番外1748 城の奥へ
テンドウは殿を務めるように、空中から渡り廊下の中へと滑り込んでくると子供達の護衛に回った。
パニックを起こして渡り廊下から逃げようとしていた子供達は渡り廊下の先に行っている。俺は相手の動きを見極めてぎりぎりまで防御態勢を整えていたから最後尾に位置していて、必然、テンドウとその場で顔を合わせる事になった。
「テンドウ様……!」
「テンドウ様が来てくれた……!」
子供達には信頼されている様子ではあるな。テンドウはそうした声に頷くと子供達に向かって言う。
「今回の規模であれば、それほど時間もかからずに事態も収まります。そのまま、女官達の指示に従って避難を進めるように」
というテンドウの言葉で落ち着きを取り戻したのか、子供達は静かに移動していく。町の方ではまだ戦いの音が響いているな。ウィズの分析だと音の聞こえてくる方向からすると地上戦の様子なので、飛行型は他にいないか把握されていないのかという状況だ。
武官達に比べて実力が圧倒的なテンドウが前線に出ず子供達の護衛についたあたり、戦局はそこまで深刻ではないのだろうか。
「迷っているようでしたが、すぐに面をつけたようですね」
テンドウは俺を見やるとそんな風に言った。
「あ……。えっと……はい。どうするにしても、お面は必要なようでしたから」
助かった事に少し放心していたような反応を見せた後でそう答えると、テンドウは俺達と一緒にいるコタロウ達にも視線をやり、頷きつつも周囲に警戒を払っている様子であった。
或いは、先程の骸の火線が逸れたことにどこか違和感があって、何か感知できないか注意深く調べているのかも知れない。
城内は侵入者を感知できるような領域が展開されているから、テンドウはああして一直線に飛行型の排除に動いたのだろうが。まあ……骸の攻撃への対処に際し、偽装はしていたが違和感が出てしまったとしても致し方ない。
「その……僕の事を伝えて下さったことも、ありがとうございました」
「構いませんよ」
女官達やコタロウ達に俺の話を通してくれたことについての礼を言うと、テンドウは静かに答える。そうして俺達は女官達に先導されて、城の奥へと向かった。
廊下を曲がり、上がったり下りたり……寄宿舎の構造はまだシンプルで分かりやすかったのだと良く分かる。やはり利便性や平時の安全を考えて子供達の宿舎として選んだのだろうが。
そうして辿り着いた避難先は城の奥まった大部屋だ。周囲を迂闊に出歩くと迷ってしまうのかも知れないが、外からの守りは厚そうだな。
武官や術師型の幽世の住民達が周囲の守りを固める中で、俺もコタロウ達に誘われるままに一ヶ所に固まって座るようにして待機する。
テンドウはその光景を見届けるとまた指示を出す。
「飛行型が先んじて出てきて、ああして渡り廊下を狙ったとなると状況が変わってきますね。一先ず警戒態勢は強めつつも子供達が奥で過ごせるように、寝具等必要なものを宿舎からこちらへ持ってくるように。外出も……残念ながらしばらく控えねばなりませんね」
そうテンドウが言うと、武官達や女官達はこくんと頷いていた。
「それからミカゲ。落ち着いたらまた後で話をしましょうか」
「は、はい」
話か。呪法生物を放った時の違和感の正体について結び付けている……のならもっと他の対応になるだろうか?
泳がせているとか油断させているという可能性もあるが……どうであっても対応できるように考えながら動いていこう。あの骸と違って、現時点ではテンドウや町の住民達は対話や交渉が可能な相手に見えるし……理由と目的、対応によって話し合いを選ぶ余地はある……と思うのだが。
「貴方達も。しっかり守りますから、安心して休んでください」
テンドウの言葉に、子供達は頷く。
そうしてテンドウはこの場ですべき指示を終えた、というように退出していった。
城の奥に移動して戦闘音が遠ざかったというのもある。子供達は安堵したのか、大きく息を吐いて腰を降ろしたりお互いの無事を喜び合ったりしていた。
俺もコタロウ達と共に一塊になるように座る。
「コタロウ君達も……ありがとう。みんな無事で良かったし、一緒にいてくれたのも、嬉しかった」
コタロウ達は普通の子だしこっちにも慣れていない。あんなものが突然攻めてきて怖かっただろうに、俺を置いて逃げようとはしなかった。青い顔をしていたり、震えていたりもするけれど。
「う、うん。ミカゲ君が、無事でよかった」
コタロウ達が気を取り直そうとするかのように、ややぎこちなく笑って応じる。
「怖かった……。けど……ミカゲ君も怪我しなくて、良かったね」
「うん……」
戦いの音も聞こえなくなって周囲を護衛が固めているという事もあって、他の子供達も少しは落ち着いてきたのだろう。お互い無事であることを喜んでいると、タケルが俺達の姿を目に留めて声をかけてくる。
「ミカゲは特にだけど、コタロウ達はこっちに来て時間も経ってないもんな。ほとんど何も知らないのにあれじゃ、怖かっただろ」
「確かに、びっくりした。避難できるように定期的に訓練するとかは聞いてたけど……」
タケルの言葉にコタロウが応じる。
「あれは……何なの?」
「カギリ様やテンドウ様の敵だよ」
「昔からいる。カギリ様がご自身の眠りと一緒に封じてるんだって」
「……カギリ様の眠りが浅くなると出てくるんだって聞いた。飛ぶ方のは滅多に出てこないって言うけど」
タケルが少し険しい声色で言うと、他の子供達も答える。
渡り廊下で上から逃げるという避難経路や町で見た訓練から見ても、本来はまず地上型に対処する事を想定しているのだろうしな。
しかし、やはり幽世の主の眠りに連動している節がある。眠りと共に封印しているのか、それとも他に理由があるのか。
タケル達、古参の子供達はあまり多くを語っていないようにも思うが……日の浅いコタロウ達はともかくとして、子供達はみんなテンドウや幽世の住民達を信頼している節が見える。細かく聞いて不審に思われるのもなんだし知らない事も多い。会話の流れにはあまり干渉せずに情報収集を進めていこう。
特に……古参、中堅、新顔を把握しておくのは重要だ。立場や持っている情報が違う。聞きたい情報、聞ける情報がその辺で変わって来るからな。
みんな面を付けているので誰が誰かは把握しにくいのだが、そのあたりはウィズに身長や髪の長さといった特徴を記憶してもらって後からでも同定できるようにしておこう。
「テンドウ様は凄かったね……!」
「ほんと! 一瞬だった!」
誰かが言うと他の子供もその瞬間を目撃していたのか、声を明るくしてテンドウが突っ込んできた時のことを語る。見ていた子供の方が少ないが、それだけに見逃したことを悔しがったり、テンドウが野太刀を振り抜いた後の姿を見えた範囲で再現していたりして、格好良かった等と語って盛り上がっている様子だ。少し空元気な様子にも見えるが、不安や恐怖を紛らわすには必要な事でもある。
最初は意識的に気持ちを切り替えての事ではあるのだろうが、それでも明るい雰囲気は広がっていく。この前テンドウに訓練の時にこんな指導をしてもらっただとか、そんな風に語って盛り上がっていた。
そんな様子にグレイス達を始め御前やユキノ、ユラやミツキといった面々も少し微笑ましそうにしている。
子供は……うん。どこでも変わらないな。
まあ、テンドウと再び話をする前に、色々と得られるだけの情報を得ておこうと思う。