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番外1751 刀の舞巫女

 目を閉じて、暗闇の中で眠りに落ちていくのに……身体は浮かんでいくような感覚があった。

 浮上していく暗い世界の上の方が段々と明るくなってくる。


 それに従って、遠くから何かが聴こえてきた。笛や太鼓、鈴の音だ。それは……幽世の街中に流れていた音色に似ていて。


 明るい光と音色の中で目を見開けば、一気に視界が広がる。明るい、野山の風景がそこに広がっていた。

 青い空。近くの小高い山の上に見える城と神社。全体的に広々とした立地だ。集落内に民家が建っているのも見える。


 ユキノのいた集落とは違う場所だな。だが城の建築様式は幽世の城によく似ている。集落内にいる者達も……か。遠目だが人の姿も見える。

 男衆や女衆の服装は……ヨウキ帝やユラが言うところの時代がかったものではあるが、幽世の住民達が纏っていた衣服に近いか同じ様式だ。


 幽世の街の住民達は着飾った様子のそれであったから華美さは集落の村人達とは違うが……武士達の服装は武官達にかなり近い。勿論、顔に布は垂らしていないが。


 一方で俺自身はどうなっているのかと言えば……意識だけが他者の夢の中に入った感覚だ。ユーフェミアやホルンの構築した夢の中に入った時やローズマリーが囚われた本の中に救出に行った時も似たような感覚だったが……。


 俺自身の姿形は……靄が集まったような曖昧さだ。小さな子ぐらいの背格好をしている。この姿は夢の主の認識が影響している。


 夢の外の俺は幽世に招かれた子供の内の一人という立ち位置だ。ここはカギリの夢であるから……外の立場や隠蔽術式が作用していて、集落の子供の一人程度というか、集落にあっても違和感のない風景の一部、ぐらいの認識をされているのだろう。意識を向けられていないのに認識されている、というのもおかしな話であるが。


 俺がこうして夢と繋がっている以上、完全な夢であれ過去の記憶の再生であれ、相互に多少の干渉できてしまう、というのは念頭においておきたい。

 俺の感情に共鳴する形で呼び起こされた夢だから、その感情に起因する形で構築された内容だろうとは思うが……その流れに多少の干渉ができてしまうのだ。


 大人しくしていれば認識はされないだろうから、その場にそぐわない行動はあまりとらない方が良いだろうな。一方で……俺が動きを見せても少々の事であるなら夢も破綻せず、カギリ側の記憶を元にこの人物ならこういう場合はこういう対応をする、と、記憶を元に向こうで補正してくれるはずだ。俺が通常と逸脱した行為をして、大きな違和感を与えてしまった場合はその限りではないけれど、その場その場で不自然な行動をとらなければ問題はあるまい。


 いずれにせよ活動に問題はなさそうなので夢の中心……音が聴こえてくる方向へと向かう。集落にある二つの小高い山。その内の片方から聞こえてくる音を目指して移動していく。

 道の先……山の麓に鳥居と上に向かう石段があり、その上には立派な拝殿が見えた。どうやら神社に続いているようだ。石段を登り切ると、広場と拝殿や神職達のいるであろう社務所が目に飛び込んでくる。


 その広場には――何やら飾り付けられた舞台があった。


 舞台の上で、刀を持った巫女が舞っている。

 長い黒髪を束ねて踊る……その巫女の顔は分からない。面で覆われていたからだ。


 テンドウと同じ面……。夢の中の物だからか、過去の記憶だとするなら面霊気になる前の物だろうか? 巫女の出で立ちや刀を持っている事といい、テンドウの姿や声といい、細面の若武者を模した面というイメージがあるな。


 巫女の踊りに合わせるように神楽を奏でるのは神職達だろうか。顔は――幽世の住民と同じような布で覆っている。今の幽世の在り方に繋がる物がちらほらと見える。


 舞台の周りにも人が集まっていて、武士達や子供達がそれを眺めている様子だった。舞台の周辺で鍛錬をしている者もいたり……祭りという感じはしないな。そのリハーサルといった方がしっくりくる空気感がある。


 やがて巫女が舞いを終えると周囲から拍手や歓声が上がる。


「腕を上げられましたな、巫女殿」

「今年の祭りは良いものになるでしょう」

「恐縮です」


 布を捲った神職の老人が笑みを向けると、舞巫女も刀を鞘に納めてから面を上にあげて、微笑みを返す。


「格好良かった!」

「巫女様、綺麗……!」

「ふふ、ありがとうね」


 舞台から降りた巫女のところに子供達が集まって来る。男女共に憧れの眼差しを向けられて、巫女は嬉しそうに子供達を迎える。巫女は実際に武芸の腕もあるのが伺えた。訓練の成果を見て欲しいだとか先に一緒に歌を歌う約束があるとか、子供達は巫女にかなり懐いている様子だ。


 柔らかな陽射しの中で楽しそうな巫女と子供達はきらきらと輝くようで……これがカギリの記憶だとするのなら……きっとこの光景を大切に思っていたのだろう。


 そんな風に思いながら眺めていると、巫女は俺の方を見やり、少し輪から外れたところにいるのが気になったのか、微笑みを向けて手招きしてくる。


 流れに逆らう理由もない。こくんと頷いて前に行くと、巫女ににこにこしたままで頭を撫でられた。


「社務所の縁側で、のんびりしようか。草餅があるからみんなで分けましょ」


 そう巫女が言うと子供達から嬉しそうな声が上がった。巫女か。神社も神職もカギリと繋がりが深い。夢の中心になっているのもこのあたりのようだし、大人しく付いていくのが良いだろう。


 広場の端にある社務所に移動すると、すぐに巫女やその祖母らしき人物が家の奥から草餅を運んできた。子供達だけでなく境内にいる人々に分けられる。

 夢の中ではあるが……食べても問題はなさそうだ。草餅は中々に美味であったが。


 境内ではやはり祭りの準備を進めているようで、男衆は中央の舞台の他にも飾り付け等をしていたが草餅が運ばれてくると談笑しながら休憩といった時間になっていた。


 話に耳を傾けてみると……やはり集落そのものに敵対している武家がいるようだ。

 カギリに対抗するために術者集団と手を組んで年々攻勢が厳しくなってきているとかで、南の方角に兵力を集めて守りを固めているそうだが、間者が侵入して破壊工作をされただとか、そんな話も聞こえてくる。


「だが、今年の祭りはしっかりとできそうで良かったな」

「うむ。カギリ様の加護があれば負けはせぬよ。里も安泰じゃ」


 武家の頭領らしき男と、神職の老人が茶を飲みながらそんな話をしている。そんな光景を眺めていると、石段を登って誰かがやってきた。

 二人連れの若い男で……腰に太刀を佩いているな。身のこなしや出で立ちから武家の者達というのが分かる。彼らの姿を認めると巫女が笑顔で手を振る。二人も社務所のところまでやって来て、草餅を受け取りながら談笑していた。


 どうやら片方は頭領の息子らしい。もう片方は――その友人か。仲が良さそうに談笑して石段を登ってきたはずだが……頭領の息子と巫女が楽しげに談笑しているのを傍らから眺めているその表情から……感情が抜ける瞬間があった。


 とても冷たい瞳だ。親しい友人達に向けるような目ではあるまい。


 ……そうだな。恐らくは彼こそが「裏切り者」なのだろう。当時のこの男がこんな風に態度を悪しざまに露わにしたかどうかは分からないが、カギリの主観が夢に影響しているというのなら、彼らが現れた途端に暖かな日差しが陰り、周囲の温度が下がったように感じられたのも、きっと偶然ではない。


 その不穏な空気に呼応するように、音も談笑の声も風景も霞むように遠ざかっていく。男達の登場によって連想するものがあったのだろう。カギリの夢見る風景が切り替わっていくのが分かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >向巫女も刀を鞘に納めてから~ すみません。向巫女というのがわかりませんでした。 背景事情が少し見えてきました。 この裏切りには大義はなさそうですが虚しくも悲しい理由はありそうです。
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 根本原因の解決と子供たちの解放が同時に行えれば良いのですが。 原因が解れば三つの世界から祈りを集めて、魂砕きに持っていけるのですが。 >夢の中ではあるが………
[良い点] 遠くから聞こえてきた笛の音は過呼吸音 太鼓は腹太鼓 鈴の音は歯軋りである、獣の
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