番外1741 絆と柵
「面の着用はコタロウ少年達と話をしてからでも構いませんが……この場所でも次第に餓えや渇きは感じていきますからね。早めに着けた方が良いのは間違いありません」
「そうなん、ですか」
「ええ。他にも理由はありますが……別に貴方に不利益をもたらすものではない、という事はお約束しますよ」
約束か。精霊や妖怪、付喪神の口にする約束というのは、信用していい部類だからな。ただ、間違いなくテンドウの力を込められた面であるから、着けるにしても分析と対策は必要だとは思う。別の理由、というのは気になるところだが……。
「それから……先程も言いましたが身体を休めておいた方が良いでしょう。後で湯殿――風呂への案内と寝床の用意に女官達がやってきます。この部屋はそのまま寝泊まりに使っていて構いませんよ」
「お風呂……。その、ありがとうございます」
テンドウは俺の反応に頷くと退出していった。テンドウの気配が廊下の向こうに遠ざかっていったところで、まずは残していったお面を少し調べてみる。使い魔や五感リンク的な能力はなさそうだが……単なるお面というわけでもないのは確かだ。しっかりとした魔力が宿っているのも感じるな。漏れている魔力波長から予想される作用についてはウィズと共に解析を進めていこう。
装着しなければはっきりとは分からないが、漏れ出ている魔力からも分かる事はある。
「直接彼と繋がっているという事はなさそうです。とりあえずは相談できる状況ではありますね」
『うむ。話していない事はあるようだが……理性的な性格をしている。お陰で情報は得られたな』
座布団に腰を落ち着けてお面について伝えると、ヨウキ帝が言った。
『コタロウ達は大丈夫そうで……安心しました』
『本当ですね。仮面をつけていても不利益があるわけではないとも言っていましたし』
『付喪神の言葉だものね。他にも理由があるとは言っていたけれど、そのあたりはある程度は信用しても良さそうな内容ではあったわ』
ユキノの言葉に、グレイスとクラウディアも頷く。シーラもロメリアを腕に抱いて髪を撫でながらうんうんと頷いていたりして……みんな喜んでいるのが見て取れる。
「このまま大人しくしていれば……とりあえずはコタロウ達に会う事は出来そうだね」
その間に怪しまれないよう、控えめに情報を得ていく、という方向で良さそうだ。
『後は……彼の者の言っていた事で気になる点も出てきたでござるな』
「そうですね。招かれる条件についても言及していましたが……」
そう言うと、ユキノが少し俯いて頷く。神隠しに遭う者の年齢は子供ばかりではあるが……それに加えて、日々の暮らしが不幸だと感じていると条件に合致する、と。
『コタロウが辛いと思うのは……そうかも知れません。母はコタロウが生まれてすぐに亡くなってしまいました。父とはとても仲が良かったのですが……その父も山に入った時に薬草を採ろうとして崖から落ちてしまって……』
ユキノはそう言ってかぶりを振る。そう、か。確かに、ユキノの家族は祖父とユキノ当人しか見ていなかったが……。
コタロウは、それからしばらくの間ふさぎ込んでいたそうだ。それでも両親がいない分、ユキノがしっかりしなければと、薬師の修行をしたり母親の代わりになろうとしていたという。
『修行もありましたから……あの子には寂しい思いをさせてしまった、のでしょうね。最近では子供達と遊んで笑顔も見せてくれていましたから少し安心していたのですが……もっと、あの子と過ごす時間を増やしていれば、違ったのかも知れません……』
『そう自分を責めるものではない。集落を抜け出して私達のところまで来た事といい、よくやっている』
『そうですな。それに、仮にコタロウ殿が無事でも、他の子達は結局神隠しに遭っていた可能性が高い』
ヨウキ帝とタダクニがそう言うと、ユキノも少し思案していたがやがておずおずと頷いた。
『他の子達もやっぱり、そういう条件に当てはまりそうなのかしら?』
『全員がそうだと言える程、それぞれの事情を知っているわけではありませんが……最後に行方不明になったウタさんに関しては……』
『その子の気持ちは……分かる気がします』
イルムヒルトが言うとユキノが目を伏せ、アシュレイが少し遠いところを見るような目で言う。
『そうね……。床に伏せりがちというのは辛いものだわ』
母さんも目を閉じていたが。……ウタというのは病弱な子らしいからな。
『その……神隠しになった後に集落に姿を見せたっていう……近所の子供達についてはどうなのかな? 今のお話だと、何だかそんな感じにはなりそうになかった気がするんだけど……』
少しの間沈黙が場を満たしていたが、ユイがやや遠慮がちに疑問を口にする。
それは確かに……。
あくまで招くのはカギリの力だろう。実際コタロウが行方不明になっていた近所の子供を見たのだとしても、暗がりから伸びてきたのは白い手だったというし。
それに……この面の魔力波長。装着する事で活性化していないから……細かな作用までははっきりとは言えないが、方向性は見える。
「さっきの話に嘘が無いと仮定するとして……主は眠っている。けれど同時に外から条件に合う者を招いている。面の作用を魔力波長から解析していたんだけれど……どうも、これも眠りに関する作用がありそうなんだ」
『眠り……。あまり根拠のない話だが、主と子供達が眠りを通して共鳴しているという事は?』
ジョサイア王が真剣な面持ちで水晶板越しに視線を向けてくる。
「悪意無しに夢で主と子供達が共鳴する事で外に影響を与えてしまう、というのはあるかも知れませんね。行方不明になった後に姿を見せたのは仲のいい子供だったという話でしたよね?」
『はい』
ユキノが頷く。カギリの支配する異界において、夢と現実の境目が曖昧になっているというのなら、色々と符号してくるところはあるのだ。
眷属の面に加えて夢との同調という効果。そうした性質がこの幽世に馴染ませるわけだ。
そうする事で腹も空かなくなる効果も増強される、と。この幽世にいて、面の力で同調し続けるならば……子供達が老いなくなる、というのもそこから来ている効果、かも知れない。冷凍睡眠のようでもありながら、意識を持って交流できる、と。
カギリの影響下にあるのはこの幽世の中だけではない。石碑のある山の一帯がそうだろうし、ユキノの集落のある場所もそうだ。何より、集落の血族達そのものが含まれる。
招かれた子供達が夢に同調する事で仲の良かった血族の子にもこっちに来てくれたらいいのに、とそう願ったとしたら。それが影響下にある場所や、人に姿を見せるような形になってもおかしくはない。
俺の見解を答えると、パルテニアラも同意するように首肯した。
『縁や絆というのは……時として柵や呪いにも成り得るもの。今の推測が正しいのだとするならば……仲の良かった子供同士の繋がりから連鎖してしまう。或いは欠ける事で日々への不満や悲しみを補強してしまう、という事も有り得るだろうな』
『なるほど……』
俺やパルテニアラの言葉に、みんなも思うところがあるのか、色々と考えを巡らせているようだった。テスディロス達、氏族の面々にとっても他人事ではない話だな。
『気になる点はもう一つあります。幽世の主が目覚めるとどうなってしまうのかですが……』
「それもあるね。主の動向や性格、目的は分からないけれど……考えられる事としては今の環境が一時的に変化するというのは有り得そうだ」
そしてテンドウはその時について備えているように見えた。テンドウや幽世の住民達が理性的で攻撃性がなくとも……主の意向次第というのはあるだろうしな。現時点で安心だとしても、目覚めた後でもそうだとは限らない、という事も念頭に置いておかなければならないだろう。