番外1742 面と呪法生物
女官達がやってきたので、みんなとの相談を一旦切り上げる。
「お風呂、でしょうか?」
そう尋ねると女官達は静かに頷き、押し入れも指差してそこを開く。寝具が入っていて、戻ってきた時には寝床も用意しておいてくれる、とのことのようだ。
他にも何やら……俺が暇を潰せるようにという事なのか、お手玉やおはじきといった子供用のおもちゃまで持ってきてくれているようで、籐籠に入れたそれらを部屋に隅に置いて指差していた。
それから……俺の着物の着方が少し間違っているという事でその辺を軽く手直しもしてくれるようだ。
「ええと……ありがとうございます。あまりよく分からない服だったので……」
と答えておく。俺のところに持ってきてくれた衣服は直垂だな。着やすいものだったので然程羽織るのに苦労はなかったけれど、細かい着方は適当だ。ヨウキ帝やタダクニに聞いても良かったが、多少時代がかったものならば少し着方を間違っていた方が設定にリアリティが出る。
女官達の服装はというと……やはり顔に模様の書かれた布を垂らしていて容姿等は分からないものの、服装はやはり時代がかったもののようだ。
『小袖と裳袴ですね。古い時代の……武家の女官が着ているという印象があります』
というのが身体を休めて戻ってきたユラの解説だ。十二単がその時代の女房や女官の正装だとするなら、それをもう少し実用的に崩したもの、という事らしい。
俺が礼を言うと女官達も頷いて、片方が俺を案内してくれる。変装中の俺の歩調に合わせて静かに廊下を先導していく。
外も日が暮れて、やや遅い時間になってきたからか、廊下にいた子供達も今は見かけない。部屋に戻っているのかも知れないな。
長い廊下を通って向かった先に湯殿はあった。集団で入れる大浴場のようだが、今は他の誰かはいないようだ。
女官は廊下で待っている、というように足元を指差していた。改めて礼を言うと、静かに頷く。
脱衣所に用意された籠に衣服を脱いで風呂場へと向かう。まあ、ウロボロスや魔法の鞄といった品々は身に着けていく事になるな。
魔法の鞄は幻影で覆って隠し、ウロボロスに関しては風呂に入る時でもこういった大浴場なら杖が必要、という事で持ち歩かせてもらう。ウィズも……タオルのように変形させて持っていかせてもらおう。場合によっては分析が必要になる場面もあるだろうから。
大浴場は広々とした石造りだ。風呂桶を使ってかけ湯しながらも大浴場を観察してみるが……ここは特段変わったところはないな。
水質は……真水とは違うようだ。鉱物由来の成分が含まれていて……幽世内部でも温泉が湧いていたりするのだろうか?
「山に温泉は湧いていたりしますか?」
『山の奥に秘湯がありますね』
ユキノが教えてくれる。なるほどな……。
一先ずは問題なさそうなので、そのまま風呂に浸かり、暫くしてから上がる。服を着て脱衣所を出ると、そこには女官が待っていてくれた。
「お待たせしました」
そう言うと女官は頷き、部屋への帰り道も案内してくれる。街中であった警備兵やテンドウもそうだが、基本的には子供への対応は穏やかな印象があるな。
それだけに子供を幽世に招く理由が分からない部分があるのだが……。
不幸な子供を助けたいと言う事ならば……確かに神様らしいとも言えるのかも知れないが。だとしても集落の者達を不安にさせているのも間違いない。
当人は眠っているというのだから、子供達を招いてしまうのが意図したものではない可能性もある。きちんとした伝承が残っていれば集落側の受け取り方もまた違ったのだろうか。
思考を巡らせながらも部屋に戻ってくる。俺が部屋に腰を落ち着けたところで女官は部屋にあった俺の偽装した服を手に取り、洗濯板で洗ってから返す、というようなジェスチャーを見せる。
「その……ありがとうございます。こっちの杖は使い慣れていて、大切なものなので……」
そう言うと女官達は頷いた。それから……少し離れたところにある部屋と自分達を指差す。自分達はそこにいるので何かあれば声をかけてくれ、という事で良いのだろうか。
「わかりました」
そう応じると女官達は自分達の意図が伝わったと思ったのか、そのまま連れ立ってその部屋に入っていった。
俺も割り当てられた部屋に戻り、襖を閉めて腰を落ち着ける。
寝床も綺麗に敷かれていた。さて……後はゆっくり休ませてくれるとのことなので、普通に考えれば明日の朝ぐらいまでは誰も部屋を訪れてはこない、という事になるか。
まあ……まずは何か先程と変わったところがないか、部屋の中をチェックするところから始めよう。
偽装と隠蔽のフィールドを展開しつつ、魔力の触腕を伸ばして部屋の中で何か変わったところがないかを確認していく。天井。壁。畳の裏に押し入れや天袋の中。差し入れの品々や寝具といったところまでしっかりと調べるが……特に変わったところは無いな。魔力反応も……ここが幽世であることを除けば取り立てて特筆すべきことはない。
「今のところは疑われてはいるような事もない、かな」
『疑うような要素が少ないからな。魔力も隠されているし話の辻褄も合っている』
『加えて言うなら、テンドウにもやる事があるようだからな』
レイメイが言うとヨウキ帝も頷く。
変身呪法や封印術を使った偽装、それに話の辻褄といった点を合わせれば流石に子供を疑う事もないか。
座布団の上に腰を落ち着け、差し入れの玩具や笛といった品々も並べておこう。お手玉等も使っている布地が上等なものだな。
「さて。それじゃあ、お面の解析を進めていくかな」
『どうするのだ? 活性化させねば始まらぬのではないか?』
御前が尋ねてくる。
「その辺は――そうですね。簡易の呪法生物を使って効果対象を肩代わりさせようかと」
仮面の下に仕込める程度のサイズ、薄さの呪法生物の構築だな。俺に飛んでくる効果をそちらに迂回させ、同時に形代の術を組み合わせる事で面の効果は届いていると、テンドウに誤認させることもできる。
「常時形代の役割を担わせるわけだから……焼き切れないよう魔石を組み込んで魔力を供給しておくことで効果を継続させる、と」
所謂アース線のような機能だな。
『それなら大丈夫そうですね』
『うむ』
俺の手順を聞いてエレナが微笑むと、パルテニアラも大きく頷いた。呪法生物が効果を肩代わりしてくれるから、そのままお面を被っていても不都合がないしな。
というわけで呪法生物を構築してしまおう。マジックサークルを展開して、表裏で面や肌の色に合わせて目立たなくした、薄い呪法生物を構築する。アースの役割となる魔石や形代の術式を組み込めば完了だ。
ウィズと共に動作確認とシミュレーションを行い、問題がない事を確認してから面の裏側に貼り付かせる。……と、面の魔力が増して活性化したのが分かった。対象を逸らして肩代わりさせているという事で、意味合い的には俺が面を被ったのと同じ状態だからな。
形代の維持とアース機能。ウィズの解析……。いずれも問題なさそうだ。では――このまま作業を進めていくのが良いだろう。
「……やはり、夢に同調する性質を強化する、というのは間違いないかなと」
そう言うとみんなも興味深そうにふんふんと頷いている。
この辺は事前に推測した通りだ。活性化した面の魔力の性質からも伝わってくる。幽世にいて面をつけている限り、夢を見ながらもはっきりとした意思を持って行動している、というような状態になるな。
効果としては他にも何かありそうに思えるが……まあ、このまま継続してウィズと共に調べていくとしよう。