番外1746 半鐘と共に
「この子はミカゲって言うんだって。ミカゲ。こっちがコタロウで……この子達も同じ時期に村からやってきた子達だよ」
「えっと……初めまして。ミカゲって言います」
アカリの紹介に応じるように俺からも自己紹介をする。
「コタロウだよ。テンドウ様から……話は聞いてる」
「ウタ……です」
といった調子で、コタロウの言葉に頷いて、他の子供達もそれぞれ自己紹介してくれる。ウタについては、他の子供達の後ろに少し隠れて引っ込み思案な様子が伺えるな。病弱と聞いていたが生命反応も良好で今のところは問題なさそうに見える。
『良かった……。みんな元気そう』
安堵の溜息を吐いたのはユキノだ。コタロウもだが、ウタについても親しくしていたようだし、他の子供達も顔見知りだ。無事である事が分かって安心しただろう。
幽世は外側から活動のための力を補強する部分もあるから、弱っている身体は調子が良くなるだろう。怪我の治りも早くなるし予後も良くなる傾向があるとは思うが……古傷等で状態が固定されてしまっていて安定している場合にはすぐには変わらないというのも、ウィズのシミュレーションで分かっている事ではあるが。
ともあれ俺も部屋に招かれる形で腰を落ち着け、コタロウ達と話をする事となった。
「その……」
コタロウは聞きたいことがあるようだが、少しみんなの目を気にしているようだった。
「ユキノさんのお話……だよね?」
「俺達は席を外しとくか?」
「うん……。ありがとう……」
ウタが言うとタケルもそう応じてコタロウが礼を言う。そうして俺とコタロウを残してウタ達は隣の部屋へと退出した。
「ユキノ姉ちゃんに会った……って?」
他の面々が出ていったところでコタロウは少し遠慮がちに聞いてくる。コタロウとしても幽世にいる事に少し迷いがあるというか、ユキノの事が気がかりだったのだろう。
「うん。僕は船着き場のある宿場町で、仕事の手伝いをしてるんだけど……。ユキノさんが町の宿を使っていたから……その時に。ユキノさんは僕にも親切にしてくれる人だったからよく覚えてたんだけどね。あの日は、すごく……思いつめた様子って言えばいいのかな。弟……コタロウ君が神隠しに遭ったんだって言ってた」
だから町の外に頼れる伝手がないかを聞いていたみたいだ、と伝える。
まあ、この辺はユキノの事をコタロウ達に伝えるために考えていたことだ。
「姉ちゃん……。その、他に何か言ってたりした?」
「僕も……神社の人に聞いてみるからもっと詳しくって話をしたんだ。でも、神隠しの事はあんまり聞かない方が良いって。コタロウ君や、他の子達がいなくなったから助けを呼びに行くんだって言ってた」
そう言うとコタロウは静かに頷く。カギリの名は出さない方が良いというのは集落で言われていたことではあるからな。
「……コタロウ君の事は……すごく心配してた。目の前でいなくなって、頭が真っ白になったって。大切な弟だから、絶対助けるんだって言ってた」
ユキノと実際に会った時の様子や心情を交えて伝える。山を強行軍で越えてきたこと。ほとんど休まずに次の目的地を目指して動いていったこと。
幽世についてコタロウがどう思っているのかはともかく、そうやって心配してくれている人が外にいるのだということはしっかり伝えておこう。
ユキノがコタロウに伝えたい言葉は……本人から伝える方が良いだろう。
「姉ちゃん……」
コタロウは……姉の様子を聞いて思うところが色々あるのだろう。仮面越しではあるが、少し遠いところを見るようにして呟く。
その様子を見るにユキノを嫌っているだとか、そんなことはなさそうだ。説得できる余地は十分にあるように見える。
俺から伝えるべきことは一先ず伝えた。後はウタや他の子達の心情を確かめ、彼らが幽世に来た時のことを聞いておきたいところではあるかな。
コタロウは少しの間考えていたようであったが、やがて顔を上げて俺に礼を言うと隣の部屋に「もういいよ」と声をかける。
「ユキノお姉ちゃん、町の外に行ってたんだって?」
部屋に戻って来てそう尋ねてきたのはウタだ。ウタが幽世に招かれたのはユキノが集落を出た後の事だからな。ユキノの事を心配していたのだろう。
「うん。宿場町に立ち寄ったんだ」
「俺がいなくなったこと気にして……外に助けを呼びに行ってたみたい」
「そうなんだ。ユキノお姉ちゃん、こっちに来てなかったから……外で見たっていうなら安心した……」
ウタはそう言って胸のあたりに手をやって安堵したというように息を吐いていた。確かに……。ユキノは神隠しに遭ったとか遭難したとか、そう思われていた部分があるからな。そういった面でも心配はされるだろう。
他の子達も頷いていて、ユキノが慕われているのが良く分かる。
子供達にユキノが心配していた、という事は伝えた。後は幽世の主の目的や在り方、子供達の心情を調べ……説得や救出の段取りを考えていく、という事になるが。
少なくとも、古参のタケル達がいるこの場では込み入った話はできないな。
「ん……?」
これからどうすべきかを含めて思案していると、突然半鐘の音が響き渡った。
「何の音……?」
「何か起こった時の合図だよ」
コタロウ達も半鐘については良く分からなかったようだが、タケル達はその音を耳にした途端に緊張が走っている様子が見えた。それを水晶板越しに見ているみんなにも緊張が走り、イチエモンやオズグリーヴが外の様子を窺いに行く。
それと時を同じくして、タケルは立ち上がって障子を開く。
そこそこ上階からの眺めではあるが、霧の立ち込めた幽世は遠くまでは見通せない。タケルが身を乗り出して見回すが、振り返って首を横に振った。
「ダメだな。ここからじゃわかんないや。とりあえず、避難する事になるかも知れないからそう思っといた方が良い」
「前にもこんな事があったの?」
尋ねつつも記憶が薄れるのなら分からないという返答があるものかと思っていたが……タケル達はこっちを見て頷く。
「うん。あったよ。その時と同じかは分からないけれど」
と、割としっかりとした返答があった。
過去の記憶がはっきりしている場合は……それは頻度が高いか、面の力か夢の世界としての性質が何らかの要因で弱まっていた時の話、と考える事が出来るな……。
夢の性質が薄れた時の話であるなら、テンドウの言っていたカギリの眠りや目覚めというのと繋がってくる話ではあるが。
そこに女官達、武官達がやってくる。すぐに部屋を出て上階に向かうようにと、廊下や上の方向を指差していた。
どうやら、渡り廊下を通って避難する事になるようだ。
「ミカゲは、大丈夫?」
「私達も一緒にいくから、焦ってケガとかしないようにね」
「ん……。ありがとう」
コタロウやウタが気遣ってくれる。コタロウ達が一緒にいてくれるというのなら……何かあった時に守る事ができるからこちらとしてもありがたい。
そんなわけでコタロウ達と共に宿舎の最上階にある渡り廊下から、奥の城へと避難していく事となった。
『こちらは今のところ異常は起こってないようでござるな』
外の様子を調べていたイチエモンが言う。
そうだな……。外周に侵入者がいるのが分かったとしても中心部の城で即避難というのは、些か過剰な反応な気がするし。同様に俺が侵入しているのに気付いたとすれば、警戒音を鳴らすのはおかしいし、まず穏便な手段で子供達から引き離すことを考えるだろうから、これも違う。
となると、やはり俺達とは関係のない所で何かしらの問題が起こっているのだろうが……さて。