番外1754 ユキノの想い
「おはよう」
「うん。おはよう」
『ふふ。おはようございます、テオドール様』
『ええ、いい朝ね』
暫くするとコタロウ達も起き出して、朝の挨拶をすると水晶板の向こうでもみんなも一緒に朝の挨拶をする。
コタロウ達には挨拶は伝わっていないが、それでも一緒に挨拶し合うのを何となく楽しそうにしているグレイス達である。マルレーンもにこにこしながら手を振ったりしてきて。
『もう通信機で昨日の夜に見たものはそっちにも内容を送っているけれど、みんなも起きてきたからね。それに目を通して貰ったら改めて話をしようか』
通信機でそう送ると、みんなも頷いていた。因みに夢の内容に関しては……カギリやイズミ、シュンスイの名は省いて送っている。現時点では名を呼んで話をする事で、縁が繋がって向こうに察知されてしまうようになるのを避けたいからだ。
発覚が困るというより、テンドウと話を付けて動く前に状況に変化が生じてしまわないように、というわけだな。
そんなわけでみんなは早速通信機の内容に目を通し、情報の共有をしていた。
あまり明るい内容ではないから、目を通すとみんなも少し浮かない顔になっていたが、どうすべきかを思案し、しばらくすると決然とした表情になっていたりと……各々の中での答えなり方針なりは、きちんと出ているようだ。
考えを纏め、落ち着いてから話をしようという事で朝食後に話をするという事になった。
幽世の子供達の方はどうかと言えば……昨日の襲撃もあって環境が変わったので、今日は学習も訓練も執り行わず、新しい環境に慣れられるようにのんびりして良い、とテンドウからの通達があったようだ。
ただし、奥の城は寄宿舎側と違って構造が複雑で迷いやすいから、子供達だけで部屋を離れて動かないように、との事だ。
実際回廊も曲がりくねっていて、昇り階段、下り階段も必要以上に挟まって入り組んでいるという構造だったしな。脇に兵を潜ませておける構造になっていたりと、城でありながら迷路状になっているあたり、カギリの心情が反映されているのだとは思うが。
まあ……子供達で出歩けないというのも含めて仕方ない事なのだろう。迷いやすい事を抜きにしても骸達の襲撃があったばかりだし、迷子になって所在が分からなくなってしまったところに骸の襲撃や不意の遭遇等があっては困る。
幽世の住民達はどうも幽霊や亡霊というよりはカギリの眷属となっていて、魔力波長からすると精霊のような存在ではあるようだが……成り立ちからして子供達を護ろうとするのも分かる。人であった頃の記憶がどれほど残っているのかは分からないが、自分達の子孫でもあるのだし。
事情を知った後だとテンドウに言われたからというよりは、自分の意思も相まって甲斐甲斐しく世話をしているように感じられるしな。
というわけで子供達はそれぞれ部屋でのんびりするようだ。仲良くしている子供達同士で集まって談笑したりと賑やかな雰囲気が伝わってくる。
コタロウ達はユキノの事を少し真剣に考えたいという事で、部屋で話し合いをするようだ。俺は……というよりミカゲの立場としては、一応話はしたが、ユキノとは一時の知り合いだから、きちんと身内で話し合って欲しいと、その席への立ち合いは遠慮させてもらった。
ここ最近の状況変化で少し疲れているので今日はゆっくり休むと伝えると、コタロウ達は心配してくれていたが、寝床で横になっているので何か聞きたいことがあれば声をかけて欲しいと笑って答えると、納得はしてくれたようだ。
「それじゃ、きちんと休めるように衝立を立てておくね」
「気分が悪くなったら遠慮しないですぐに言ってね」
「うん。ありがとう」
これでコタロウ達はコタロウ達で。俺達は俺達での話し合いに集中できるだろう。
身体を横にして休んでいるように見せながらも、水晶板の向こうに意識を向ける。
『……血族の者達を護る為に、ですか』
『色々と――重ねて見てしまう部分があるわね』
グレイスやクラウディアがカギリやイズミ達の行動についてそう言ってやや物憂げな表情を見せたり、目を閉じたりすると、皆も思うところがあるのか、少し浮かない表情になっていた。
血族の者達を護るために今も眠りについている事。呪いを受けてそれが尾を引いている事。それらは母さんもそうだし、氏族達としても我が身に重なる部分があるのだろう。
カギリの行動にもその眷属であるテンドウ達の行動にも悪意はないし、彼らが子供に危害を加える事もない。それでも問題はあり、喜べるような状況ではないのは確かだけれど。
『朝の内容では分かりにくい部分等がありましたら、質問には答えます』
『分かりやすいとは思ったが……だがそうだな。各々質問や確認しておきたい事はあるだろうから、最初にそうした時間を設けるか』
ヨウキ帝が言うとみんなも頷く。というわけで、疑問に思った事等の質問に答えていった。
夢で把握のできない細かい部分は分からないが襲撃者の攻めてきた方角と幽世の城の防備が厚い方角は一致している事などは、イチエモンとタダクニが興味深そうに頷いていた。
『そのあたりは、やはり重要な情報でござるな』
『地理情報と照らし合わせれば、来歴を調べるのにかなり絞り込みやすくなるでしょう』
そう言って早速都の陰陽寮に連絡していた。時代背景までは分からないが、服装や建築様式からある程度は推測も可能だしな。上手くすると案外早く分かるかも知れない。
そうやっていくつかの内容を確認したり質問をした後で、これからの方針について話が及ぶと『その……良いでしょうか?』とユキノが言った。みんなが質問をしている間も、ユキノはずっと思案していた様子であったが……。
みんなの視線が集まると、ユキノは言う。
『その……もしかしたら的外れな事を言ってしまうのかも知れませんが』
『いえ。思う事があるのなら言っておく方が良いでしょう』
『そうだな。直感や想いも疎かにすべきではない』
俺の言葉にジョサイア王が同意すると、ユキノは俯いていたが……決然とした表情を浮かべて顔を上げると言葉を続ける。
『今、私がしなければならない事は……多分コタロウ達を説得する事ではない、ように思ったんです。そうではなくて……神隠しが起こるようになった経緯や……そこにどんな想いがあったのかを、きちんと集落の皆が知っておくべきで……その事をみんなにきちんと伝えられるのは、今の時点だと、私だけなんじゃないかって……』
……そう。確かに、そうかも知れないな。信仰が必要だから子供達を留めているわけだし。
伝承が途切れても改めて周知しないのは……子供達がいるから事足りるというのもあるのだろうが、裏切りがあったから臆病になっている事も背景としてあるだろう。特に、カギリは呪いを受けて変質しているから恐れを向けられてしまうのも、誤解というわけではない。
『ユキノさんは……きちんとした信仰の形に戻って欲しい、と思っているわけですね』
『信仰……。そう、かも知れません。だって、そんなになってまで想ってくれているのに、私達は何も知らずにいるなんて。不義理ですし、間違っているように思うんです』
ミツキが尋ねるとユキノが答える。ミツキは琵琶や三味線を聴かせてくれた離宮の女官だが、ヨウキ帝が立ち合いを許している。ヨウキ帝としても理由あってミツキに聞かせておきたい内容、とのことで、何か考えがあるのだとは思う。実際、夢の話にはミツキも何か思うところがありそうだしな。
しかし……そうだな……。ミツキの事情はともかくとして……結局神隠しにあっても、それで招かれた子供達が酷い目にあっているわけではない。きちんと誤解が解けて不安が薄れ、信仰が平常化できるなら、それが集落とカギリの関係としては一番良いのだろうし。
ただ、その辺はテンドウ達が敢えてそのままでもいい、とした部分でもある。テンドウ達と話をした上でそうするのが良いと思うのだ。きっと、問題を解決する上でもユキノや集落の人達の想いというのは重要な部分になってくる。そして、それを伝達する場合、確かにユキノ以上の適任者は他にはいないのだろう。
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