してきた骸の事もある。コタロウ達が移動している時に一緒にいれば、渡り廊下の時のように対応も可能だ。
「うん。一緒に行くほうが良いのかな。コタロウ君達と別のお話っていうのはちゃんと伝えておく必要があるけれど」
少し考える素振りを見せてヨウキ帝の言葉に通信機で同意をしつつ、コタロウ達にも応じる。
何の話かと聞かれたらまあ……昨日の襲撃に絡んで気付いた事、と伝える事にしよう。そのあたりは嘘ではないしな。
コタロウ達もユキノの事があるし、テンドウ達にも予定があるから伝達に関しては早い方が良い。
俺も横になっていたら大分疲れが取れたからいつでも大丈夫と伝えると、コタロウ達は早速廊下で待機していた女官達に話を通していた。
「――だから俺達とミカゲの話は別のものだけれど、どっちもテンドウ様に大事な……ええっと、相談したい事があるんです」
女官は顔を布で覆っているので表情こそ分からないものの、俺やコタロウ達の様子をじっと見てから大事な話と判断したのか、胸のあたりに手をやって請け負ったというように、こくんと真正面から向き直って頷いてくれた。
「ありがとうございます」
「ありがとう……!」
コタロウ達と共に礼を伝えると女官はまた頷いて、その場を足早に去っていった。さて。では……再びテンドウとの対話だな。今度は……正体を明かして話をする事になるだろう。