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243 仮面の騎士

 港の――兵士達の詰め所にて、ジルボルト侯爵の船が入ってくるのを待つ。


「来たようですな」

「では、行きましょうか」


 侯爵家の家紋が船体に入れられた帆船が、沖から段々と近付いてきたところで港にベネディクトが現れる。


「ベネディクト卿」


 港に入ってくる帆船に視線を送っていたベネディクトの背にジルボルト侯爵が声をかけた。


「これは……ジルボルト侯爵」


 ベネディクトは振り向いてジルボルト侯爵と対峙する。

 俺とグレイスはジルボルト侯爵に付き従う使用人のように後ろに控える。何かあればシールドで攻撃を防げるように準備はしている。

 ベネディクトがもし魔人ならば、それと察知したアシュレイがマルレーンとクラウディアに伝えて、祝福が発動することになるだろう。


「留守とお聞きしましたが。何故、侯爵がここにいらっしゃるのです?」


 あまり感情に起伏のない調子でベネディクトが尋ねてくる。

 まだ船が着いていないのだからジルボルト侯爵が先に港に現れるのはおかしい。それを訝しんでいるのだろうが、顔の大部分が見えないからか感情が読みにくいな。


「実は問題が起こりましてな。対応と指示のために一足早く領地に戻っていたのです」

「ほう。その問題とは?」

「これです」


 ジルボルト侯爵が木箱を開けて、中に入っている魔女の石膏像を見せる。前置き無しで重大事項を明かすことで反応を見る手法なわけだが――ベネディクトは木箱の中の石膏像に視線を向けたものの、目立った反応を見せなかった。


「……彼女は私の妻と娘を暗殺しようとした重罪人です。危険人物であるため、できる限り迅速に王都にも赴き、報告と手配をしなければならないと思った次第。家臣達に色々と準備を進めさせているというわけです」


 ベネディクトは無言。一定の距離を置いたまま向かい合う。はっきりと、張りつめた空気があった。


「ベネディクト卿。あなたはこの人物を知っているのでは?」

「何故……そう思うのです?」


 単刀直入にぶつけられた質問に、ベネディクトは明確な回答をはぐらかす。ジルボルト侯爵は返答を求めず言葉を続ける。


「彼女はザディアス殿下が引き合わせてくれたことで知己を得た人物です。私と卿はお互い、ザディアス殿下とは懇意にしている身。私としては……どうしてもあなたがここを訪れている理由が、休暇以外にも何かあるのではないか……と思ってしまう部分があるのですよ。特に……この日、この時、この港に来ていることが」


 こちらとしては王太子へ事前に情報を伝えず、不意打ちを食らわせるのが目的だ。王太子に態勢を整えさせないために、何かしらの手段でベネディクトの身柄を押さえておく必要がある。

 だからこそ重罪人の仲間であると嫌疑が掛けられているとは明言せずにベネディクトに迂遠に伝えているわけだ。


 そこで問題になるのが、ベネディクトがどこまで事情を知っているか分からない点となる。

 侯爵の先程の話では細かな解釈は相手に任せているから、王太子ザディアスを裏切っているのはお前ではないかと、言外に質問しているようにも受け取れるわけだ。侯爵からの言質は与えず、受け手側の手持ちの判断材料も探りを入れるというわけである。


「なるほど。侯爵の仰りたいことは分かりました。確かに私は、彼女と面識がある。ザディアス殿下には彼女と侯爵の同行を見届けるようにと命令を受けている。疑われるのもやむを得ないことでしょう」

「ご理解していただけたなら、しばらくの間、我が領にてご逗留願えますかな。実は彼女については瘴気を放ったところが多数の者に目撃されておりましてな。もしかすると魔人ではないかという疑いもあるのです。大事であるために、念のためといったところでしょうか」


 願いとは言っているが、領主であるジルボルト侯爵の言葉だ。これは命令に等しい。

 これをベネディクトが穏便に拒否しようとするなら、彼自身の潔白を証明できるように抗弁する必要がある。

 つまり、王太子への裏切りをしていないか。彼自身が魔人ではないか。

 魔女と共謀し、王太子への裏切りや侯爵家の家人暗殺を目論んだ可能性があるから、ベネディクトが王都に向かったり、侯爵に同行したりといったことを許すことができないとこちらとしては言うことができるわけだ。


 そして――ベネディクトがこれらを拒否してジルボルト侯爵に剣を向けるなどの実力行使に出たり、この場を突破して逃げようとした場合は、領主として治安を維持するために拘束すると切り返すことができるわけだ。嫌疑を向けられているのはベネディクトなのだから。


 大人しく従うという場合はまず魔人でないことを証明してもらう。恐らくは――循環錬気を行えば、魔人であるか否かは分かる。

 いずれにしても侯爵領に留め置くことになるために、ザディアスとベネディクトは分断されるわけだ。ザディアス側の戦力の一翼を担っている者を事前に排除し、情報の遮断もできるというわけである。


「魔人……。それは……確かに、大事ではありますが――ぐ……」


 ベネディクトは小さく呻き、仮面越しに額のあたりに手をやる。立ちくらみでも起こしたように、その体が揺れた。よろめくようにたたらを踏む。

 ……何だ、今のは? 仮面の隙間で、何か一瞬だけ靄のようなものが見えたような――。


「大丈夫ですか?」

「――失敬。時々今のように頭痛があるのですよ」


 ジルボルト侯爵が尋ねるとかぶりを振ってベネディクトが答えた。


「一時的なものですから心配は無用です。話を戻しましょう。その要請にはお応えできかねます」

「……何故です? 理由がおありなのですかな?」

「失礼ながら。侯爵ご自身の潔白が証明されてはいないではありませんか」

「ほう」


 ベネディクトの言葉に、侯爵が僅かに目を見開く。侯爵自身が王太子の敵なんじゃないかと、面と向かって言ってのけたわけだ。


「だが、それを言い出せばベネディクト卿も同じでしょう」

「大怪我を負い、記憶を失った私をザディアス殿下は拾って、取り立ててくださった。私はその、大恩に報いる。殿下の身に危険が迫っている可能性があるのなら、その身をお守りするために王都に馳せ参じなければならない。我が忠義と潔白は誰に証を立てる必要もなく、ただ私だけが真実として知っていれば良いことだ」

「卿の騎士としての信念は尊重しますが……ザディアス殿下がどこまでを存じているかも分からないのですぞ? 諌言も忠臣の役目ではありませんかな?」


 侯爵は言質を与えないが、ザディアスはアルヴェリンデが魔人であることを知っていたのではないかと言っている。


「私、には……関係がない話だ。仮にそうであっても同じこと」


 まただ。ベネディクトは揺らぐが、今度は一瞬で何かが切り替わるように立ち直り、淀みのない言葉を返してくる。


「残念ながら。私の目に卿の潔白が明らかになるまでは、卿の行動の自由を認めるわけには参りませんな。これは領主として。そしてシルヴァトリア国王陛下に仕える貴族としての言葉です」

「……ならば答えは決まっている。私の道を塞ぐならば押し通るまで」


 ベネディクトが細剣を抜き放つ。

 集めた情報やここまでのやり取りでは……ベネディクトは理性的に感じられたんだがな。

 これはどう考えても悪手というか、やや短絡的だろう。それにさっきのベネディクトの様子。不安定というか不自然というか……違和感がある。


 記憶を失ったところを拾われたと。そう言ったか。

 いずれにせよ、ここからは俺の仕事だ。侯爵に代わって対峙するように前に出る。グレイスも一歩前に出た。


「来い。ウロボロス」


 港にある兵士達の詰め所から竜杖が飛んできて、俺の手に収まる。ウロボロスを風車のように回してから地面を突き、ベネディクトと真っ向から向き合う。


「何故この場に女子供を同席させたのかと思っていたが。君達は侯爵の護衛か」

「そうだな。貴方の相手は俺だ」

「……今の話は聞いていただろう。子供とは言え、魔術師であるならばこちらとしても全力で応戦せざるを得ない。邪魔をせずに私を通すのならば、誰も傷付かずに済む」


 だがそれでも警告はするわけだ。魔人らしくはないが、まだ演技の可能性も排除できない。まあ、それはこれから戦って確かめればいいだけの話だ。


「貴方の潔白や忠義の真実はともあれ――そもそもの前提が間違っているなら、それらに意味は無い」

「ほう……。殿下を愚弄するか」


 ベネディクトが俺の言葉に反応する。

 前提。つまり、王太子がベネディクトに与えた恩が偽物だったんじゃないかと俺は言っているわけだ。

 ベネディクトの注意を引き付ける挑発として口にしている部分はあるが、それだけではない。


 王太子が記憶を失った人間を拾って治療を施し、魔法騎士として取り立てた。

 だけれど、それはベネディクトの主観でしかない。ベネディクトの言動ならばある程度信じることはできても、ザディアスの恩などというものは今までのことを見る限りでは信じることができない。


 洗脳であるとか、認識の操作であるとか。そういった暗部の魔法を俺は幾つか目にしている。ベネディクトの先程見せた不安定さと、今のこの揺らぎの無さと。その両面性や先程のような光景を見てしまうと……例えば――その仮面がそういった物品なのではないかと疑念が湧いてくるわけだ。或いは、仮面の下に秘密があるかも知れないし。


「そうだな。証拠はない。だけれど、魔人と繋がっている可能性がある以上、貴方を他所に行かせるわけにもいかない。そちらがそのつもりなら、こちらも力尽くで主張を押し通すだけだ」


 俺も笑って答えると、ベネディクトの口元にも笑みが刻まれる。


「実に明瞭で分かりやすい話だな。恐らくだが――君は侯爵の持つ最強の戦力なのだろう? では――この手で道を切り開いてこの町を出ていくとしよう」


 魔力の輝きを纏う細剣を二度三度と振り、ベネディクトは構える。

 カドケウスも護衛班に合流したが――城のほうでも動きがあるようだ。どうやらあちこちで事態が動き出したようである。

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