番外1747 渡り廊下の攻防
他の子供達も次々と部屋を出てきて、俺達は連れ立って宿舎の上階へと向かった。
「俺達も手伝いをしてくる……! コタロウ達はそのまま避難しててくれ」
「ミカゲ君をよろしくね」
「うんっ」
タケル達は古参で子供達のまとめ役だからか、そう言い残して幽世の住民達の誘導の手伝いに向かってしまった。俺達の様子を見てコタロウ達に任せておいても大丈夫そうと判断したのだろう。
そうしてコタロウ達に守られるようにして、他の面々と共に廊下を進んでいった。等間隔で幽世の住民が子供達の周囲を固めて動く。
子供達の様子は――みんな面を付けているのでわかりにくいが、やはりいきなりの事で緊張しているのが伺える。古参の子は他にもいるのか、誘導を手伝っているのはタケル達以外にもいるな。人数的にはそこまで多くないが。
ともかく他の子が危険に晒されるのは本意ではないので、遅れないようについていこう。
何やら遠く――町のある方角の障子窓の方角から、剣戟の音と共に独特な声が聞こえてくる。町で聴いた歌声と同系統の声。恐らくは幽世の住民達の上げる声だろうが険しい印象なのは咆哮や怒号だと思われる。
何かと戦っている、というのは間違いなさそうだが……。
『こちらの状況に変化はないな』
テスディロスが言う。町で騒動を起こしている何かは、みんなが潜伏している外周等に出没しないとは限らないからな。隠蔽術式を施しているとはいえ、警戒しておくに越したことはない。
そのまま警戒を続けて欲しいとカドケウスからの通信機で連絡を入れつつ階段を昇って進んでいく。
階段は1つのフロアに2ヶ所ある。部屋の位置によって二班に分けられて効率的に避難誘導しているようだ。渡り廊下に近いのは向こうの班なので先に向こうの班の避難が完了するだろう。
外の騒動や打ち鳴らされる半鐘で落ち着かないのは確かだが、粛々と避難は進んでいく。俺達も最上階に登り、そうして渡り廊下までやってきた。渡り廊下からは外の様子を見る事が出来るが――。
「あれ!」
と、外を指差しながら誰かが言った。そちらに視線が集まると、子供達の間からどよめきが起こった。黒い――ボロ布を纏ったような何かが飛んでいるのが見える。
ボロ布……ではないな。黒いタールのようなものをまき散らしている。青白い炎を目と掌に宿した、空飛ぶ骸、とでも言えば良いのか。
肌の表面を焦がすような……あまり性質の良くない魔力だ。強い負の感情に起因するものか。悪霊とも精霊ともつかない魔力波長を感じるが……少なくともここまで感じてきた大きな気配とは違う。幽世の主ではないだろうが――。
それは……確かに渡り廊下の方に視線をやるとそこに子供達の姿を認め、咆哮を上げて迫ってきた。
「飛ぶ方の奴!? もう出てきてるなんて!」
「押さずに! 急いで!」
古参の子供達が声を上げて避難を急がせる。武官型の住民達が渡り廊下から空中に飛び出して抜刀。空飛ぶ骸へと切りかかっていった。
武官達の斬撃と、骸の放つ青白い炎がぶつかりあって爆発を起こす。響く音と衝撃に子供達が悲鳴を上げて、我先にと駆け出す者も現れた。
コタロウ達は――俺の事を守るつもりなのか、周囲を固めるようにしてくれているが。渡り廊下に留まらない方が良いのは間違いない。いずれにせよ前が詰まってしまって、すぐには抜けられそうにないが。
「僕の事はいいから、先に行って!」
「ダメだよそんなの!」
先に避難するよう促すが、コタロウ達は離れようとしない。近くにいてもらった方がコタロウ達を直接守りやすくはなるが、渡り廊下に留まらない方が良いのは明白だ。
これは……場合によっては正体がバレる覚悟を決めておく必要がありそうだ。他の子供達に危害が及びそうになった際はその防衛に移らねばなるまい。
そして、今……古参の子が確かに飛ぶ方の奴、と言った。つまり、あれを既に見たことがあるか知識として知っているという事だ。
町で見た空中戦訓練の風景も、侵入者ではなくあれを想定してのものだったのだろう。
情報を総合すると地上型もいるという事になるが……出現が早いというのはテンドウ達にとっては誤算という事になるのか。
子供達が混乱を起こしている最中で、入れ替わり立ち代わりに打ちかかる武官達と空中で二度、三度と切り結ぶ。武官達の魔力を宿した刀と、骸が腕に宿した青白い炎とが空中で幾度も重なって衝撃が走る。
武官達はこちらに手出しさせないように波状攻撃を仕掛けているが、骸の狙いは明白だ。隙を伺うように渡り廊下のある方角へと意識を向けている。
子供達が生者であるからか。それとも幽世の住民達が守ろうとしている事に気付いているからか。狙っているのを見せて戦局を有利に運ぼうとしている可能性もある。実力では――対応に当たっている武官達よりも骸の方が勝っているようにも見えた。
良くない状況だ。こちらも隠蔽を維持しながらも状況に対応できる術式を練っていく。
激突。身体ごとぶつけながら切り払う刀に骸が体勢を崩されていた。そこにもう一人の武官が勝機と見たのか、魔力を漲らせながら突っ込んでいく。
――違う。奴の練り上げている魔力に陰りはない。崩れたのは見せかけ。誘いだ。
武官の斬撃を――骸は避けずに受けた。脇腹に受けた斬撃。しかしそれは魔力の集中で止めている。骸が口を大きく開き、呵々と哂った。
先の攻撃で後ろに下がった事で、渡り廊下への射線が通る位置取り……!
誘われたことに気付いたのだろう。武官が悔恨の声を漏らして魔力を噴出するが、遅きに失している。凍り付いたような時間。子供達を自らの身体で庇おうと守る女官達。
今――ッ!
体内で練っていた魔力と術式を解き放つのと、大きく開かれた口腔に集中した魔力から火線が放たれるのがほぼ同時。
俺が放ったのは防御能力と隠蔽、幻惑の能力を与えた呪法生物だ。不可視のままで射線上に陣取って、一帯に幻影を展開。火線が僅かに渡り廊下から逸れたように見せかけながら斜めに弾き飛ばし、反射呪法で受ける。
「ガッ!?」
骸の身体がブレて声を上げる。反射呪法の発動による衝撃だ。
本命の一撃を反射したから正真正銘無防備なところに突き刺さる形になったはずだ。だが、逸らす事を主眼に置いたからか。真っ向から受けるよりも威力そのものが減衰している。骸は――まだ健在だ。
苛立たしげに腕を振り回して切り込んできていた武官を弾き飛ばし、咆哮を上げた。
その、次の刹那。
骸の直上から地面へ向かって、白い閃光のような軌跡が奔る。
一瞬の交差と共に見舞われた、天地を引き裂くような斬撃。
テンドウだ。影さえ留めないほどの速度で、すれ違いざまに野太刀による斬撃を見舞っている。振り抜いたその一撃の背後で、骸の身体が肩から切り裂かれてズレていく。
断面から青い炎が吹き上がり、その中で燃え落ちていく。それを肩越しに振り返って確認し、テンドウは野太刀を鞘に納める。
「――今……?」
テンドウは塵となって消えていく骸を一瞥した後に、渡り廊下の火線が逸れたあたりに目をやっていた。確信には至らないまでも何か違和感があったか。テンドウが間に合った時点で呪法生物は消失させているが……。
「……飛行型がこれほど早く出てくるのは誤算でしたね……。貴方達はこのまま周囲の警戒を。貴方は伝令役として動いて下さい。私は子供達の避難が完了するのを確認し次第、状況が落ち着くまで全体指揮に戻ります」
テンドウが動きを止めたのは一瞬の事。かぶりを振ってからすぐに武官達に指示を出す。飛行型、か。まだ事態は収束していないようだが、さて。